2-8 黒衣の執行者、再び
謎の女性の鮮烈な強さに、そしてその存在感に誰もが釘付けになっていた。
柱上部の影で息を殺していたヴァルトも心の中で唸る。
(あれほどの力を持っていたとは…)
ヴァルトは、やがて我に返ると、冷静に分析を始めた。
(この中に竜がいるならば、ルナを無視出来ないはずだ。
仲間に引き入れようとするか、破壊しようとするか…)
ルナは右腕を捻りながらゲオルクの心臓部から引き抜くと、その手には、まるで脈打つように輝く鉱石があった。
大人の頭部3つ分はあろうかという巨大な鉱石を鷲掴みにすると、今度はメルランをまるで人形のように軽々と肩に担ぎ上げた。
呆気取られているライル達3人を横目に、何事もなかったかのように目的を達成し、ルナは重厚な足音と共に歩き去って行く。
ライル達は、突然現れ圧倒的な力で存在感を放つルナを見て、情報の整理が追いつかず、立ち尽くしていた。
その時、背後から近づく足音が聞こえた。
3人が振り返ると、そこにヴァルトが立っていた。
オーウェンはヴァルトに言う。
「…誰だ、お兄さん。さてはさっきの女の仲間だな。」
ヴァルトは静かに答える。
「私は皇室直属の騎士、ヴァルト。
メルランを捕らえる事ができた、礼を言う。」
ビャクは殺気を放ち言った。
「死刑直前だったのに、あの女のせいでメルランはまだ生きているぞ!」
ヴァルトは落ち着き払った声で返す。
「我々の任務はメルランの捕縛のみ。
彼の生死は、皇室の判断に委ねられている。」
ライルはヴァルトの顔を見た瞬間、背筋が凍り付くのを感じた。
彼は、あの村でのヴァルトの冷酷さを思い出していた。
震える声で、ライルは言った。
「ヴァルト、ここでお前に会うとは驚いたよ……俺の口を封じる為に来たのか?」
ヴァルトはライルに気がついた。
あの村の襲撃時に雇った傭兵だと。
「ライルか、お前生き残っていたんだな。」
ヴァルトは品定めするかのようにライルを観察し言った。
ライルの直感が訴える、返答を間違えると消されると…
言葉を選び慎重に答える。
「覚えていないのか?お前が俺を吹き飛ばしたんだろ。そのまま気を失って、次の日、村の外で目を覚ましたよ。」
ヴァルトは少し間をとって言う。
「守秘義務は守っているか?」
「勿論だ。」
ライルは食い気味に答え、更に続ける。
「あの村の任務の事は一切話していない、お前の事も含めてな。」
ライルはオーウェンに村の任務の話しをしていたが、口裏を合わせてもらえるように、不必要に大きくしゃべった。
ライルは尋問のような会話に耐えられす話題を変えようとする。
「あの時の報酬、まだ貰ってないぞ。」
ヴァルトは状況を頭の中で整理する。
(ライルの生存はイレギュラーだが、結局は何も見ておらず、何も語ってもいない…。
そして竜もこの場にいない…。
ならばすぐアルバスの死の調査に戻らなくては。
その前にルナを庭園に帰さないと…)
ヴァルトは薬液の入ったガラス瓶をライルに投げ渡す。
「今日の事は機密性が高い、その忘却の薬を飲んで、帰還してくれ。」
ライルは不味そうなその薬品を飲みたく無かったが、すぐに従おうと瓶のフタに手をかける。
続けてヴァルトはビャクにガラス瓶を投げ渡す。
だが、ビャクは刀で撃ち落とした。
「忘却の秘薬は完成してない。
これは記憶を壊し、廃人にするものだ。
彫刻家バッカスに試し失敗したじゃないか、あまつさえその隠蔽の為にバッカスは投獄される始末だ。」
ヴァルトの眉がピクリとつり上がった。
ビャクは続ける。
「ヴァルトだったか?
皇室直属騎士に、お前の名前は無いし、今回の討伐隊リストにも無い。
そんなお前達がメルランを連れ去っていった。」
ビャクはヴァルトを睨む。
「お前、かなり怪しいな。」
ビャクは刀を抜き、ヴァルトに突き付ける。
「つまらん挑発はやめろ。
貴様では俺には勝てないぞ。」
ヴァルトは言う。
「お前の首を斬り落とすなど、簡単だ。」
ビャクは更に言い放つと、ヴァルトとの間に緊張が走る。
オーウェンは、ビャクとヴァルトの間に漂う、張り詰めた空気に息を呑んだ、ビャクを止めようと、彼女の顔を見た瞬間、言葉を失った。
彼女の目は異常な程の殺気を放ち、まるで別人のようだった。
ヴァルトはビャクの絡みつく視線をかわし、目の前の問題に端的に回答する。
「特殊任務が多いので、建前上一般の近衛兵で登録がある。疑うなら調べてくれ。
ライルへの報酬だが、当時の任務は終わっているし、どの道、手続きが無いと金を引き出す事は出来ない。
この後、メルランの投獄があるので護衛として付き添ってくれ、その追加報酬として支払おう。」
ヴァルトはビャクを見る。
「最後にバッカスだが、廃人になどなっていない。
犯罪者だから投獄されているだけだ。
メルランを監獄に連れて行ったついでに見てみるといい。バッカスは確か4階の角の牢獄だ。」
そう言うと、ヴァルトは立ち去りうと振り返る。
「待て。」
ビャクが鋭く言う。
「今すぐメルランを連れて、私の前になおれ、素直に従えばお前とメルランの首を、苦しまないようにはねてやる。」
再びビャクとヴァルトの視線が絡み合う。
「私はやる事が多い、狂人の相手などしてられん。」
そう言うとヴァルトは挑発を受け取らずに去って行った。
ヴァルトがいなくなった事で、場の緊張はとける。
ライルがガラス瓶を見てビャクに言う。
「助かったよ。この薬、どう見ても……完全に毒だろうな。」
遠くからメルランの罠にかかる討伐隊の声が聞こえる。
「彼らを助けて帰還しよう。」
オーウェンはライルとビャクの間に入り二人の肩に手をかけて言った。




