25 エピローグ
それから、月日が流れた――。
私たちの旅は無事に終わり、私は一度、ロックウェルに戻った。
そこで町民たちと久しぶりの再会を果たしたものの、長居はできない。
私は帝都の皇宮に移り住むことが決まっていたからだ。
アルトと結婚するからである。
町民たちは、報告する前から私の婚約を知っていた。
さすがに皇太子殿下の婚約ともなれば、田舎町にも情報はいく。
「たとえアルト殿下と結婚したとしても、お前はロックウェルのソフィアだからな!」
町民の多くがそう言ってくれた。
その言葉が嬉しくて、私は思わず泣いてしまった。
◇
私たちの旅の目的は、魔物の被害を減らすこと。
儀式によって私の魔力をその土地に根付かせるという方法で。
効果は絶大だった。
訪れた全ての町で魔物の被害が激減したのだ。
もちろんゼロになったわけではない。
私が過ごしていた頃のロックウェルがそうだったように、時折、魔物が町の近辺に出没することがあった。
しかし、問題ない。
今では田舎町にも冒険者が滞在しており、全国各地で魔物を討伐している。
グランフェルのような分散を目的とした儀式のおかげだ。
それらの結果、帝国の治安は一気に向上した。
魔物の討伐に費やしていたコストの多くが浮いて財政にも余裕ができた。
これにより減税が行われ、帝国はこれまで以上に繁栄することになった。
◇
旅が終わってから間もなくして、アルトは帝位を継承した。
これは私の婚約とは関係なく、ずっと以前から決まっていたことだ。
継承が終わると、アルトは以前ほど自由ではなくなった。
皇帝として玉座に座って指示を出す必要があるからだ。
隣の席は、まだ空いている。
正式な結婚式が終わっていないため、私には座る資格がなかった。
ただ、結婚する前から、私たちは一緒に生活していた。
王宮よりも何倍も豪華絢爛な皇宮で、二人で楽しく過ごしていた。
使用人はあえて雇わず、家事は二人で担当している。
内装が煌びやかになっても、生活自体はロックウェルの頃と変わらない。
隣にアルトがいるだけだ。
ちなみに、ロックウェルの館は今でも私の家として登録されていた。
埃が積もらないよう、町長にお願いして定期的に掃除をしてもらっている。
私にとっては始まりの地なので、失いたくなかったのだ。
◇
アルトの帝位継承が済んだ数ヶ月後――。
いよいよ結婚式の時がやってきた。
式場は皇宮内にある式典ホール。
アルトの帝位継承でも使われた神聖な場所だ。
「あわわわ、緊張してきた! どうしよう、どうしよう!」
私は控えの間にいた。
眩いほど豪華なウェディングドレスに身を包んで、落ち着きなく動き回っている。
マリッジブルーに陥っているわけではない。
ただ、式を目前に控えて緊張が込み上げてきたのだ。
もうすぐ私は、正式に皇后となる。
謁見の間で、玉座の隣に座れる唯一の人間になるのだ。
そう思うと緊張しないほうがおかしかった。
(人生って分からないものよね)
姿見に映った自分の姿を見て思う。
王国にいた頃、私には誰一人として頼れる相手がいなかった。
両親や兄姉には「失敗作」と呼ばれ、他の貴族にも疎まれてきた。
王国では当たり前に行われている政略結婚の打診すら来なかった。
私と関わること自体が、王国では恥とされていたのだ。
それが、帝国に来てから一変した。
私の魔力が皆に頼られ、帝国の安寧に役立ったのだ。
ロックウェル、レーヴァン、ハルメネ村、グランフェル、ティオルナ、そして、マスカレア。
その他、アルトと訪れた全ての場所が胸に刻まれていた。
目を瞑ると、今でも旅のことを鮮明に思い出せる。
そして、思い出すと、いつも隣にはアルトの姿があった。
笑ったり、喜んだり、馬車で仲良く寝たり。
「ソフィア様」
ノックと同時に扉が開く。
やってきたのは私の介添人を務める男――ゲラルドだ。
騎士の鎧ではなく、この場にあった礼装をしていた。
一般的に、介添人には身内か同性の知人が選ばれる。
しかし、私にはその両方がいなかった。
アルトは王家の人間を呼ぶか尋ねてきた。
王家は彼に恐れているので余計なことはしないだろう、と。
ただ、私がそれを拒んだ。
人生で最高の舞台に、私を「失敗作」呼ばわりする人間は必要ない。
たとえ血が繋がっていても、縁は切れている――それが、私の王家に対する考え方だ。
そうした経緯から、ゲラルドに白羽の矢が立った。
『え、俺!? いやいや、さすがにそれはまずいんじゃ……!』
介添人を頼まれた時のゲラルドの言葉だ。
その時の表情は、旅で見たどんな時よりも困っていた。
『俺に頼むくらいなら、公爵夫人のほうがよくないか!?』
ゲラルドの意見はもっともだった。
エドワード公爵とは顔見知りであり、頼めば協力してくれるだろう。
それでも、私はゲラルドに介添人をお願いした。
介添人には信頼できる人に担当してもらいたかったのだ。
そして、私にとってアルトの次に頼れるのはゲラルドだった。
「準備はできましたか?」
ゲラルドが尋ねてくる。
「は、はい! ゲラルドさん!」
「公の場では呼び捨てでお願いします。ソフィア様は皇后になられるのですから。それにもっと偉そうに命令してください」
「そんなこと言われても無理ですよ! だって、私にとってゲラルドさんはゲラルドさんですから。呼び捨てにすることはできません!」
「やれやれ」
ゲラルドはため息をつくと言った。
「それでは、参りましょう」
「はい!」
◇
介添人のゲラルドとともに、私は式典ホールにやってきた。
天井から吊されたシャンデリアが燦めいている。
豪奢な装飾をまとった壁や柱の荘厳さも帝国屈指のものだ。
列席者の方々が私を見ている。
彼らの向こう、祭壇の前にはアルトが立っていた。
白銀の髪は丁寧に整えられており、純白の礼装がよく似合っている。
その姿は、誰が見ても堂々たる皇帝そのものだった。
目が合うと、アルトが小さく笑った。
その笑みを見て、私の心がスッと落ち着く。
胸元で輝く真珠のネックレスに軽く触れると、私は彼に近づいた。
「ソフィア、すごく似合っているよ」
「ありがとうございます、アルトさん……!」
祭壇の中央に掲げられた“誓約の書”の前で、私たちは並んで立つ。
目の前には儀式の進行を担当する神官の姿があった。
「ここに新郎アルト陛下、並びに新婦ソフィア様が、聖なる神々の御前で婚姻の契りを結ばんとしております。この結びつきが、エリュシオン帝国のみならず、大陸に住むすべての民の祝福となりますよう、我らは祈ります」
神官の言葉がホールに響く。
穏やかな声で祈りの言葉を捧げ、帝国の伝統に則った結婚の手続きを一つずつ踏んでいく。
「それではここに、お二人のお名前をお書きください」
神官から白い羽根ペンを渡されて、私たちは儀式の書に互いの名前を書いた。
「アルト陛下――。貴殿はソフィア様を生涯の伴侶として迎え、互いに敬い、慈しみ合い、悲しみも喜びも分かち合いながら、この国と人々の未来を共に歩まれることを誓いますか?」
神官の問いかけに、アルトは真剣な表情で頷く。
「誓います」
力強い言葉だ。
短い一言の中に絶対の覚悟が感じられた。
「ソフィア様。貴女はアルト陛下を生涯の伴侶として迎え、互いに敬い、慈しみ合い、悲しみも喜びも分かち合いながらこの国と人々の未来を共に歩まれることを誓いますか?」
「誓います」
私の言葉にも迷いはない。
神官は満足げに頷くと、さらに続けた。
「では、指輪の交換を行いましょう。アルト陛下、貴方の手で、新婦へ愛の証を」
アルトが結婚指輪を差し出す。
帝国随一の職人によっての宝石細工が施された、黄金の光を放つ逸品だ。
私が左手を差し出すと、アルトはそっと指輪をはめてくれた。
隙間なく薬指に収まったその感触は、まるで私たちの絆を象徴しているかのようだった。
「今度は、ソフィア様の番です」
神官の言葉に従い、私はアルトの左手を取り、同じく指輪をはめる。
極度の緊張によって指先が震え、心臓の鼓動が耳鳴りのように響く。
それでも、指輪をはめ損ねるような失敗は起きなかった。
「それでは、誓いのキスを」
私とアルトは向かい合った。
「ソフィア、愛している」
「私も愛しています、アルトさん」
初めてした時のように、アルトが優しく唇を重ねてきた。
「おめでとうございます。今、この場をもって、お二人は夫婦となりました。二人の心が強く結ばれ、偉大なる神々の加護と、帝国中の民の祝福がいつまでも絶えぬよう、ここに宣言いたします」
神官が高らかに宣言すると、会場の列席者たちから拍手が巻き起こった。
ロックウェルの町長やゲラルド、エドワード公爵など、私が知っている人たちの姿もある。
祝福の演奏が始まり、どこからともなく魔法の花びらが舞う。
ホールが明るい雰囲気に包まれた。
「ありがとう、ソフィア。そして、待たせてすまなかった。これで、君は正式に皇后となった。これからは俺の隣に座ってもらうからな」
「はい! もう絶対に離れませんからね!」
幸せな帝国生活は、これからも続く。
どこまでも、ずっと……。
(了)
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