2-5 消えない炎
木々に囲まれた小さな広場。
夕焼けが空を茜色に染め上げ、太陽が地平線に沈もうとしている。
討伐隊は、先ほどの魔獣の襲撃で半数を失い、残された者たちは疲労困憊のなか野営の準備を進めていた。
広場の隅では、アルバスが自身の寝床の周りに幾重にも結界を張り巡らせていた。
複雑な模様が光り輝き、強力な魔力が触れる者を拒絶するかのように周囲に満ち溢れる。
自身で味付けをした温かいスープを手に、ビャクはアルバスのもとを訪れる。
「地元の味付けだ、良かったら食べてくれ」
ビャクはアルバスにスープを差し出した。
「いらん。食料は全て持参している、遠征中に毒が盛られているかもしれない得体の知れない物など口に出来るか。」
アルバスは冷たく言い放ち、結界の構築に集中する。
ビャクは、他の隊員たちとは明らかに異なる、一回り大きなテントに目をやった。
おそらく隊長たちのテントだろう。
「お前はあっちで寝ないのか」
ビャクの問いに、アルバスは小さくため息をついた。
「野営中が最も危険なのだ。あんな脆弱な結界の中で眠れる訳なかろう。」
アルバスは最後に結界を張り終えると、自身のテントの中へと入って行った。
「警戒心の強いことだ」
そう呟くと、スープの入った器を持って引き返した。
ビャクは疲れた表情の隊員1人1人に頭を下げ、今までの事を謝罪しスープを振る舞って回る。
ライルは自身のテント内で、包帯を巻かれたオーウェンの傍に付き添っていた。
そこに、ビャクがスープの入った器を持って入ってくる。
「何しに来た」
ライルは険しい表情でビャクを睨みつけた。
「食料を持ってきたんだ。食べてくれ」
ビャクは申し訳なさそうに答えた。
「おー、これは美味しそうだ。一緒に食べようぜ」
オーウェンは痛みを耐えながら、努めて明るく振る舞った。
「コイツと一緒に!?冗談じゃない」
ライルは露骨に不満そうな表情を浮かべた。
「お前は反省しているのか?オーウェンに謝って、出て行ってくれ」
ライルは言葉を続けた。
ビャクは静かに正座し深呼吸すると、そのままゆっくり額を地面に付けた。
「本当に…申しわけない…」
「いいって、いいって。初陣だろ、ライルもそう突っかかるな」
オーウェンは苦笑いを浮かべながら、ライルを宥めた。
ビャクの真摯な謝罪に、ライルも怒る気が失せていく。
「しかし、ビャクは強いなぁ」
オーウェンがそう言いかけた、その瞬間。
「私はなんて弱いんだ…こんなにも心が揺らぐなんて…」
ビャクは俯き、暗い表情で呟いた。
ライルは、心からの反省の色を見て取り、怒りを鎮めた。
スープを持って出て行こうとするビャクにライルは告げる。
「せっかく作ってくれたんだ。スープはいただこう。」
テントから出ると、ビャクは奥歯を噛み締めた。
押し殺した声が、喉の奥から僅かに漏れ出る。
「何があろうと、私の道に、後退はない…」
その瞳には、静かで、しかし確固たる決意が宿っていた。
緊張から解放されたせいか、食事を終えると騎士達は睡魔に襲われ深い眠りにつく。
野営地には静寂が訪れ、時折聞こえる虫の鳴き声のなか、微かな焚火は消える事なく爆ぜる音を奏でていた。
時刻は深夜になり、王国の城壁では護衛隊が交代で見張りをしている。
城壁に背中を付けて、座り浅い眠りをしていたグレンの胸の刻印が光る。
ヴァルトからの念話での連絡だ。
「どうした。」
グレンが目を覚まし気怠そうに答える。
「アルバスの生命反応が消えた。」
ヴァルトは端的に伝える。
「なんだと」
グレンは寄りかかっていた上体起こしヴァルトに尋ねる。
「竜に殺られたのか?それともメルランか?」
「分からない、ただ刻印の反応から戦闘があったようだ。」
「すぐ向うか?」グレンが問う。
「竜がいるかもしれない、それは危険だ。明日の朝、俺が現場を調べる。」
「1人でか、それは危ないぞ。」
「心配するな、グレンはそのまま護衛隊に残っていてくれ、何かあればすぐに連絡を入れる。」
そう言うとヴァルトは念話を切り上げ足早に庭園へと向かった。
ヴァルトには試したい事があった、上手くいけばかなりの戦力になる。
頼みが通じるかは半々…、だが試してみる価値はあった。
月光に照らされた庭園に、波打つような長い髪が麗しいその人影。
星屑を織り込んだような煌びやかなドレスを身にまとい、静かに目を閉じている。
ヴァルトはその前に立つと、方膝を付いて長い髪の陰に隠れる顔を覗き込み言葉をかけた。
「力を貸して貰えないか、ルナ…」
微風に髪を揺らし、外界から隔絶されたかのように、その瞳は閉じられている。
(駄目か……)
ヴァルトが諦めかけたその時、長いまつ毛に閉ざされた、紫に輝く瞳がゆっくりと開かれる。




