2-6 深淵の誘い
朝焼けが静寂を破り、鳥のさえずりが森に満ち始める。
野営地は騒然とした空気に包まれていた。
戦力の中核、いや、"要"と呼ぶべき存在が忽然と姿を消したのだ。隊長の焦燥が張り詰めた空気をさらに引き締める。
「重傷者は荷馬車へ、王国へは一刻も早く引き返せ。遺体は一旦そのままでいい、後で回収する。アルバスの件、必ず伝えるように。」
隊長の言葉が命令となって人々に降り注ぐ。
ライルはその指示を耳にしながら隣に立つオーウェンに問いかける。
「お前も重傷者だろう?」
「この程度、怪我の内に入らねぇよ。」
オーウェンは強がりとも取れる言葉を言った。
重傷者を乗せた荷馬車が砂塵を巻き上げながら王国へと向かう。見送る討伐隊の表情は一様に険しい。
アルバスの不在が重くのしかかっていた。
討伐隊は道なき道を進み、岩場を乗り越えると、やがて小高い丘にたどり着いた。
その場所から望む古城跡地は不気味な静けさに包まれていた。
ここまで罠はなく滞りなく進めたがこの先は違うだろう。
古城跡はまるで待ち構えているかのような異様な雰囲気を放っている。
隊長の号令が静寂を破る。
「これより隊を複数に分ける。なるべく多くの異なる箇所から突入する。」
部隊分けが始まった。
当然のようにビャクは一人孤立している、誰も彼女を誘おうとはしない。
ライルはオーウェンがビャクを誘うだろうと予想しており、一緒でも構わないと考えていた。
オーウェンは陽気にビャクに話しかける。
「よお、ビャク! 一緒に行こうぜ!」
「…」
ビャクは嬉しそうに頷いた。
「よし、決まりだ! 俺達はこの3人で突入だ。」
オーウェンは、ライルに向き直り言う。
「ああ、分かった。」
ライルは、軽く頷き同意する。
部隊は古城跡へと向かうと、小隊ごとに異なる侵入口から古城跡へと突入していく。
ライル、オーウェン、ビャクの三人も、そのうちの一隊として古城跡の北側入り口から侵入を開始した。
古城跡は石造りの重厚な門を固く閉ざしていた。
門扉には蔦が絡みつき、長き年月を感じさせる。
その門の前にライル達三人は立っていた。
オーウェンは周囲を見回し北門を見つける。
入ろうとしたその時、ビャクは何も言わず門の前で立ち止まった。左手を腰の刀にあて、目を閉じ何か集中している。
「…!」
何かを感じ取ったのか、ビャクの表情が変わった。
「こっちから入ろう。」
ビャクが示す先には別の小さい入り口があった。
ライルとオーウェンは顔を見合わせる。
ビャクは2人を先導し、門の脇にある小さな扉から城内へと侵入する、城内は薄暗く静まり返っていた。
しかし、その静寂はいつ破られるか分からない不気味な静けさだった。
ビャクはゆっくりと歩き始め、ライルとオーウェンはその後ろに続く。
「何故か刀が共鳴したんだ、おそらくこっちが正しい通路だと思う。」
ビャクは歩きながら言った。
「共鳴ってなんだ?」
オーウェンは尋ねる。
「私自身もよく分からないが、刀には古代の希少金属が使われているんだ、ゲオルクかメルランが同じ金属を持ってるんだと思う。」
ビャクは説明する。
「希少金属か、そう言えば魔獣もバターの様に斬ってたな、凄い業物だな。」
オーウェンは刀を褒めるとビャクは得意気に胸をはった。
「ふふん、凄いだろう、これ私が作ったんだ、家は代々鍛冶屋なんだぞ。」
「そっちの刀も凄いのか?」
ライルは帯刀しているもう1本の刀を見て質問した。
「これは、おじいちゃんの形見なんだ、肌身離さず持つようにしている。」
3人は雑談しながら進む。
城内からは時折悲鳴や罠が発動する音や声が聞こえてきた、他の部隊が戦闘しているのだろう。
しかし、ビャクの示す通路を進むライル達は不思議と罠に遭遇しなかった。
ビャクはライルを見つめて言った。
「ライル、私の事覚えていないか?」
「え?会ったことあったか?」
「いや、いい、私の気のせいだ。」
冷たい石畳の階段を一段また一段と降りていく。
足音は石壁に反響し、周囲の空間に吸い込まれる。
空気は湿気を帯び、わずかにカビの匂いが漂う。
やがて最下層にたどり着くと、その天井は遥か高く、冷たい空気が肌を刺した。
その広さがより一層寒さを感じさせる。
その時
「お待ちしておりました。」
鋭い声が静寂を切り裂いた。
3人は素早く武器を抜くと身構える。
反響する声の先にはこの討伐の目的であるメルランが静かに待ち構えていた。
メルランは漆黒のローブを身にまとい、右手には禍々しい光を放つ杖が握られている。
そして、その奥には高さ三メートルを超える巨体を持つゲオルクが圧倒的な威圧感を放っていた。




