2-3 不協和音の行方
東城門前は、討伐隊の兵士たちでごった返していた。
支給された馬の手綱を握りながら、各々出発の時を待っている。
その人集りの中心には、異国の女性剣士が佇んでいた。
黒髪を高く束ね、東洋風の意匠が施された″刀″を腰に2本帯刀した彼女は、その場違いな雰囲気で、周囲の視線を惹きつけていた。
「馬の扱いに自信がないとは…。お嬢様、私の馬でしたら乗り心地も抜群ですよ。いかがですかな?」
一人の騎士が、にやけた笑みを浮かべて女性に話しかけた。
その視線は、女性のくびれた腰に釘付けになっていた。
「いえいえ、お嬢様には私の愛馬こそお勧めですな!百戦錬磨の駿馬で、貴女の冒険をきっとお助けしますぞ!」
カイゼル髭を生やした別の騎士が、負けじとばかりに女性にアピールする。
そして、女性の肩に手を伸ばす。
その瞬間、女性の目が鋭く光った。
「触るな、気持ち悪い」
不快感をあらわに言い放つと、腰に帯刀した刀の柄でカイゼル髭の騎士の腹を突く。
「ぐっ」
騎士は短く声を漏らし痛みを堪えたあと、侮辱されたことに激昂した。
顔は真っ赤に染まり、額には血管が浮き上がっている。
「この…!馬も扱えぬくせに、この俺を殴るとは、どういう了見だ!」
騎士は怒りに任せて女性に手をあげようとする。
女性は素早く刀を抜き、騎士の伸ばされた手に刃を向けた。
切っ先は、今にも血を吸い付きそうな鋭さを帯びている。
「その腕、斬り飛ばされたいのか?」
女性の口調は、氷のように冷たい。
騎士は慌てて手を引っ込めた。
腕には赤い線が走り、血が滲んでいる。
周囲の兵士たちは、騒ぎに気づきざわめいている。
「なんなんだ、あの女…!ちょっとやり過ぎじゃないか…?」
近くで見ていたライルが、呆れたように呟いた。
「だが、あれこそが"東洋美人"ってやつだろ」
オーウェンは、嬉々とした様子で答えた。
オーウェンは騎士と女性の間に割って入る。
「ちょっと、お兄さん!今の言い方は酷いんじゃない?彼女、困ってるじゃないか」
オーウェンは騎士に向かって言うと、腰袋からポーションを取り出し、出血している騎士の腕にかけ、陽気な声で言う。
「痛いの痛いの飛んでいけ〜」
「引っ込んでろ!!」
騎士は怒鳴りつける。
オーウェンは騎士の肩を掴み、鋭い眼光で見つめて言った。
「やめにしようぜ、出発前に揉め事なんてごめんだ」
オーウェンは指を肩に食い込ませる、騎士は圧に屈し舌打ちをして、その場から去って行った。
「はいはい、もう終わりだ」
オーウェンは、にこやかに人だかりを解散させた。
女性はライルに気が付くと、まるで旧知の仲に出会ったかのように、軽く笑みを浮かべ駆け寄り言った。
「馬が扱えないんだ、一緒に乗せて貰えないか。」
ライルは、困惑した表情で言う。
「いや…。出発前に騒ぎを起こす奴なんて勘弁してくれ。馬に乗れないなら、今回の討伐には参加できないぞ」
続けて、オーウェンが言う。
「どうする?俺の馬なら、乗せてやってもいいぜ」
女性は、じっとオーウェンを見つめると、静かに頭を下げ、乗せて欲しい意思を示した。
「名は、何というんだ?」
オーウェンの問いに、女性は答える。
「……ビャク」
準備が整い、討伐隊は出発する。
オーウェンは、いつの間にかビャクと名乗った女性と親しげに話している。
ライルは、その後ろ姿を見ながら、呆れたように呟いた。
「あいつ、子供相手だけが上手いんじゃなかったのか」
他の兵士たちからの声が聞こえる。
「あの女、短気にも程があるぞ」
「ああ、頭どうかしてるんじゃないのか」
「だが、かなりのいい女だな」
「しかし、アルバスは弟子の管理も出来ないとはな」
ライルは、彼らの言葉に、今回の討伐隊が、それぞれ自分のことしか考えていない、バラバラの集団であることを改めて感じた。
その時、荷馬車の屋根に腰を下ろしているアルバスを見つけ、ライルは話しかけた。
「馬上より失礼します。冒険者のライルと申します。」
アルバスは、ライルの挨拶には答えず、周囲を見回している。
ライルは、なおも続ける。
「メルランは、あなたのお弟子さんと伺っています。騒動の動機は何なのでしょうか?」
アルバスは、ようやくライルに視線を落とし答えた。
「まだ公表していないが、私はもうすぐ引退する。次の魔塔首席は、皇室推薦の人物が就く予定だが、次席のメルランは、それが気に入らなかったのだろう」
ライルは直感した。
(本質はそこでは無い。だが、アルバスに語る気はないんだ……。)
情報共有する気のないアルバス。
喧嘩腰のビャク、それに不満を放つ騎士たち。
それぞれが己の思惑を抱え、全く連携の取れそうにない討伐隊は進む。
鬱蒼とした森の中へ入り、木々の間を縫うように進むと、周囲を警戒していたアルバスが、突然声を上げた。
「止まれ」
鋭く前方を睨み、言葉を続けた。
「前方に、魔獣が待ち構えている。」
隊長は、後方へ振り返り、指示を伝える。
「皆、馬から降りろ!この先、メルランの罠と思われる魔獣がいる。駆除して進むぞ!」
不気味な敵の存在に、討伐隊に緊張が走る。
前方には全くなんの気配も感じない、ただ直感が、この先に何か危険な存在がいる事を訴えていた。




