03 皇太子と鑑定士
私がロックウェルで過ごし始めてしばらくが経った。
あの魔物事件を境に、町民との距離は一気に縮まっていた。
最初は冷たかった人も笑顔を向けてくれるようになった。
町で過ごしていて分かったことがある。
原因は不明だが、魔物は私のことを異様に嫌っているのだ。
いや、怯えているというべきだろう。
私が町で過ごし始めてから、町に魔物が寄りつかなくなった。
それでもたまには現れるのだけれど、私が駆けつけると逃げていく。
面白いほどあっさり尻尾を巻いて逃げるのだ。
いつからか私は魔物が出ると呼ばれるようになっていた。
それが私のロックウェルにおける「役目」だ。
王国では「失敗作」と揶揄され、何の役目も与えられなかった。
しかし、ここでは町の一員として皆から頼られていた。
「ソフィア、東の畑に小さな魔物が出たって! ちょっと頼めないか?」
「はい! すぐ行きます!」
私はチュニック姿のまま駆け出した。
「グォ!? グ、グォオオオ!」
私が東の畑に着くなり、魔物は一目散に逃げていった。
身を震わせて、まるで「命だけはご勘弁を」と言わんばかりの反応だ。
「助かったよ、ソフィア! あんたのおかげで畑仕事が捗って仕方ないよ!」
「これで収穫量が大幅にアップだ! ありがとう、ソフィア!」
町民たちが嬉しそうな笑顔を見せる。
「いえ、私は何もしていませんよ。魔法も使えないですし、ただ近くに立っているだけで……」
「でも、その『立っているだけ』が役に立っているんだ。本当に助かるよ」
喜ぶ町民たちを見ていると、私の顔にも笑みが浮かぶ。
人に必要とされ、喜んでもらえる――王国では味わえなかった幸せだ。
◇
そんな穏やかな日常が続いたある日のこと。
町に大きな噂が駆け巡った。
帝国の皇太子であるアルト殿下がロックウェルに来るそうだ。
来たる帝位の継承に向けて、帝国全土を視察して回っているらしい。
次代の皇帝となるお方を迎えるとあって、町は浮き足立っていた。
「ソフィア、アルト殿下にはお会いしたことあるか?」
「アルト殿下……名前は聞いたことがありますが、お会いしたことはありません」
私は町民たちと歓迎の準備に追われていた。
通りに花飾りをかけ、広場には簡素なテーブルが並べる。
「へぇ、王国の王女様でもお姿を知らないんだね」
「王国における私の立場は残念なものだったので、調印式などの場には呼ばれることがなく……
「魔物を追い払える能力があるってのに、王国の奴等は見る目がないもんだな。ま、それよりもアルト殿下だ。ルミナール王国の王女様にこんな話をするのもどうかと思うが、王国との戦争で勝利したのだってアルト殿下の功績が大きいって話だ」
「そうでしたか。今から緊張しますね」
その後も、町民たちと話しながら作業を進めた。
「あの、アルト殿下のこと、詳しく教えてもらえませんか」
作業の傍らで、私は何度かこう質問した。
今では帝国の人間なので、少しでも知っておこうと考えたのだ。
しかし――。
「実は俺も詳しいことは知らないんだよね」
「こんな田舎町に来られることなんてないからな」
「私も見たことはないけど、礼儀正しくて厳しいお方だと聞いたわ」
そんな答えしか得られなかった。
◇
翌日、予定通りアルト殿下がロックウェルにやってきた。
砂埃の立つ道を精鋭の騎馬隊が先導し、その後ろに殿下を乗せた馬車が続く。
私たちロックウェルの町民は拍手喝采で迎えた。
「皆の対応に感謝する」
そういって、殿下が馬車から降り立った。
その姿は、事前の話から想像していた以上に整っていた。
白銀の短髪、粒が煌めくような精悍な容貌、深い青紺色の瞳が印象的で、見る者全てを引き締める威厳がある。
軍服風の上着には帝国の紋章が金糸で鮮やかに縫い込まれ、佇まいは凛々しく、そして冷静さを感じさせた。
「アルト殿下、ようこそロックウェルへ! 私はこの町の町長でございます!」
「ご苦労。町長、書類は用意できているか?」
「はい、こちらにございます」
アルト殿下が求めたのは、帝国に出す定期報告書だ。
町長には事前に用意しておくよう通達があった。
「拝見させてもらおう」
アルト殿下は無駄な雑談を挟まず、書類に目を通し始めた。
周囲の町民は緊張の面持ちで見守っている。
私も少し離れた場所から、その様子を伺っていた。
「ん? ここしばらく、ロックウェル近郊の魔物による被害が極端に少ないようだな」
「はい! おかげさまで農作物も順調に収穫できております!」
町長が嬉しそうに答える。
一方、アルト殿下は厳しい表情で町長を見た。
「こうも極端に被害が減ったことには何かしらの理由があるはずだ。その理由が何かを教えてほしい。理由があるのであればの話だが」
アルト殿下は明らかに訝しがっていた。
おそらく町長が書類の数字を捏造したと思っているのだろう。
自身の来訪に備えて取り繕うために。
「特に何かしらの対策を講じたわけではないのですが、ある女性が来て以降、魔物があまり寄り付かなくなりまして……」
町長は萎縮した様子で答えた。
「女性?」
「はい、ルミナール王国から人質として参ったソフィア様です」
最近では私のことを呼び捨てにしている町長だが、このような場ではしっかりと敬称を付けていた。
「そういえば、我が国に忠誠を誓う証として王女を差し出すなどとユリウス殿が言っていたな」
アルト殿下が町民の顔を見ていく。
そして、私と目が合ったところでその動きを止めた。
「そなたがソフィアか」
「は、はい!」
私は深々と頭を下げた。
「見たところ大した魔力を持たない女性のようだが、彼女が魔物を追い払っているというのか?」
町長が「さようでございます!」と元気よく答えた。
「ソフィア様が現れると魔物が逃げてしまうのです。魔法も使っていないようで、私たちも不思議なのですが……。ですので、誓って数字の捏造などは行っておりません!」
「……なるほど」
アルト殿下は一瞬、思案するように瞳を細めた。
それから部下の騎士の一人を呼び寄せ、低い声で命じる。
「大至急、帝都へ伝令を飛ばせ。宮廷鑑定士を呼び寄せるんだ。明日中にはここへ来られるよう、最優先で手配しろ」
「かしこまりました!」
このやり取りに町民たちがざわつく。
私も例外ではなかった。
(宮廷鑑定士って何!? 何をするつもりなんだろう……?)
そんな中、アルト殿下は町長に言った。
「町長、予定を変更させてもらいたい」
「と、申しますと……?」
「すぐにこの町を発つ予定だったが、明日までさせてもらいたい」
「もちろんです! 皆で心を込めておもてなしいたします!」
「感謝する」
アルト殿下が初めて微笑んだ。
その表情を見て、町長や私たち町民一同は安堵した。
◇
翌朝、ロックウェルに新たな馬車がやってきた。
「着いたぞ! 帝都より派遣された宮廷鑑定士様だ!」
町民の一人が言う。
私たちは昨日と同じように馬車を迎えた。
「アルト殿下、お待たせして申し訳ございません」
「いやいや、こちらこそ急に呼び出して済まない」
馬車から宮廷鑑定士の男が降りてきた。
痩せた中年の男性。
細長い眼鏡をかけ、手には何やら不思議な道具が入った鞄を携えている。
「それで、殿下、私は何を鑑定すればよろしいのですかな?」
「実は……」
アルト殿下は鑑定士に耳打ちをした。
何を話しているのかは分からないが、大事な話であることはたしかだ。
話を聞くにつれて、鑑定士の顔が驚きの色に染まっていた。
それは結構なのだが――。
(絶対に私の話をしているよ……!)
問題は、私について話していることだ。
何せ二人は、話している間、ずっと私の顔を見ていた。
「ソフィア、こちらへ」
「は、はい。アルト殿下……お呼びでしょうか?」
アルト殿下に名を呼ばれ、私はビクビクしながら前に出た。
「そう心配するな。怪我をさせたりはしない。これは単なる魔力の確認だ」
「魔力の確認、ですか?」
「そうだ。少しだけ我慢してくれ」
アルト殿下が鑑定士に「頼む」と命じた。
「それでは」
案の定、鑑定士は私を調べ始めた。
虫眼鏡のような道具で、私の全身をくまなく見ている。
さらには謎の魔法を発動した。
それによって私の全身が一瞬だけ光った。
だが、痛みなどは感じず、微かにひんやりとした程度だった。
「……ふむ」
鑑定士は道具をしまい、アルト殿下に体を向けた。
「どうだ?」
「殿下のご推察の通りでした」
「やはりそうであったか」
アルト殿下は腕組みをして、私を見る。
私は何が分かったのか気になって仕方がなかった。
「あ、あの、殿下、私の魔力に何か問題でも……?」
「問題はない。ただ、特異性がある」
「特異性……?」
この問いには鑑定士が答えた。
「ソフィア殿、ルミナール王国の王女であるあなたなら、魔力に性質があるのはご存じですな?」
「はい、それは存じ上げています。私の性質は〈無〉ですよね……?」
魔力には「火」や「水」など、様々な性質がある。
性質には様々な種類があって、複数の性質を宿すことも多い。
この性質によって、発動できる魔法や効力が変わってくるのだ。
私の場合、魔力の性質は〈無〉だった。
平たく言うと「当てはまる性質がありません」ということ。
王国では「無能の無」などと呼ばれていた。
魔力が低い上に無属性――故に無価値。
それが王国における私の評価だった。
「いえ、無属性ではありません」
「え?」
「王国の技術力では、貴女の性質を判断できなかったのでしょう。ですが、我が帝国であれば、貴女の正確な性質を判断できます」
「つまり、先ほどは私の魔力の性質を鑑定していたということですか?」
「いかにも。そして、貴女の魔力の性質が判明しました」
「私の魔力の性質……」
鑑定士は頷くと、力強い口調で言った。
「間違いありません。貴女の魔力の性質は〈魔王〉です」
「魔王……?」
それは聞いたことのない性質だった。
火や水、光や治癒などではなく、魔王……。
「おい、何だ、魔王の性質って」
「さぁ? というか、魔力に性質があること自体知らなかったぞ」
「ワシもじゃ。魔力は魔力じゃないのか?」
町民たちが困惑している。
私も何が何やら理解できずに戸惑っていた。
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