2-9 王女の真実 (2章完)
翌日、潮風が頬を撫でる海の上。
ライル、オーウェン、ビャクの3人を乗せた船は、監獄島を目指して白波を蹴立てていた。
メルランは怪我により体中に包帯を巻かれていた。
更に首には魔力拘束具が、手には枷が繋がれており、まるで抜け殻のように静かに佇んでいる。
「かなり吹いているな。」
ビャクが風に髪を靡かせながら言った。
「この辺りはいつも強風なんだとさ。罪人を閉じ込めるには丁度良い気候なんだろう。」
ライルが苦笑いを浮かべながら答えた。
ピクニック気分の2人を尻目に、オーウェンは先日から抱いていた疑問をビャクに投げかけた。
「ところでビャク、お前なんでそんなにバッカスや忘却の薬のことを知ってるんだ? どこかで聞いたのか?」
ビャクは少し遠い目をして、懐かしい記憶を辿るように語った。
「ああ、バッカスとは同じ村の出身なんだ。
バッカスは風魔法で次々と石を運び込んでは彫ってを繰り返し、神父は教会を博物館みたいにされてボヤいていたな。」
その後、やや俯き暗い声で語る。
「薬についてはバッカスが獄中に書いた手紙を読んで知ったんだ。」
ビャクの今までの言動に嘘偽りがないと確信する。
「そうだったのか、変な事聞いて悪かったな。」
オーウェンは前のめりに顔を近づけて言う。
「お前一人で抱え込み過ぎてるかも知れないな。もっと頼ってくれてもいいんだぜ。
もしよかったら俺達のギルドに入らないか、家族として迎えるぞ。」
家族と言う甘美な言葉は、ビャクの心の隙間をするりと滑り込んだ。
ビャクは視線を返し、嬉しそうに頬を染め微笑んだ。
しかし、首を縦に振る事はなかった。
船は島に到着し、ライルは看守から監獄の鍵を受け取る。
「メルランは最下層の牢獄だ。こりゃ二度と日の光を浴びることはなさそうだ。」
失笑しライルは言った。
地下牢へ続く扉を開けると中は湿気が高く、薄暗かった。
通路と言うよりは、むしろ洞窟のようだ。
鉄格子で隔てられた牢には、様々な罪人が収容されており、人間の業が凝縮されたような異臭が漂う。
メルランは他の囚人たちから好奇の視線を浴びせられるが、気にも留めない様子で、静かに牢の奥へと連れて行かれた。
ライルがメルランに話しかけた。
「魔塔は一体何を研究している?お前は何を知っているんだ?」
メルランは冷めた目でライルを見つめて言った。
「魔塔は主に神学や古代の研究がされています。
古代は竜が跋扈し人類は脅かされていました、竜が操る強力な魔法は″竜魔法″と言われます。
英雄の1人、占星術師ゼブルは、その竜魔法を操れたと伝えられており、私と師はそれについての研究をしていました。」
メルランは一拍おき重々しく言った。
「その過程である事実を知ったのです。
リアナ女王は既に亡くなっていると…。」
ライルはその発言に驚愕した。
メルランなおも続ける。
「王国北の禁足地、庭園の奥にある巨大な神木に、ロープを使ってどうやったのか、体を叩きつけ女王は自殺したそうです。」
メルランは怪談でも語るかのように不気味な声でゆっくり語る。
「衝突の衝撃で右足の脛の骨は靴底を突き破り…
幹に突き刺さったその足は大人数人でも引き抜けず…
女王の遺体は数日神木に晒されていたそうです…。」
牢屋にたどり着くとメルランは自分から入りニヤリと笑う。
「つまり、今の女王は影武者…、ただの人です。」
ライルは言った。
「証拠はあるのか」
「魔塔の私の部屋に証拠の資料がありますよ、残っていれば見れるでしょう。それではごきげんよう。」
メルランは牢屋の闇にとけ込んで行った。
ライルは施錠し深く息を吐くと言った。
「折角だ、バッカスに会いに行こう。」
バッカスの牢屋の前、丁度顔のたかさにある鉄格子から中を覗く。
バッカスはよだれを垂らし、鉄格子の窓から紙飛行機を投げている。
(心が壊されているな、まあヴァルトが嘘つきなのは分かっていたが…。)
ライルはため息を付いた。
バッカスはビャクに気が付くと、ドアに寄り話しかける。
「ハ、ハクレンか、久しぶりだのう。」
目の焦点は合わず、声はたどたどしい。
だが軽度の会話なら可能なようだ。
「ああ久しぶり、元気にしてるか。」
ビャクは答える。
ライルは以前より聞きたかった事をストレートに聞いた。
「以前女王の石像を彫り、その後問題になったようですが、何があったんですか?」
「じょ、女王の石像の、依頼があったんだ。
いつものように、じっと観察して彫り始めると、じょ、女王の右の膝が…」
(ああ、曲がってるとか言ったんだっけ?)
ライルは心の中で呟く。
「膝が逆向きに、ついとったんだ、こ、王室は直せと言ったが、作品に嘘はつけんからのう…断ったんだ」
「何だって!」
ライルは思わず声を上げた。
(脚が悪いって内容じゃないぞ、王室は権威の為に、身体の奇形を隠したかったのか。)
ライルを口元を押さえて思った。
「あー…あー…」
バッカスはよだれを垂らし息づかいを荒くする。
「バッカスは限界だ、ここまでにしよう。」
オーウェンはこの場を仕切り、3人は帰路につく。
王国の入り口、ライルとオーウェンはビャクと別れる。
ビャクはオーウェンに家族にならないかと誘われた事を思い出し、胸に手を当てその記憶を宝物のように大切にしまった。
ビャクは顔をあげ心の中で呟く。
(私の道は、失敗すればそのまま命を落とすし、上手くいってもやはり近日中に命を落とすだろう…家族は、作ってはいけないんだ。)
ビャクは決意を固め人混みに消える。
ライルはどこか不安げな表情をしていた、それを見てオーウェンは言う。
「ライル、お前の考えている事わかるぜ。」
「本当かオーウェン。」
オーウェンは両手を頭の後ろで組みライルに言う。
「ああ、″報酬のある依頼じゃないし捕まるリスクもある、相談してよいのだろうか。″だろ?」
オーウェンは続ける。
「更に相手は高名な魔術師だ、厄介な連中がうじゃうじゃいるだろうな。潜入するには、周到な準備が必要だ。」
ライルは不安げに伺う。
「一緒に行ってくれるのか?」
オーウェンは満面の笑みで答える。
「次は2人で魔塔に潜入か、メルランの言う″証拠″見つけてやろうぜ。」
ライルとオーウェンは、互いに顔を見合わせ、静かに笑い合った。
ライルは心の中で思いを語る。
(名前も知らない恩人の村の人。必ずシエラを本当の家族のもとに送り届けてやる。だから安心して天国で見守っていてくれ。)
心にはわずかな不安が入り混じっている、だが、瞳に宿る決意には微塵の揺らぎも無かった。
夕焼けが空を茜色に染め、王都の騒音が遠ざかっていく。
2章 あとがき 焦燥の果てに
街のはずれ、ライルは任務を終えて帰宅する、時刻はもう真夜中だ。
「ライル、おかえり!」
シエラが元気に迎える。
「もう第二章も終わったわね、お仕事ご苦労さま。」
ライルは答える。
「いや、まだまだだ、これからが大変なんだ。」
「ねぇライル、今度から毎話まえがきあとがき書いて貰えないかしら?」
「必要か?毎回書いたら読むテンポ悪くなるんじゃないか?さくさく読み進められた方がいいんじゃないのか?」
シエラは俯くと絞り出すように言う。
「だって…このままじゃ問題でしょ…」
「何がだ?」
「もう第二章も終わろうとしてるのに…、
評価が全くつかないのよ!
わたくし、そろそろ評価が欲しいでございますわ。」
シエラは赤裸々に本音を語り泣き始めた。
「もう、もう、私が脱ぐしか…」
「待て待て、脱いだとてお前のその身体じゃ読み応えのあるシーンなんて書けないぞ」
ライルは答える。
「何言ってるの、私はお肌すべすべ色白ボディよ!」
ライルは首を左右に振りながら大きくため息をつくと、シエラの胸を指さして言った。
「女性の胸にはな、男の夢と希望、そして野望と欲望がパンパンにつまって大きく膨れ上がっているんだ、お前、ペタンコじゃないか」
「なんですって!」
シエラは頬に手をあて口を大きく開けて叫ぶ。
小さな拳を握りしめワナワナと震えだすと、″お前だって論法″を展開する。
「ライルだってバトルものの主人公のクセに戦闘の見せ場が全くないじゃない!」
少女の言葉は弾丸となり、ライルの最も弱い部分を貫いた。
ライルはあまりの衝撃に、頭を抱え座り込んでしまう。
「シエラ、そんな事の言わないでくれ、俺、この先、抗って、抗って、抗いぬいて評価もらえるように頑張るからあ!」
男の悲痛な叫びと少女の泣き声は、夜の闇に吸い込まれていった。




