24 最高の幸せ
アルトがプロポーズしようとしている――。
そのことは、話の途中から察することができた。
それでも、実際に彼の言葉を聞いた瞬間、私の胸は感動で震えた。
アルトは目の前で片膝を突き、私に指輪を差し出している。
その姿は、差し込む月光と夜風によって絵画の如き美しさになっていた。
「ソフィア、君の返事を聞かせてほしい」
アルトが真っ直ぐに私を見つめる。
深い紺色の瞳には、私の姿がくっきり映っていた。
「も、もちろん、私でよければ、喜んで」
私は左手を差し出した。
感動のあまり涙が流れ、静かに頬をつたっている。
「ありがとう」
アルトは安堵の笑みを浮かべると、指輪をそっと私の薬指にはめ込んだ。
「断られたらどうしようかと思ったよ」
「断るわけ、ないじゃないですか……! こんな嬉しいこと、ありませんよ……!」
薬指に輝く指輪が一層きらめいている。
「ところでアルトさん、この指輪はいつの間に――」
ゴーン、ゴーン、ゴーン!
話している途中に、塔の天辺にある鐘が鳴り始めた。
街全体に轟くほどの音なので、すぐ下にいる私たちには堪らない。
思わず身を竦ませて耳を塞ぎそうになるほどだ。
「21時の合図だが……なんというか、うるさすぎる祝福だな」
「ですね」
二人で苦笑する。
強烈な鐘の音が鳴り止むと、一転して静寂が訪れた。
「ソフィア、さっきは何を訊こうとしていたんだ?」
「指輪をいつ用意したのか訊きたかったのですが、やっぱりやめました! そういうことを訊くのは無粋かなと思いまして!」
アルトは「そうか」と笑った。
「それよりもアルトさん、本当に私でいいのですか?」
「無論だ。君以外の女性になど興味ない」
「そう言っていただけるのは嬉しいですし、私もアルトさんのことは大好きなのですが……」
「ん? どうした?」
アルトの眉間に皺が寄る。
「ほら、現実的には色々な問題があるじゃないですか。例えば私の家族――つまり王家がアルトさんの暗殺計画に絡んでいる件だったり、私が従属国の人間だったり、そういう社会的な問題? みたいなのが」
「そのことか」
アルトは立ち上がった。
「結論から言うと、その二つは問題ない」
「そうなんですか?」
「まず君が従属国の人間という点だが、当家では昔から政略結婚をしない決まりになっている。そのため、母上――すなわち皇后は孤児だった。一般的な評価基準で言えば、従属国の王女よりも遥かに格下だろう」
「たしかに……」
アルトが私の左手をそっと撫でる。
指輪をはめた薬指が、今までよりも温かく感じられた。
「次にルミナール王国の王家についてだが……こちらも既に手を打ってある」
「手を打った? たしか証拠がないから何もできないんじゃ……?」
「その通り。証拠がないから暗殺計画の件で相手を責めることはできない。だから、こちらも同じ手で忠告したんだ」
「証拠が残らない形で『暗殺計画なんかやめなさい』ってお叱りしたわけですか」
「どちらかというと、もうちょっと脅迫的な感じだったけどな。どうやら効果があったようで、ルミナール王国は水面下で用意していた軍事計画も全て白紙にしたとの報告を受けている」
「そんな計画があったんですか!? というか、そんな計画まで把握していたんですか!?」
「この広大な大陸で覇権を握った国だからな。情報戦は得意なのさ」
「すごい……!」
旅の間、私たちが一緒にいる時間はとても多かった。
それでも、アルトの言う『情報戦』については何も知らなかった。
「そういうわけだから、君は何も心配しなくていいよ。誰に憚られることなく、これからもずっと俺の傍にいてくれ。俺にとってはそれが何よりも大切なんだ」
アルトが優しく微笑んだ。
「はい! ずっと傍にいさせてください!」
私も笑顔で頷いた。
「ソフィア、最後にもう一つ、いいか?」
アルトが私の髪を撫でてきた。
緊張しているのか、手の動きが何だかぎこちない。
顔も強張っているように見えた。
「はい? 何でしょうか?」
アルトは躊躇するように息をのんだ。
けれど、すぐに決意を固めたような顔になり、静かな声で言葉を紡ぐ。
「キス……してもいいか?」
「えっ……」
一瞬、息が止まった。
頬がかぁっと熱くなり、鼓動がさらに高鳴っていく。
自分でも分かるほど呼吸が乱れていた。
「わ、分かりました!」
私は深呼吸して目を瞑った。
あとは成り行きに任せる。
「ソフィア……」
アルトの両手が私の肩に触れた。
軽く支えられるようにして、私の顔の角度が少し上がる。
次の瞬間、アルトの唇が、私の唇に重なった。
肌寒い夜風が全身を撫でる中で、彼の温もりを明確に感じる。
一瞬にして二人だけの世界に入った。
キスの時間はほんの数秒だ。
しかし、その数秒が私には永遠にも思えた。
「ありがとう、ソフィア」
やがて唇が離れると、アルトは微笑み、私を抱き寄せた。
私もアルトの背中に両手を回す。
「私のほうこそ、ありがとうございます……」
返事をしながら、私は彼の胸に顔を埋めた。
この上ない嬉しさから、一度は止まった涙が溢れ出す。
(本当に夢みたい……!)
帝国に来て、私は幸せを知った。
ここまでもたくさんの幸せな体験をしてきた。
それでも、自信を持って断言できる。
今この瞬間こそが、今までで最高の幸せである、と――。
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