5-1 謎の乱入者
闘技場の熱気は最高潮に達していた。
準決勝第二試合。そこに立つのは、優勝候補筆頭の「剣聖」ベルナルドと、全身を不気味な黒甲冑で包んだ「漆黒の騎士」である。
闘技場に、重厚なドラの音が鳴り響く。
――ゴォォォォン……。
その余韻が消えぬうちに、漆黒の騎士が動いた。
大剣が虚空を振るわれる。
だが、放たれたのは物理的な衝撃だけではない。
剣筋に沿って黒い魔力が奔り、鋭利な魔法の斬撃となってベルナルドへ襲いかかった。
石畳がバターのように容易く切り裂かれ無数の衝撃波がベルナルドを襲う。
「ほう……」
「剣聖」ベルナルドは微動だにせず、手にした細身のレイピアを最小限に振るう。
─キンキンキィーン
高く澄んだ音が連続して響く。飛来する魔力の刃を、彼はその一点を突くことで無力化し、すべて叩き落としてみせたのだ。
漆黒の騎士が吼え、ついに奥義を放つ。大剣を地に突き立てると、周囲の空間を埋め尽くすほどの漆黒の剣気が爆発し、ベルナルドを逃げ場のない闇へと飲み込もうとした。
漆黒の剣気をまとったその一撃が振り下ろされる。
――その瞬間。
ベルナルドの姿が、かき消えた。
「どこを見ている?」
背後からの声に、漆黒の騎士が戦慄する。
ベルナルド独自の高速の歩法。
加速の予備動作(拍子)を一切排除し、相手が「認識」するよりも速く意識の死角へと滑り込む絶技。
漆黒の騎士は、背後に立つ男の気配さえも捉えることができなかった。
勝負は一瞬だった。
レイピアの閃光が騎士の兜を真っ二つに叩き割る。
中から溢れ出たのは、驚くほど美しいエルフの銀髪だった。
観客席からどよめきが上がるが、ベルナルドは一礼し、優雅に舞台を去った。
その様子をVIP席から見下ろす皇帝ガルダス。その隣で、ヴァルトが胸の刻印をおさえ苦渋に満ちた表情で囁いた。
「陛下……先ほど、医療棟のグレンの生命反応が消失しました。おそらく、例の暗殺者の仕業かと」
ヴァルトとグレンは、ガルダスに忠誠を誓い合った戦友だ。
「暗殺者を逃がすわけにはいきません。今すぐ私が……!」
だが、ガルダスの返答は冷酷だった。
「それがどうした」
「……」
「死んだならそれまでだ。つまらぬ報告で私の興を削ぐな。黙って大会を見ていろ」
ヴァルトは拳を強く握りしめた。親友の死すら余興の邪魔と切り捨てる皇帝。その背中に、言いようのない寒気が走る。
休憩を挟みいよいよ決勝戦。
静寂を切り裂くドラの音が響き、最強を決める戦いが幕を開けた。
対峙するのはベルナルドと、身の丈を超える二本の巨剣を軽々と操る「双剣の巨漢」予選でアーザスに勝利した剣士だ。
ベルナルドは再び高速の歩法を展開する。意識の死角を突き、一息に男の懐へ潜り込もうとした。
だが、巨漢は動じない。
「そこかァッ!!」
男が放ったのは、技術を否定するほどの圧倒的な暴力だった。二本の巨剣をプロペラの如く猛烈に回転させ、自身の周囲に「真空の嵐」を巻き起こす。
どこから近づこうと、踏み込めば肉片に変えられる。
回避も隠身も許さない、文字通りの全方位制圧。
「……っ!」
完璧だったはずのベルナルドの歩法が、力によって無理やり暴かれる。
巨漢はベルナルドの着地際を逃さず、追撃の双剣を叩きつけた。重低音を響かせ、闘技場の石畳が広範囲にわたって粉砕される。ベルナルドのレイピアが悲鳴を上げ、彼は大会で初めて、苦悶の表情を浮かべて大きく後退した。
「どうした剣聖! 逃げ回るだけが能か!」
巨漢の猛攻は止まらない。一振りが家屋をなぎ倒すほどの威力を持つ双剣が、左右から、上下から、ベルナルドを逃げ場のない死角へと追い詰めていく。
ついに追い詰められたベルナルドが背後の壁を背にした瞬間、巨漢の必殺の一撃。
十字の交差斬りが放たれた。
誰もがベルナルドの敗北を確信した。
だが、その直後。眩い閃光が闘技場を白く染め上げる。
視界が戻った時、観客は己の目を疑った。
巨漢の背後、そして正面。寸分違わぬ姿をした二人のベルナルドが、同時にレイピアを突き出していたのだ。
「……光の、分身だと……!?」
実体を持った光の残像。一人の剣技すら凌駕しがたい男が、完璧な連携で同時に襲いかかる。
巨漢の野性的な直感をもってしても、二つの「本物」を同時に防ぐ術はなかった。
左右の胸元を同時に貫かれ、巨躯がゆっくりと地面に沈んでいく。
会場を包むのは、熱狂を通り越した畏怖の静寂。
VIP席のガルダスは、肘をつきながら不敵に笑った。
「まあまあだな……及第点だか少しは楽しませてくれた」
誰もがこのまま栄光の表彰式が始まると信じて疑わなかった。
その時である。
――ヒュンッ!
鋭い風切り音と共に、一筋の影が観客席を飛び越え、闘技場の中心へと降り立った。
熱狂していた群衆が、一瞬で静まり返る。
そこにいたのは、東洋の装束を纏った異質な女剣士だった。
顔には感情の読み取れない白木のお面。高く結い上げられた髪が、潮風にたなびいている。腰には異国の曲線を描く刀を2本下げ、その立ち姿は一切の隙を感じさせない。
彼女はその刀の切っ先を、特別席へと真っ直ぐに向けた。
「さあ、始めようか。地獄の続きを」
観客の絶叫さえ消し飛ばすような、凄まじい殺気が闘技場を支配した。




