09 山賊退治
「アルトさん……?」
目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「えっ」
先ほどまで凶悪な笑みを浮かべていた山賊たちが、地面に転がっていたのだ。
血は流れておらず、糸が切れた人形のように地面に伏せている。
気絶しているようだ。
「ひぃぃぃ! ば、化け物……!」
意識があるのは山賊のリーダーだけだ。
尻餅をついて小便を漏らしていた。
「何が起きたの……!?」
私は状況を理解できず、ただただ唖然としていた。
「見ての通り返り討ちにしたのさ」
「すごい……! あれだけの数を一瞬で……!」
アルトの強さは別格だった。
王国にまで轟く勇名は伊達ではない。
「大丈夫か、ソフィア。怖がらせて悪かったな」
「だ、大丈夫です。ですが、一体、何が起きたのでしょうか? 見たところ気絶しているようですが……」
震える声で尋ねると、アルトは肩をすくめて笑った。
「この剣で一刀両断にしただけさ」
その言葉によって、アルトが抜刀していることに気づいた。
返り血が一滴すらついていない。
よく見ると気絶している山賊たちも血を流していなかった。
「どうして剣で攻撃したのに斬れていないのですか?」
「魔法で殺傷能力を無くしたんだ」
「そんな魔法が……!」
「おそらく王国にもあるぞ。一般的な魔法だからな。普段は実戦形式の訓練をする際などに用いるものだ」
「なるほど」
私の知らない魔法だったが、説明を受けて納得できた。
「さて……」
アルトは剣を軽く振って鞘に収め、山賊のリーダーを睨んだ。
「ひ、ひぃぃ! ご勘弁を……!」
リーダーの男は光の速さで土下座した。
岩肌の斜面に額を擦りつけ、「何卒お許しを!」と叫んでいる。
「許してほしいか?」
アルトが冷静な声で尋ねると、山賊は必死に首を縦に振った。
「は、はい! もう二度とこんな真似はいたしません! 誓います! ですから! ですから何卒! 寛大なご対応を!」
「なら条件がある。まずは盗んだ薬草を返せ」
「もちろんでございます!」
「次に、誰に雇われたのか正直に言うんだ」
「雇われて……?」
私は驚いてアルトを見た。
「そうだ。こいつらは誰かに雇われている」
アルトが「そうだろ?」と確認する。
「そ、そのぉ!」
山賊のリーダーは言い淀むが、アルトが剣の柄に手をかけると慌てて口を開いた。
「仰る通りです! 俺たちは雇われました! ですが、誰に雇われたかは分からないんです! 誓って嘘じゃありません!」
山賊の男は必死に訴えた。
その表情を見る限り、嘘をついているようには見えない。
しかし、依頼主が不明とは理解できない話だ。
「誰に雇われたか分からないとはどういうことだ? 報酬の一部を前金でもらっているだろ? その時に顔を見ているはずだ」
アルトは私が思っていることを言った。
「た、たしかに見ました! ですが、そいつは真の依頼主じゃありません! 真の依頼主に脅されて、無理矢理俺たちと接触させられていたんです!」
「そういうことか」
アルトは納得した様子だった。
一方、私は「そんなことあるの?」と疑問に思っていた。
ただ、アルトの様子を見て、「そういうものなのだろう」と勝手に納得した。
「お前の話はおそらく事実だろう。だが、どう考えても怪しい依頼なのにどうして引き受けた? お前たちの性格なら前金だけもらってトンズラするものじゃないか? そんな怪しい依頼なら尚更だ」
たしかに、と思った。
「仰る通りでございます! ですが、あまりにも金額が大きかったんです。とてもそんじょそこらの金持ちが支払えるような額じゃありませんでした。しかも、成功報酬は前金の10倍だと言われたんです!」
「ほう。それで金に目がくらんだのか?」
「違います!」
山賊は強い口調で否定したあと、「それもありますが……」と少し訂正した。
「それだけの金をポンと出せる奴で、しかも依頼は殿下の殺害ときた。明らかにヤバい奴です。なので、前金だけ貰って逃げたら俺たちが殺されると思ったんです。かといって、わざと失敗してもバレかねません」
「だが、任務を成功してもお前たちは殺されるだろう? そういう相手なら」
「だから任務を成功させて、成功報酬はもらわずにズラかる予定でした!」
山賊の男は地面に額を擦りつけたまま言った。
その説明には筋が通っており、アルトだけでなく私も納得した。
「お前らの受けた依頼についてあと一つ教えろ。依頼はいつ受けた?」
「二日前です! 俺たちがアジトで飲んでいたらヒョロガリの男がやってきて、プルプル震えながら依頼してきたんです! 薬草を盗めば殿下や騎士が村を出るからとのことでした!」
「二日前……レーヴァンにいた頃だな」
「少なくとも相手は儀式のことを知っていますよね。ロックウェルで私と出会っていなければ、この村は既に通り過ぎているはずなので」
私は横から口を挟んだ。
少し経ったことで冷静になっていた。
「たしかに、その通りだ。うると相手は魔術師の儀式に精通している可能性が高いな。帝国内の反抗勢力か、それとも他国の工作員か……まぁ、尻尾は掴めないだろうな」
アルトは自分なりの結論に至ったようで、静かに頷いた。
「事情は分かった。それで、薬草はどこだ?」
「ハルメネ村にございます!」
「「はあ?」」
私とアルトが同時に反応した。
「あんな物、運び出すのは大変だし、盗んだところで商売にならない。それに運ぶのは衛兵にバレるリスクが高い。だから倉庫の地下に穴を掘って埋めたんです! 床板を外して確認してもらえれば本当だと分かります!」
「「なるほど」」
またしても私とアルトの声が被る。
それに驚いて、私たちは互いの顔を見た。
「ソフィア、俺の真似をするでない」
「アルトさんこそ」
二人して笑う。
「これでお前に訊くことはなくなった」
アルトは「ふぅ」と息を吐き、山賊を見た。
「本当にすみません! 二度とこんな真似はしません! ちゃんと真実を全て包み隠さず話しました! ですからお許しください!」
「分かった」
アルトは即答だった。
「今回は特別に見逃そう。ただし、二度と悪さをしないと誓え」
「は、はい! 誓います、殿下!」
「それと、〈冒険者〉という職業があるのを知っているか?」
「名前だけは一応……」
山賊はあまり理解していないようだった。
「冒険者……?」
私も首を傾げる。
「魔物を狩って生計を立てる仕事だ」
「あ! 前にアルトさんが話していましたね!」
「うむ。戦争が終わった今、帝国は冒険者関連の予算を大幅に増額している。それにより、魔物の討伐報酬も大きく上がった。巷では腕に自信のある者が冒険者として活動している」
「なんと……!」
山賊が驚いた顔をする。
「今回は俺とソフィアしかいなかったが、お前たちは騎士団ごと俺を始末するつもりだっただろ? それもたかだか数十人で。ということは、腕には多少の自信があるはずだ。だったら悪事になど手を染めず、冒険者として堂々と働けばいい」
山賊の濁った目に光が宿る。
彼らは生活苦が理由で山賊になったのかもしれない。
アルトはそうした背景事情を見越したうえで、犯罪から抜け出せる道を示しているのだ。
「お、俺たちは殿下を殺害しようとしたのに……! まさかそんな俺たちを許してくださるだけではなく、冒険者という道まで教えてくださるなんて……! ありがとうございます、アルト殿下! そして、重ね重ね申し訳ございませんでした!」
山賊は感動のあまり泣き出した。
「次は冒険者として帝国に貢献する姿を見せてくれよ」
「はい!」
アルトは頷くと、「行こう」と行って歩き出した。
私は小走りで彼の隣につく。
「アルトさん、あの……」
「ん?」
「私は帝国の法律には詳しくないのですが、さすがにお咎めなしというのはまずくないですか? 仮に許すとしても、捕縛して衛兵に突き出したほうが……」
私は恐る恐ると尋ねた。
事情に関係なく、山賊はアルトを殺そうとした。
王国であれば、これは問答無用で死罪に問われる重罪だ。
見逃した場合、その者まで罪に問われてしまう。
「衛兵に突き出したら、彼らは間違いなく死刑だ。俺はそれを避けたかった。もし彼らの狙いが俺ではなく君や他の者だったら別だが、今回に関しては俺だけを狙っていたからな。であれば、彼らの処遇は俺が決めたっておかしくないはずだ」
「たしかにそうですが……」
「言いたいことは分かる。俺の考えは感情論に過ぎない。彼らを見逃したのは大問題だし、こんなことを許していれば法が意味を成さなくなる。だが、俺は彼らの命を奪いたいとは思わなかった。要するに俺の自分勝手な判断ということさ」
その言葉に私は胸が熱くなった。
しっかり法を尊重しつつ、それ以上に自分の心を大切にしている。
そして、彼の心は私利私欲ではなく帝国の安寧に向けられている。
これが帝国を統べる者の器だ。
王家の人間では逆立ちしても敵わないと思った。
◇
ハルメネ村へ戻り、治療院で働く村民に薬草を渡した。
それから村長に事情を説明し、村長や複数の村民を連れて倉庫に向かう。
話はアルトがしたのだけれど、山賊については嘘を織り交ぜていた。
運悪く取り逃がしたというのだ。
だが、その話は誰が聞いても嘘と分かるものだった。
薬草の在処を吐いてから逃げる山賊など、実在したら滑稽極まりない。
「奴の言っていたことは本当だったようだな」
村民が倉庫の床板を剥がすと大量の木箱が出てきた。
中を確認したところ、乾燥させたエルフォニア草が入っていた。
「殿下、本当にありがとうございます! 助かりました!」
村長が深々と頭を下げる。
「お礼ならソフィアに言うといい」
アルトが即座にそう言ったので、村長はキョトンとした。
「え、な、なぜソフィア様に……?」
私も驚いた。
盗まれた薬草を取り戻したのはアルトだ。
どちらの功績のほうが優れているかは明らかだった。
身分の差を考慮しなくても、感謝されるべきはアルトのはずだ。
「薬草を採取したのはソフィアだからな。俺は山賊から盗まれた薬草の在処を吐かせただけだ」
アルトが淡々と言う。
私には納得できず、思わず聞き返した。
「でも、アルトさんが山賊を倒さなかったら、盗まれた薬草は戻らなかったのでは……? 地下を探すことなどなかったはずです」
村民たちが頷いている。
「いや、見つかっていたさ。他所の町から新たな薬草が届けば、またここに保管するだろ? いずれは床板の感触がおかしいと気づく者が現れる。そこから発見に至っていたさ」
「ですが……」
反論しようとしたところ、アルトが遮った。
「逆に考えてみろ。もし山賊が襲って来なかったら、俺は何の役にも立たなかった。これは揺るぎない事実だ。そして、村の治療には、あの薬草がどうしても必要だった。つまり、今回の成功の土台を築いたのは君なんだ。俺はその上に追加の作業をしたようなもの。だから、褒められるべきは君なんだよ、ソフィア」
「アルトさん……!」
村長はしばらく言葉を失ったが、やがて頭を下げてきた。
「ソフィア様、ありがとうございます! あなたがいてくださったおかげで、多くの人が救われました!」
「いえ、そんな……大したことは……」
私は頬を染めて俯く。
誇らしさと照れ臭さが同時に込み上げた。
「それでは村長、報告書を見せてもらおうか」
「は、はい! ただちに持って参ります! ここでお待ちいただくのも畏れ多いですので、殿下とソフィア様はお宿のほうでお待ちいただけると幸いでございます!」
村長は緊張した様子で言うと、アルトの返事を待たずに走り去った。
そして、代わりとなる村民が「ご案内します」と引き継ぐ。
私たちは倉庫から離れて宿屋に向かった。
「山道を歩き回って足が痛いな」
アルトが笑いながら言う。
「ですね!」
私も笑顔で返した。
(本当にすごいなぁ、アルトさん……!)
先ほどのやり取りでも、彼の謙虚さが伝わってきた。
優しさや他人に対する思いやりの気持ちも。
一緒に居れば居るほど、その人柄に感服させられる。
(アルトさんと出会えて本当に良かった)
彼の隣を歩けることが、今の私には何よりも幸せだった。
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