5-10 魔庭の蹂躙
「肥料志願の愚か者が、また迷い込んだのかしら?」
女王リアナの凍てつくような声が、静寂の庭園に響き渡る。
次の瞬間、二人が身を隠していた植え込みの地面が爆ぜた。
地中から槍のごとく突き出した巨大な神木の根が、潜伏していたヴァルトとライルを容赦なく弾き飛ばす。
「ぐっ……!」
「うわあああっ!」
二人の体は無様に宙を舞い、血でぬかるんだ庭園の土の上へと叩きつけられた。
ヴァルトは着地の衝撃を即座に殺し、すぐさまルナのいる方角へと鋭い視線を向ける。
「ちっ……見つかったか! ライル、急げ! ルナを回収するぞ!」
ヴァルトは吐き捨て、泥にまみれながらも弾かれたように走り出す。
だが、その焦燥をあざ笑うかのように、リアナが指揮棒を振るうような優雅な動作を見せた。
刹那、地中から飛び出した太い根が蛇のような速さで二人の足に絡みつき、逃げ道を塞ぐように周囲を幾重にも囲い込んだ。
「……っ、放せ!」
ライルが必死にもがくが、根の力は圧倒的だった。
リアナは地面を擦るほど長いスカートの裾を揺らし、一切の足音を立てずに移動してくる。その姿は「歩いている」というより、大地そのものに運ばれているかのようだった。
神木の根がライルの髪を掴み、強引にその顔を跳ね上げる。リアナは吐き気を催したように顔を歪め、至近距離からライルを覗き込んだ。
「……あなた、臭いわね」
その瞳には、先ほどまでの余裕はない。どろりとした純粋な殺意が溢れている。
「におうわ。あの汚らわしい女の……吐き気のするような魂の残留が」
リアナはライルの胸ぐらを掴み、その首筋に鼻を近づけて深く吸い込んだ。直後、彼女は不快そうに顔を背けライルを突き飛ばす。
彼女の視線が、次にヴァルトへと突き刺さる。獲物を見つけた猛獣のような、鋭い眼光。
「あなたからは『竜』のにおいがするわ。良い肥料になりそうね」
リアナは魔樹の枝を鋭くしならせ、二人の心臓を貫かんばかりに切っ先を向けた。
「安心なさい。今ここで、その心臓ごと汚らわしい残り香を抉り出してあげる。……この大地が、あなたの肉を、血を、生命の痕跡すらも等しく噛み砕き、清らかな土へと還してくれるわ」
彼女が指をかざすと、周囲の魔樹が歓喜に震えるように脈動し、無数の根が鎌首をもたげる。
「神木の糧となり、循環しなさい。その不浄な命を捧げて、美しく咲いてちょうだい」
リアナの指先が、死の旋律を奏でるように振り下ろされた。
四方から殺到する、槍のような枝の奔流。
「おおおおおッ!!」
ヴァルトの咆哮と共に、彼の右腕から溢れ出した稲妻が爆ぜた。
凄まじい衝撃波が走り、二人を絡め取っていた無数の根を内側から焼き切る。
「あぐっ……!」
拘束を解かれ、地面に転がるライル。
ヴァルトは着地するなり、稲妻を纏った剣をさらに振るい、迫りくる枝を斬り伏せた。
「ライル! 回収は無理だ、逃げるぞ!」
二人は庭園の外を目指して疾走する。
だが、庭園の木々は意思を持った獣のようにうねり、逃げ道を塞ごうと殺到した。
「前をあけろ!」
ヴァルトが吠える。剣に雷光を宿らせ、正面に立ち塞がる肉厚な蔦の壁を一閃。
空間を焦がす音が響き、焼断された植物の破片が舞い散る。
だが、斬り裂いた端から新たな芽が吹き出し、傷口を塞ごうと蠢き出す。
「ライル、足を止めるな! 斬り続けろ!」
ヴァルトの言葉に弾かれたように、ライルも剣を抜いた。
右から太い枝が、左から蛇のような根が、容赦なく二人の四肢を狙って突き出される。
(埒があかん……! ここは奴の体内も同然だ!)
ヴァルトの額に脂汗が浮かぶ。リアナは一歩も動かず、ただ優雅に指を動かすだけで、庭園そのものを武器に変えていた。
出口の門はすぐそこに見えている。しかし、そこには庭園中の植物が集結し、巨大な「壁」となって立ち塞がっていた。
「……っ、このままでは、押し潰される!」
目前を埋め尽くす蔦の壁。背後からは無数の枝槍。
死が喉元を撫でたその瞬間、ヴァルトの右腕が異形に膨れ上がり、全身から凄まじい放電が爆ぜた。
「退けえええええッ!!」
竜の因子を限界まで活性化させた一撃。稲妻を纏った旋回斬りが、周囲の植物を一気に焼き払い、視界を塞いでいた絶望の壁を粉砕した。
「今だ、走リ抜けろ!」
一瞬だけ開いた「道」。だが、後方からリアナの冷ややかな笑い声が追いかけてくる。
「ふふふふ……」
焼き払われたはずの断面から、先ほどよりも太く、おぞましい赤黒さを帯びた根が津波となって二人を飲み込もうと迫り上がった。ヴァルトの肩が激しく上下し、右腕の鱗が剥がれ落ちる。
(くそっ、これほどの出力を出しても、全く怯まないのか!)
再び四方を壁に囲まれる。ヴァルトに、それを打ち破る魔力を溜める時間がない。
迫りくる根が鎌首をもたげた、その時だった。
「――旦那、こっちだ! 早く跳べ!」
絶体絶命の淵で響いたその声に、ヴァルトは反射的に反応し、声の主の方へ飛び込んだ。
――ドォォォォォォン!
足元で鈍い爆破音が響き、地面もろとも後方の植物が抉れ、巨大な轍が生まれる。
「旦那、そこの馬車に乗るんだ!」
三人が飛び乗ると、馬車は猛然と走り出した。




