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04 魔王

「すみません、殿下。魔王属性というのはどういった性質なのでしょうか?」


 怖いとは思ったが、知らぬままではいられない。

 私は勇気を振り絞って尋ねてみた。


「魔王属性とは、古代に存在していたと言われる『魔王』が放っていた独特の魔力に似た性質のことだ」


 アルト殿下は静かに切り出した。


「魔王……」


「もちろん、伝説上の存在であり、実在したかどうかは分からない。ただ、その魔王が放っていた独特の魔力は、魔物たちを圧倒し、恐怖させたといわれている」


「あの凶暴な魔物たちが恐怖する魔力……」


「そうだ。魔物は人間と違い、魔力の性質を感じ取れる。だからこそ、その魔王属性を持つ者が近づくと、魔物は本能的な恐れを抱いて逃げ出す。そのため、我々はこの性質を〈魔王〉属性と呼んでいる」


「で、でも、私の魔力は非常に低いです。魔物は魔力の性質だけでなく魔力の多寡も感じ取れる……王国ではそう習いました」


「その認識は間違っていない。しかし、こと魔王属性の魔力に関しては別だ。たとえ魔力が低くても、その性質というだけで魔物は恐怖する」


「ルミナール王国では魔力の量だけが重視されているかもしれませんが、我が帝国では『質』、すなわち魔力の性質であり属性も重視されています」


 鑑定士が横から口を挟んだ。


「そういうことだ」


 アルト殿下は頷いた。


「この魔王属性の性質は極めて稀有な存在だ。帝国の長い歴史を遡っても、この性質を持っていたとされる人物は数人しかいない。存命の人物に関して言えば、ソフィア、貴女以外には魔王の魔力を持つ者はいないだろう」


「私だけの性質……!」


「すごいな、ソフィアの奴! 唯一無二の魔力だってよ!」


「やっぱりソフィアがいたから魔物が寄りつかなかったんだね!」


「あんなすごい王女様の素質を見抜けないとか、王国の奴等は分かってねぇな!」


 町民たちは大興奮だ。

 アルト殿下と鑑定士も興奮を抑えきれない様子。


(まさか私にそんな力があったなんて……)


 一方、私自身は信じられない思いだった。

 もちろん、アルト殿下や鑑定士の説明を疑っているわけではない。

 何度となくあった魔物の逃げる場面を思い返すと合点がいく。


 ただただ驚いていたのだ。

 嬉しさが込み上げてきたのは、しばらく経ってからのことだった。


 ◇


「それでは殿下、私はこれにて失礼します」


「ご苦労であった。感謝する」


 しばらく会話したあと、鑑定士が去っていった。

 彼の乗った馬車が見えなくなったのを確認すると、アルト殿下は町長に言った。


「町長、先日は報告書の数字を疑うような反応を見せて申し訳なかった」


 アルト殿下が町長に頭を下げた。

 これには私を含む全ての町民が驚いた。

 皇太子が庶民に頭を下げるなど、普通ならあり得ない。

 アルト殿下の人柄が感じられた。


「め、めめ、滅相もございません!」


 当然ながら町長は大慌て。

 何故か「お顔をお上げください」と土下座を始めた。


「町長の説明通り、この町がここしばらく魔物の被害に遭っていないのはソフィアのおかげと言える」


「やはりそうでしたか! この町をお守りくださってありがとうございます、ソフィア様!」


 町長が私に頭を下げる。


「そんな……私、何も特別なことはしていません。ただ、ここで生活していただけです。それに様付けはやめてください、町長さん。いつもみたいに『ソフィア』って呼び捨てで呼んでください。恥ずかしいです」


「ほう? 町長はルミナール王国の王女を呼び捨てで呼んでおるのか?」


 アルト殿下がニヤリと笑う。


「いや、ややや、やや、ややややぁ、そんなそんな、そんなぁ……!」


 町長は顔を真っ赤にしてパニック状態。

 その様子を見て、私たち町民は腹を抱えて笑った。

 アルト殿下も愉快げに笑っていた。


「さて……」


 雑談が落ち着くと、アルト殿下が表情を引き締めた。

 体をこちらに向けて、真剣な眼差しで私を見る。


「ソフィア、貴女にお願いがある」


「お、お願いですか?」


「貴女の力を帝国ために貸してほしい」


「それは……どういうことでしょうか?」


 町長以下、町民たちも首を傾げている。


「ロックウェルがそうであるように、帝国内には魔物の被害に苦しむ町が多く存在する。ルミナール王国との戦争が終結したのを機に地方の村々を統合したり、警備を増やしたりしてはいるものの、全く追いついていないのが現状だ」


「なんと……」


 広大な国土を誇るエリュシオン帝国ならではの問題だと思った。


「魔物の被害は深刻だ。私が帝位を継承する前に、この問題をどうにかしたいと思っていた。ソフィア、貴女が持つ魔王属性の魔力は、我が帝国にとって大きな助けとなる。だから協力してもらいたい」


 アルト殿下が「頼む」と頭を下げた。


「わわわっ、殿下、頭、頭を下げないでください!」


 私はパニックを起こし、訳もなく左右にあたふたしてしまう。

 町長が謎の土下座を繰り出した気持ちが理解できた。


「私にできることであれば喜んで協力させていただきますが、何をすればよろしいのでしょうか?」


「魔物の被害に苦しんでいる町を回り、滞在してもらえればそれでいい」


「え?」


「貴女が滞在中に魔術師が儀式を行う。それによって、貴女の魔力をその土地に浸透させる。こうすれば、貴女が離れたあとも魔物が近寄りにくくなる」


「そんな儀式があったとは……!」


 私は王家の人間として、魔法に関する知識をそれなりに学んでいる。

 故に儀式についても多少は把握しているが、殿下の言う儀式は知らなかった。


「ルミナール王国どころか、その他の諸国と比較しても、我がエリュシオン帝国の人間は総じて魔力が低い。中には魔力が全くない者もいるほどだ。だからこそ、限られた魔力をいかに効率良く使うかは常に研究しており、秘伝の儀式が多く存在している。この儀式もその一つだ」


「なるほど、そうでしたか」


「魔力を土地に浸透させる儀式は、短くても数日を要する。なので、貴女には一つの町で数日、時には十日以上もの間、滞在をお願いすることになるだろう」


「移動も含めると、かなりの長旅になりそうですね……」


 アルト殿下が「うむ」と頷いた。


「私には想像もつかないが、貴女の服装を見れば分かる。ロックウェルの町民たちに受け入れてもらうのに相当な苦労をしてきたはずだ。そんな中、この町を長く離れさせるのは申し訳ないが、どうにか受け入れてはいただけないだろうか」


 アルト殿下は、私をまっすぐ見つめている。

 透徹した青紺色の瞳が、偽りのない決意を語っていた。

 王国で疎まれた日々を思えば、殿下の申し出はまるで夢のようだった。


「私は……帝国を救うために力を尽くしたいです。私でよければ、喜んでお力添えいたします」


 そう答えることに些かの躊躇もしなかった。


「ありがとう、ソフィア。帝国を代表し、心より感謝する」


 殿下が微笑んだ。

 その笑みを見た瞬間、胸が少しだけ熱くなった。


 私が必要とされている……。

 そのことが、この上なく嬉しかった。


 ◇


 私が承諾したことで、話が前に進もうとした。

 だが、その直前になって、私は気がかりなことを思い出した。


「あの、私がロックウェルを離れてしまっても大丈夫なのでしょうか?」


 この発言で、町長や他の町民たちも「あっ」と気づいた。


「たしかに! ソフィアがいなくなったらヤバいんじゃ!?」


「また魔物に畑を荒らされるようになるのはごめんじゃ」


「畑だけならまだしも、命だって……」


 町民たちが不安そうに呟く中、アルト殿下は首を振った。


「ロックウェルなら問題ない。長期にわたって貴女が滞在していたからだ。つまり、既に魔力が十分に土地に染み込んでいる。ある程度の効果は持続するだろう」


「そうなんですね……」


「だが、もしも不安であるというのなら、ここで簡易的な儀式を行うことも可能だ。必要なら同行している宮廷魔術師に頼んで儀式を行ってもらうが」


「宮廷魔術師さんも一緒なのですか?」


「当然だ。私が全国を回る以上、護衛や補佐は欠かせない……というのは建前で、元々、別の儀式を行う予定だった。魔物対策としてな」


「そうだったのですか。それにしても、護衛や補佐が建前とは一体……」


「騎士や魔術師より私のほうが強い。それだけのことさ」


 アルト殿下は自信に満ちた表情で言った。

 その言葉に、随伴している騎士たちが頷いている。


「そんなわけでロックウェルは問題ないと考えているが、今の私にとっては貴女に安心してもらうのが何よりも大事だ。何せ貴女は我が帝国の最重要人物なのだから」


「最重要人物……私が?」


「当然だ。貴女の協力によって数千、いや、数万の民が救われる。最重要人物という表現は何も間違ってはいない」


 アルト殿下の言葉に、私は衝撃を受けた。

 王国では一度も得られなかった嬉しい気持ちで心が満たされる。


 そして、確信した。

 アルト殿下は、本当に国民のことを思っているのだと。

 前評判以上に優れた、本当に素敵な人だと思った。


「それで、ソフィア、簡易的な儀式を行うか? 判断は君に任せるよ」


「いえ、殿下が問題ないと仰ったので、そのお言葉を信じます。儀式は必要ありません」


 町民たちも同意していた。

 アルト殿下を目の当たりにして、皆、「この人なら大丈夫」と信じたのだ。


「では、出発の準備が整い次第、貴女は私の馬車に乗るといい」


「ええっ、殿下の馬車にですか!? そんな畏れ多い……!」


 私が声を上げると、殿下は笑みを浮かべた。


「なんだ、私と同乗するのは嫌か?」


「そ、そんな、そんなことありません! むしろ逆! 逆です! アルト殿下が私なんかと同乗されるなんて……」


 皇太子が従属国の人質と同じ馬車に乗る――。

 そんな話、今までに一度たりとも聞いたことがない。

 王国の常識、いや、世界の常識で考えてもあり得ないことだ。


「貴女に別途で騎士団を付けることもできるが、それでは手間と費用が増えてしまう。であれば、私と一緒に各地を巡ってもらったほうが効率的だ。こちらとしても、貴女の安全を確認できて助かる」


「で、でも、私などが……」


「遠慮はいらない。帝国のためを思って最善の手段を選んでいるだけだ」


「わかりました……。よ、よろしくお願いします」


 私は顔を赤らめながら頭を下げた。

 皇太子殿下の馬車に同乗する日が来るとは夢にも思わなかった。


「頑張れよ、ソフィア!」


「お前はロックウェルの誇りだ!」


「他の町も助けてやってくれ!」


「いつでも帰ってこいよ!」


 馬車に乗り込む私を、皆が口々に励ましてくれる。


「行ってきます! 必ず戻ってくるので、皆さんもお元気で!」


 私は笑顔で答え、殿下の馬車に乗り込んだ。

 馬車の中は上質だが派手さはない。


 私が腰を下ろすと、殿下も乗り込んできた。

 当然のことながら、私のすぐ隣に腰を下ろす。

 緊張で胸が張り裂けそうだった。


「儀式は行わなかったが、念のためにロックウェルの警備を強化しておく。これで魔物が出ても衛兵が迅速に対応できるはずだ」


「ありがとうございます、殿下」


「お礼を言うべきなのはこちらのほうさ。人質の身である貴女に言うセリフではないのだが――我が国に来てくれてありがとう、ソフィア」


 馬車がゆっくりと動き出す。

 ロックウェルが少しずつ遠ざかっていく。


 こうして、私とアルト殿下の旅が始まった。


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