2-2 狩りの序曲
王立医療棟の一室は、白を基調とした清潔感に溢れていたが、同時に、どこか無機質で冷たい印象を与える。
窓から差し込む陽光は、床に落ちる影を濃くし、部屋の静寂を際立たせる。
隣の部屋からは、かすかな薬草の香りが漂う。
この場所が、負傷者の治療と隔離のために存在していることを物語っていた。
3人の男が、重苦しい空気の中で言葉を交わす。
「…ったく、いつまでこんなとこに閉じ込めておくんだ」
屈強な体躯に白髪が際立つ男─グレンは、苛立ちを隠せない。
「まあ、焦るなグレン。一気に老け込んだ身には、丁度いい休養だろう」
銀糸のように輝く長髪を背に流した魔術師の男─賢者アルバスは、涼しい顔で返す。
「竜殺しの剣…忌まわしい代物だ。数回振っただけで、生命力を根こそぎ持って行かれやがった。まるで、年齢を奪われたみたいだ」
グレンの声には、苦悶の色が滲む。
「で、お前に渡した模倣品の剣はどうだった?ヴァルト」
アルバスは、ヴァルトに問いかける。
「傭兵に使わせたが、まるで役立たずだった」
ヴァルトは、目を閉じたまま口だけ動かし答える。
「ふむ…やはり、竜殺しの剣でなければ、魂の力は引き出せないか」
アルバスは、興味深そうに呟く。
「しかし、お前が竜の血溜まりの中から這い出てきた時は驚いたぞ。どうやって蘇った、何か隠し玉でも持っていたのか?」
グレンの鋭い視線が、ヴァルトに突き刺さる。
ヴァルトは口を噤む。
(…いや、そんな力、俺にあるはずがない。確かに、あの時、俺は…)
答えられず少し黙った後、絞り出すように呟く。
「…竜は生きていたか」
「ああ、正確には、"竜の力"が残っている、と言った方が正しいか。竜殺しの剣を使える者が現れれば、その者が新たな竜となるだろう」
アルバスは、緊張を煽るように言う。
「竜の血は殺した。剣も回収済み。竜の子と人形は、元からこちらにある…。あとは竜魔法だけだ」
ヴァルトは、淡々と語る。
「だが、3人失い、1人は重傷、竜があそこまで強いとは想定外だ」
グレンは苛立ったように語る。
「それだけではない、竜魔法も竜殺しの剣も、もう使えそうもない、次使ったら絶命してしまう。」
アルバスは釘を刺すように言った。
「それがどうした、俺たちは命令に背いたら刻印に刻まれた呪に殺される、見つけたら戦うしかない」
ヴァルトは胸の刻印に手を当て言った。
「最高位の騎士の称号と与える為だとか栄誉だとか言われ、刻印を受け入れたが絶対断れない命令もセットだったとはな」
グレンは、自嘲気味に吐き捨てる。
「何を今更。あの時の選択は、お前自身の自由意志だろう。それに、恩恵もあったではないか。王室の宝物庫や王立図書館の最深部への立ち入り許可は、私の研究の助けになったぞ」
アルバスは制するように言う。
その時、部屋に皇室の騎士が慌ただしく駆け込んできた。
「出撃出来る者はいるか!」
「…どうした?」
グレンが落ち着いた声で問い返す。
「メルランがゲオルクを操り、皇室に背いた!」
騎士は、声を荒げて叫んだ。
「メルランはゲオルクと共に飛び去り東の古城跡に籠城しているとの事だ、今討伐隊を編成している」
「被害はあったのか?」
ヴァルトは騎士に聞いた。
「近衛兵により、王族に死者こそ出ていないが、負傷者が出ている。特に女王様は頭部にお怪我を負われた模様だ、こっちも護衛隊を増員中だ」
「すぐに行こう」
グレンは起き上がり言った。
皇室の騎士は3人を連れて医療棟の一室を後にした。
「2人は護衛隊、1人は討伐隊に入ってくれ」騎士は早口で言った。
「分かった」ヴァルトは静かに答える。
騎士に気づかれぬよう、刻印による念話でヴァルトが告げる。
「だがもし竜が現れたらそっちが最優先だ」
グレンとアルバスは、互いに視線を交わし、静かに頷く。
その頃、王宮では、メルランの反逆に対抗するため、討伐隊の編成が急ピッチで進められていた。
討伐隊の隊長は、王室に忠誠を誓う歴戦の騎士が務め、隊員には、騎士数名、そして、魔術師アルバスが選ばれた。
さらに、人員不足を補うため、急遽、冒険者ギルドに声がかかり、数名の冒険者が召集された。
冒険者の中には、ライルとオーウェンの姿、そして、ひときわ異彩を放つ東洋風の 女性剣士の姿があった。
彼らは、メルランが籠城する古城跡へと向かう為、王国の東城門前に集められた。
それぞれの胸には、様々な思惑が渦巻いている。




