5-7 竜の残り香
オレンジ色の不気味な夕闇が、ラインハルトの廃村をまとわりつくように包み込んでいた。
ライルは、かつての戦友ゴルザとの再会に、驚きと安堵が混ざり合った複雑な表情で立ち尽くしていた。
「……ずっとここでお前を、待っていた気が、するぞライル」
ゴルザの声は低く、どこか喉の奥で乾いた空気が漏れるような違和感があった。首元には厚手のスカーフが、不自然なほどきつく巻かれている。
「信じられん。生きていたのか。今は時間がないんだ、ゴルザ。俺たちは武器を調達しなきゃならない」
二人は、村の中ほどにあるあの工房へと向かった。
ここはかつてライルが黒髪の少女を襲い、その父親に窓から突き落とされた因縁の場所だ。今は主を失い、焼け焦げた外壁が虚しく口を開けている。
工房に入ると、ヴァルトは壁に掛かった剣を一本手に取り、その重みを確認した。
「俺はこれでいい。ライル、お前は倉庫に残って予備の防具でも探しておけ。俺は外の様子を見てくる」
ヴァルトはライルを一人残すと、教会の跡地へと向かった。
(おかしい。ラインハルトの死体は、この場所に転がっていたはずだ。誰かが動かしたのか?)
地面には、泥を引きずったような不気味な跡がある。その跡を追おうとした時、背後から女の声がした。
「ヴァルトじゃないか。久しぶり」
フードを深く被り、長い髪で顔の右半分を隠した女性。かつての特殊部隊の一員、ミラだ。
「お前も生きていたのか、ミラ」
「こんな村に何しに来たの? 私たちの生存確認? それとも……」
「ラインハルトの死体を探している。確かこの辺りにあったはずだが」
「ラインハルトなら、あたしが教会の地下室に移動させたよ。見たいなら、ついておいで」
ミラの案内に従い、教会の地下へと階段を下りる。
深部へ向かうにつれ、ヴァルトの肌を刺すような「竜の血」の波動が強くなっていく。
地下室の奥、古びた机の前に一人の老人が背を向けて座っていた。
魔法使い、ゼノスだ。
「ゼノス、ヴァルトが来たよ」
ミラの声に、ゼノスと呼ばれた老魔法使いは振り返らずに答えた。
「ヴァルト……!? 久しぶりだな。何の用だ? 我々を討伐しに来たのか?」
「ゼノス、何故お前たちを討伐する必要がある。それに、俺はもう特殊部隊を抜けた。今は別の理由でラインハルトの死体を回収しに来ただけだ」
「よくガルダスが脱退を許したな。ラインハルトの死体なら、研究のために取っておいてある」
ゼノスが指を差した先。
そこには、エメラルドグリーンの怪しい液体に満たされた水槽があった。
中に浮いているのは、焼けただれ、切り刻まれたラインハルトの死体。かつてのグレンに竜殺しの剣で無惨に解体された、あの姿のままだ。
(これだ。この血さえあれば、俺は再び……!)
ヴァルトが陶酔したように水槽へ手を伸ばした、その時。
ガシィッ!
冷たい鉄のような力で、ゼノスがヴァルトの手首を掴んだ。
「……いや。回収されるのは、お前の方だ」
ゼノスがゆっくりと振り返る。
そこには、目も鼻もなかった。ラインハルトに叩き潰された「肉の塊」が、歪に蠢いているだけだ。どこが目なのかも判然としないその異形が、ヴァルトをじっと「見て」いた。
「お前……生きていないな?」
「死ぬという言葉は不正確だ。我々は、あのガルダスにさえ縛られない自由を得ただけだ」
地下室の出口では、頭頂部が欠落したミラが、狂ったような笑みを浮かべて扉を閉めた。
同時刻、村の工房。
かつて戦った男の残り香が漂う倉庫で、武具を選んでいたライルの背後に、ゴルザが音もなく立っていた。
「……ライル。お前の体……温かそうで、いいな」
首のスカーフがするりと解け、ゴルザの頭が、不自然な角度でポロリと横に傾いた。




