5-6 全てが始まった場所
王国の外れへと続く街道を、二頭の馬が駆け抜けていく。
背後の王国が遠ざかる中、ライルは隣を走るヴァルトに声を張り上げた。
「……なぁヴァルト、一つ聞かせてくれ。ベルナルドが家族思いだっていうのは本当なのか? あの堅物な剣聖が、そんな理由で動くとは到底思えないんだが」
ヴァルトは前を見据えたまま、答えた。
「あいつはかつて、戦で先妻を亡くして廃人同然だった時期があるらしい。今の後妻と子供に救われて今や帝国でも有名な愛妻家だ。……どんな強者にも『拠り所』はある。そこを奪えば、ガルダスの命令など無視するのは明白だろう」
ライルは、最強の騎士の意外な人間味に複雑な感情を抱いた。だが、自分たちがやろうとしていることは、その「拠り所」を蹂躙することだ。その罪悪感を振り切るように、ライルは馬の腹を蹴った。
やがて二人は、高い城壁に囲まれた異様な静寂を放つ一画にたどり着いた。
新興宗教の施設――「聖域」と呼ばれるその場所で、ヴァルトは奥から出てきた白髪の老婆と短く言葉を交わす。
かつての恩を売り交渉しているのだろう。
老婆は深い皺の刻まれた顔を歪めて微笑み頷いていた。
「……シエラ」
ライルは、馬から降りて震えている少女の肩を抱いた。
「ここにいれば安全だ。あいつら……帝国の憲兵も、ここまでは手が出せない」
「ライル……行っちゃうの?」
不安げに見つめるシエラの瞳を、ライルは真っ直ぐに見返した。
自分たちがこれから向かうのは、血と泥に塗れた復讐の道だ。
彼女を連れて行くわけにはいかない。
「……必ず、迎えに来る。だから、ここで待っていてくれ」
ライルはシエラの小さな手を一度だけ強く握ると、あえて振り返らずに背を向けた。
その後ろには、早くしろと言わんばかりの、冷淡な目をしたヴァルトが立っていた。
「さて。次は装備の調達だ。そのなまくらでは、帝国の兵士の鎧すら通らない」
ヴァルトが指差したのは、ライルの部屋から持ってきた予備の古びた剣だった。二人は没収された自分たちの武器に代わる「本物」を求めているのだろう。
「武器なら帝都の闇市でいいだろう。なぜ、わざわざ遠出をする必要がある」
ライルの問いに、ヴァルトは平然と答えた。
「俺の魔法剣に耐えられる業物は、そこらの市場には転がっていない。……心当たりがある。あのラインハルトの村だ。殲滅した際、質の良い武具を揃えた工房があるのを見た。あそこの主は死んだが、備蓄の武具は無事なはずだ」
ライルは非効率だと反論するが、ヴァルトの強引な主張に押し切られる形で、再び忌まわしき「始まりの地」へと向かうことになった。
(武器などおまけだ。あの場所にはまだ、竜の血の『残り香』があるはずだ)
馬を走らせながら、ヴァルトは思う。竜の力を取り戻せれば再び最強の戦力を味方につける事ができる。
数日後。二人がたどり着いたラインハルトの村は、かつての惨劇を物語るように、黒く焼け焦げた廃墟と化していた。
「……酷いもんだな」
ライルが思わず漏らした言葉は、風にかき消された。
かつて緑豊かだった村は、黒く変色した骸のような廃墟と化していた。建物は焼け落ち、炭化した柱が墓標のようにあちこちで突き出している。
ヴァルトは周囲を警戒するように見渡しつつ、足早に村の奥へと進む。
「さっさと工房へいくぞ」
(……感じる。あの忌々しくも強大な『竜の血』の残り香を。やはりここにはまだ、力が眠っている)
その時だった。
無風のはずの廃墟から、カラリと乾いた音が響いた。
ライルは反射的に、腰のなまくらに手をかけた。
「……誰だ」
返事はない。その時、後方の暗がりから、何かが風を切って飛んできた。
ライルは即座に反応し、それを空中で掴み取る。掌の中にあったのは、一機の**「紙飛行機」**だった。
微かな魔力が宿っており、それが無風の村をここまで飛ばせてきたようだった。
気付けばその周囲にはいくつかの紙飛行機が散らばっている。
ライルが掴んだ紙飛行機を広げると、そこには書き殴られた文字があった。
『変な薬を飲まされた。頭が、溶ける……。』
『観察した。見るほどにおかしい。完全に重心が狂っている。』
「なんだこの手紙は?」
ライルは足元に落ちていた次の紙飛行機の手紙も読んだ。
『ワシには見える、スカートの中が、解剖学レベルで』
『喧嘩になった、「直せ」と言われたから。嘘を彫れと。出来るわけがない、私は彫刻家なのだ』
「…!これはバッカスの手紙か!?」
震える文字は、バッカスの芸術家としての譲れない矜持を物語っていた。
『右側の左脚は、左脚の左脚と寸法がわずかに違う。つまりあの脚は強引に移植された別人のものだ。』
『移植された脚は血縁者のものだろうと言った、お前は疲れていると言われた、今度至高で希少な秘薬を飲ませてくれるらしい』
監獄島でよだれを垂らしていたバッカス。彼はその驚異的な観察眼で見抜いてた、血縁者の左脚が王女の右脚に移植されていた事を。それを手紙に託し続けていたのだ。
「何をしている。そんなゴミ、放っておけ」
前を行くヴァルトが、冷たく言い放った。
─!
生存者がいるはずのないこの場所。しかし確実に気配を感じる。それも、ただの気配ではない。じっとこちらを観察しているような、ねっとりとした視線。
廃屋の物陰から、緩慢な動作の人影が見える。
「おい、誰かいるのか?」
ライルが問いかけると、その影はピタリと足を止めた。
「おっ、小僧か……久しぶり、だな」
その声に振り返り、ライルの心臓が跳ね上がった。
そこに立っていたのは、あの日、自分と一緒に捨て駒として死んだはずの傭兵、ゴルザだった。




