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幸せな帝国生活 ~「失敗作」と呼ばれていた王女、人質として差し出された帝国で「最重要人物」に指定される~  作者: 絢乃


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23 仮面舞踏会

 アルトの値下げ交渉に面食らった私だが――。


「それでは、いくらがご希望ですか?」


 店主は余裕そうに答えた。

 こういった交渉には慣れているのだろう。


「そ、そうだな……」


 一方、アルトは言葉を詰まらせていた。

 少し悩んだあと、彼は気合いを入れ直すように顎を引いた。


「150ラナでどうだ!?」


 その金額を聞いた瞬間、店主の表情が凍りついたように見えた。


(さすがに150ラナは強気過ぎる!)


 私は心の中で苦笑した。


「……すみませんが、冷やかしならお断りします」


 店主は短く言い放ち、ピシャリと手を振った。

 明らかに交渉を打ち切る態度だ。

 もう少しまともな価格なら妥協してくれたかもしれない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は決して冷やかしなどではなく、ただ値段を……」


「お引き取りください。他にもお客様がいらっしゃいますので、ご購入いただかなくて結構です」


 これ以上の交渉を続ける気はないようだ。


「……分かった。では、500ラナで二つ買おう」


「ありがとうございます」


 アルトは諦め、代金を支払った。

 店主が紙皿にタルトを載せ、私とアルトに渡す。


「すまない、気を悪くさせてしまった」


 アルトが謝ると、店主は「いえいえ」と笑みを浮かべた。


「仮面特区でこういう質問をするのは無粋ですが……お客さん、普段は社会的地位の高い方ではありませんか? 例えば貴族とか」


「なっ……」


 アルトが言葉に詰まる。

 私も思わず息を呑んで、店主の仮面の奥を見つめた。


「どうして分かるのですか?」


 私が尋ねると、店主は優しい口調で答えてくれた。


「ここは仮面特区ですからね。普段できないことをするための場所です。こんな所まで来て、しかも女性連れにもかかわらず値下げ交渉をするのは、それが普段できない行為だからだと思いました」


「「なるほど」」


 私とアルトは口を揃えた。


「そのうえ、お客さんは交渉の仕方が非常に下手だった。何かしらの商売で成功した人間であれば、富裕層でも多少の交渉術は心得ているものです。ということは、現在に至るまで全く交渉の経験がない可能性が高い……そう考えると、貴族ではないかと思いました」


「すごい……!」


「なんて読みだ……」


 私とアルトは店主の洞察力に感服した。


「それでは、お買い上げありがとうございました。無粋な質問をしてしまったお詫びとしまして、次回はタルトをお一つサービスしますので、是非ともまたご利用ください」


 ニッコリと微笑む店主。

 私たちはペコリと頭を下げ、その場をあとにした。


 ◇


 500ラナもしたタルトは、高いだけあって美味しかった。

 パリッとした生地に甘酸っぱいフルーツの香りが合っている。


「すまんな、ソフィア。みっともないところを見せてしまったな」


 食べ歩きしながら、アルトがタルトを一口かじる。


「みっともなくなんかありませんよ!」


 私もタルトを食べた。


「むしろ素敵でしたよ!」


「素敵? あの無様な交渉がか?」


「誰だって最初は慣れないものですよ。お店の人も言っていましたが女性連れですからね。あ、女性とは私のことです!」


「分かっているよ」と、笑うアルト。


「そんな中で、なかなか挑戦するのは難しいじゃないですか。私だってアルトさんの前で不慣れなことをして失敗したくないと思いますし」


「まぁな」


「ですから、勇気を出して挑戦していて素敵だと思いました! とはいえ、150ラナはさすがに攻めすぎましたね。吹き出しそうになりました」


 アルトは恥ずかしそうに頬を赤らめて、「ぐぐっ」と唸った。


「明日は何食わぬ顔でリベンジしましょう! 次は300ラナで!」


「ははは、次はさすがに怒られるだろ」


「いいじゃないですか! 怒られたって仮面を着けていればノーダメージですよ!」


「君は強いなぁ、ソフィア」


「ロックウェルで鍛えられましたからね!」


 私たちは半分食べたところで互いのタルトを交換した。


 ◇


 日が沈んで夜の帳が下り始めると、仮面特区の熱気はさらに増していった。

 昼間以上に照明が幻想的に輝き、通りには音楽と笑い声が響き渡る。


 それと同時に、怪しげなムードも高まっていた。

 適当な路地を覗くと、しばしば逢瀬(おうせ)を楽しむ姿が目に入ったのだ。

 衛兵も見て見ぬ振りで、同意に基づく破廉恥な行為であれば許されているようであった。


「俺たちも羽目を外しているつもりだが、周りに比べると控え目だな」


「ですね……」


 私たちがここまでした大胆な行為は二つだけだ。

 手を繋ぐこと値下げ交渉である。


 一方、他の人はというと、熱い抱擁は当たり前ときた。

 舌を絡めるキスや、それ以上に大胆なことも繰り広げられている。


 傍から見ると、私たちの行為は大胆でも何でもなかった。

 むしろ「もったいない遊び方をしている」と捉えられそうだ。


「そういえば、ここって子供を見かけませんね」


「年齢制限があるんだ。18歳未満の立ち入りは許されていない」


「なるほど、それでこういう空気になるわけですか」


 色々と見て周り、広場の一つに到着した。

 特区の南側に位置しており、円形で、中央に噴水がある。


「これで大体の場所は散策し終えましたよね?」


 私が確認すると、アルトは「そうだな」と頷いた。


 仮面特区はそれほど広くない。

 ゆっくり歩いても、全てを見て回ることができた。


「さて、次は……」


 アルトは何かを言おうとしたが、途中で言葉を止めた。

 あることに気づいたからだ。


 その場にいた人間が、続々と移動を開始している。

 残っている人もいるものの、大半は同じ方角に向かっていた。


「そろそろ舞踏会の時間だよな」


「メイン広場に行くぞ」


「待っていたぜ!」


 楽しそうに話す声が聞こえてくる。


「舞踏会!?」


 その言葉に私は胸を躍らせた。

 仮面舞踏会に出たい、と思っていたからだ。

 ただ、すぐに冷静になった。


「そういえば、ソフィアは仮面舞踏会に興味があるんだっけ?」


 アルトが私に視線を向ける。


「はい。興味はあるんですけど……たぶん、ここの舞踏会は私のイメージしているものとは違う気がします」


「イメージしているものって?」


「ここでは皆さんタンゴのような踊りをされていましたが、私のイメージする舞踏会はワルツでして……」


「なんだ、そんなことか」


 アルトは、ぷっ、と吹き出した。


「だったら、俺たちはワルツを踊ればいいじゃないか」


「えっ?」


「周りがタンゴを踊っていようが関係ないさ。もちろんタンゴしかダメという決まりなら諦めるしかないが、そうじゃないなら好きな踊りをすればいい。ワルツなら俺も踊れるぞ!」


「アルトさん……!」


「せっかくの仮面特区なんだ。我慢なんてするな。とりあえず、舞踏会とやらを見に行こう。参加するかどうかを決めるのはそれからでもいいだろ?」


 アルトが優しく微笑んだ。

 彼の言葉が嬉しくて、私も笑みを浮かべる。


「はい! 舞踏会を見に行きましょう! で、でも、恥ずかしいからタンゴはダメですよ! 絶対に! あんなにくっついて、その、あんなことやこんなこをするのは、恥ずかしくて、ダメですから!」


 話しながら、私はアルトとタンゴを踊る姿を想像してしまった。

 頭の中では完璧な踊りを見せており、だからこそ恥ずかしさが倍増する。


「ははは。分かっているさ。ワルツ以外は踊らないよ」


 アルトは笑いながら、私の手をぎゅっと握った。


「行くぞ、ソフィア!」


「はい! アルトさん!」


 アルトに手を引かれ、私は通りを進んでいく。

 周囲の人々と同じように、期待に胸を膨らませてメイン広場に向かった。


 ◇


「ふう……。楽しかったな、舞踏会」


「はい! 大満足です!」


 特区の中央にあるメイン広場で行わた舞踏会は大盛況に終わった。

 華やかな照明、アップテンポな音楽、そして仮面を着けた踊り手たち。


 ダンスの種類に制限はなく、皆が好きなように踊っていた。

 とはいえ、大半がタンゴやそれに近い情熱的な踊りを選んでいた。

 そんな中でも、私とアルトはワルツを貫いた。


「アルトさん、ダンスが上手ですね! びっくりしました」


「これでも皇太子だからな。ダンスは嗜んでいる。ちなみに、その気になればタンゴだって踊れるぞ」


「さすがですね。私はそういう経験がないのでダメダメでした」


「そんなことないよ。ソフィアも上手だった。たしかに最初はぎこちなかったけど、すぐに慣れていたじゃないか」


「だといいのですが……! なんにしろ、すごく楽しかったです!」


 舞踏会を十分に堪能したあと、私たちはメイン広場を離れた。

 ダンスの余韻に酔いしれつつ、暗がりの街路を歩いていく。

 もちろん手は繋いでいる。


「次はディナーですか? 私、お腹が空いてきました! 特区内にも飲食店や宿屋があるので、もっともっと楽しめますよ!」


 私はアルトの手をぎゅっと握りながら言った。

 すると――。


「特区内でディナーを楽しむのもいいが、その前に一度、居住区に出ようと思う」


「あ、もしかして、お仕事ですか?」


 私はアルトの公務について詳しく知らない。

 てっきり終わったものだと思っていただけに申し訳なさを抱いた。


「いや、公務ではない。君に話したいことがあるんだ」


「話したいこと? ここじゃ話せないのですか?」


「ああ、ここではダメだ。仮面が邪魔になる」


「仮面が……邪魔?」


 私は理解できずに首を傾げた。

 どのような話をしたがっているのか想像もつかない。

 内密な話などであれば、尚更この場所のほうが都合がいいはずだ。


「少し時間がかかるが、付き合ってもらえないか?」


「わ、分かりました」


 アルトは真剣な表情で言っていた。

 まるで何か壮絶な覚悟を決めたような顔だ。

 だから、私も余計なことは言わずに従った。


 ◇


 仮面特区を出たあとも、アルトは仮面を外さなかった。

 なので私も着用したまま、とにかく無言で彼に付き従う。


「ちょっといいか」


 アルトが声を掛けたのは馬車の御者だ。

 普段乗っているものとは違い、市内を走っている一般向けのもの。

 故に見た目は質素である。


「あの時計塔まで俺たちを乗せていってもらえないか?」


 アルトが遠くにそびえ立つ尖塔を指した。

 細長い建物で、都市によく見られる一般的な時計塔だ。

 上部に大きな文字盤があり、さらにその上には巨大なベルがある。

 グランフェルにも同様の塔があったことを思い出した。


「かしこまりました。では、お乗りください」


「ソフィア、行こう。乗ってくれ」


「はい」


 私たちが乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。


(何の話がしたいのだろう?)


 チラリとアルトの顔を見る。

 目が合うと、彼はにこりと微笑んだ。

 ただし、用件については言ってくれなかった。

 少なくとも怒っているわけではないようだ。


(何の話をするのか分からないけど……)


 とりあえず、時計塔に着くまでは黙っていることにした。



 ◇


 時計塔は想像以上の高さだった。

 特区の壁よりも高いため、街を完全に見下ろすことができる。


 馬車を降りた私たちは、塔の上層階へと足を運んだ。

 階段を上るごとに、夜風が吹き抜けるようになり、肌寒さが増していく。

 それでも、上から見える夜景は圧巻だった。


「すごい……! あんなにも灯りが見えるんですね」


「仮面特区のほうが色合いが派手で、居住区のほうは落ち着いた灯りだな」


 私たちは手すりに寄りかかり、街の眺望を満喫する。

 遠目からでも仮面特区の異様な盛り上がりを感じ取ることができた。

 耳を澄ませば笑い声が聞こえてきそうだ。


 絶景を楽しみ終えると、私たちは塔の天辺付近にある小さな広間に移動した。


「さて……」


 アルトは木製のベンチに腰を下ろした。

 何も言われていないが、私もその隣に座った。

 ここからでも街の様子が見える。


「話をしようか」


 アルトは自身の仮面を外すと、次いで私の仮面も外した。

 冷たい夜風が広間に吹き、私たちの頬を撫でる。


「ソフィア、仮面特区ではどうだった? 俺たちは手を繋ぎ、恋人のように振る舞ったわけだが」


 アルトは真正面から私を見つめる。

 私は頬を染め、少し視線を逸らしながら答えた。


「楽しかったですよ。手を繋いで、一緒に踊って、普段できないことばかりして……。本当に夢のようでした」


 思い返しても幸せな気分に浸れる。

 仮面特区での時間は、これまでの人生で最も楽しかった。

 ずっとこういう気分を味わっていたいと思ったほどだ。


「俺も同じだ。そして、仮面を外したあとでも、同じような気分で過ごしたいと思っている」


 私が思っていることを、アルトが口にした。


「それって、どういう……」


 一瞬、頭の中が真っ白になった。


「言葉通りの意味さ。特区以外でも、特区にいたときと同じように過ごしたい。君と手を繋ぎ、一緒に踊り、それから……」


 アルトの言葉が詰まる。

 彼が何を言おうとしているのか、私にも分かった。

 私は胸の奥が熱くなり、軽く唇を噛んだ。


「アルトさん……。すごく嬉しいですが……私はルミナール王国の王女です。そして、アルトさんはエリュシオン帝国の皇太子。ですので、その……」


「そんなものは関係ない!」


 アルトは強い口調で断言した。


「ソフィア、俺はこれまで、君のことを『帝国にとっての最重要人物』と言ってきた。しかし、今はそれだけではない。君は『俺にとっての最重要人物』なんだ。俺は君を手放したくない」


「アルトさん……!」


 アルトが私の手をそっと取り、見つめる。

 白銀の髪が夜風に揺れて、星空が彼の背後で瞬いた。


「本来であれば、交際を申し込むのが正しい順序なのだろう。しかし、皇太子の俺には交際が許されていない。だから、俺は君に違うものを申し込む」


 アルトはベンチから立ち上がると、私の正面で片膝をついた。

 そして、懐から小さな箱を取り出し、私に向けて開けてみせた。

 中には美しい指輪が収められていた。


「ソフィア、俺は君に結婚を申し込む。俺と結婚してくれ。そして、この旅が終わっても、ずっと俺の傍にいてくれ」



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