5-9 命乞いと言う名の祝詞
王宮北、外界から遮断された裏庭。そのさらに奥にある庭園の門前で3人の人物が立っていた。
「相変わらず、緊張感のない女だな」
ヴァルトが苦々しく呟く。
門の前には、髪をタオルでまとめ、薄手のネグリジェの上に、ゆったりした前開きのローブを羽織っているエレインがいた。はだけた胸元から覗く刻印は、彼女の白い肌の上で妖しく脈打っている。
「せっかくの非番にわざわざ会いに来るなんて、あたしに惚れ直したのかしら?」
「ふざけるのはよせ。急いでいるんだ、通せ」
かつてのヴァルトなら刻印の効力で通過できた場所だが、今はその効力が消失している。
「そう言われてもねぇ。まぁ、検知の結界が発動してないから、悪意はなさそうね」
エレインは面倒くさそうに二つの指輪を取り出した。一つは青、一つは赤。
「これを嵌めて。レリック級の裁判用高級品よ、嘘付くと指が切り落とされちゃうんだから」
エレインは赤、ヴァルトは青い指輪を嵌めた。
「質問。神木を害さない?」
「ああ」
「今神事やってるけど邪魔しない?」
「ああ」
「あたし、かわいい?」
「ああ」
最後の質問に答えた瞬間、ヴァルトの指輪が警告の煙を発しに真っ赤に染まった。
「今のは嘘だ。全く可愛くない」
ヴァルトが吐き捨てるように言うと、指輪は白々しく元の青色に戻った。エレインは慈しむような目でヴァルトを見つめる。
「その可愛くない可愛げのせいで、大事な『首輪』も失っちゃって。……今さら何を探しに来たのか知らないけど、死に場所を間違えないことね」
エレインはクスクスと喉を鳴らしながら、ヴァルトの指から指輪を引き抜いた。
「エレイン。魔塔首就任式にいたんだってな。イリスに重傷を負わせたのはお前か?」
「失礼ね、コツンとやっただけよ。あの子、竜化して暴れるんだもの」
エレインは招き猫のように、叩くジェスチャーをしてみせる。ライルはその時、はだけた彼女の胸元の刺青に目を向ける。
「その刺青、ヴァルトの刻印にそっくりだな」
「術式が同じなら模様も似るわよ。これは通称『首輪』。命令に背けば首を絞めて殺す呪い。ベースはそれで作って、あとは個別に『特定の結界に干渉しない』とかの細かい要素を術式に追加していくのよ。ヴァルトのもそうだったでしょ?」
ヴァルトは不快そうに顔をそらし、無視を決め込んだ。どうやら刻印の話はしたくないようだ。
「神事の邪魔しちゃダメよぉ」
エレインの緊張感のない声を背にヴァルトは吐き捨てるように言う。
「俺が首輪を大切にしてただと!?不快な冗談だ…」
2人は最奥まで進む、だが、そこで見たのは神聖な神事などではなかった。
「……なんだ、これは」
ライルは絶句した。
中央にそびえ立つ神木は、白銀の瑞々しい大樹などではなかった。それは周囲の生命を吸い上げ、のたうち回る血管のような蔦を広げる「魔樹」の姿をしていた。
女王リアナは、指揮をとるかのような動きをすると、それに呼応し、魔樹の枝が獲物へ殺到する。
生贄は命乞いと言う祝詞をあげ、血飛沫という花吹雪が舞う中、阿鼻叫喚という神楽を踊っていた。
魔樹の蔦は獲物の体内へ侵入し、血の一滴、骨の髄までを啜り上げる。啜り尽くされた人間は、わずか数秒で乾いた皮だけの残骸となり、ゴミのように地面へ打ち捨てられた。
その惨劇のすぐ側、血飛沫が届かないわずかな木陰に、膝を抱えて座り、静かに目を閉じているルナがいた。
「ルナ……!」
ヴァルトが思わず声を漏らした、その瞬間だった。
捕食を終えたばかりの魔樹の枝先が、獲物を探す獣のようにピクリと反応した。
「あら?お客様かしら?それとも!?」
女王リアナの鋭い声が響く。




