20 馬車にて
儀式が終わったのは、翌日の夜のことだった。
既に辺りが暗くなっていたため、出発はその次の日になった。
そして迎えた、出発の日。
「早くも町民からは魔物の被害が減ったとの報告を受けています! これも全て殿下とソフィア様のおかげです! ありがとうございました!」
町の外で、町長が言った。
四十代くらいの壮年の男性で、どこか豪放な雰囲気を持つ人物だ。
その後ろには多くの町民たちがお見送りに参加していた。
「こちらこそ快適な時間を過ごさせてもらい感謝する。もし何かあれば、遠慮なく帝国政府に知らせてほしい」
町長が深々と頭を下げると、アルトは私に言った。
「行こうか、ソフィア」
「はい!」
私たちは二人で馬車に乗り込んだ。
アルトがさりげなく乗車をサポートしてくれる。
「よし、出してくれ」
アルトの合図で馬車が動き出す。
すっかり冷え込んできた空気が、季節の移ろいを感じさせた。
◇
馬車が揺れる中、私は窓の外を眺めていた。
少しずつ遠ざかるティオルナの町並みを見ながら、町で過ごした時間を思い返す。
昨日は一人で色々なお店を見て回った。
アルトが町長との会談やら何やらで忙しかったからだ。
ティオルナは小さな町だが、思った以上に賑わっていた。
私と同年代の若者たちが、周辺の都市から色々と持ち込むからだ。
それは物品だけに限らず、文化も含まれている。
異国の料理や名産品などが売られていた。
「ところでソフィア、そのバッグはどうした?」
ティオルナが見えなくなったところで、アルトが尋ねてきた。
彼が言っているのは、私の膝上にあるショルダーバッグのことだ。
革製で、中はパンパンに膨らんでいる。
「昨日、買っちゃいました!」
「バッグはあると便利だもんな。それで、中には何が入っているんだ? ずいぶんと詰め込んでいるようだが」
「ふふふ。実はですね……」
私はバッグの中からブランケットを取り出した。
色違いのブランケットが二枚あり、それぞれ分厚い毛織物でできている。
手触りが柔らかく、色は落ち着いたベージュとグレーだ。
「これで移動中もぬくぬくですよ! 寒くなってきましたから、アルトさんの分と私の分を用意しておきました!」
私は片方のブランケットをアルトさんの膝にかけて、もう一方を自分の膝にかけた。
「ソフィア……!
アルトさんは嬉しそうに笑い、ブランケットを持ち上げた。
もしかして邪魔だったのかな、と思っていると――。
「それなら、こうしたらどうだ?」
「え?」
アルトさんは二枚のブランケットを広げ、二人の膝にまとめてかけた。
「わわ……!」
私が驚くと、アルトさんはにやりと口角を上げる。
「これで二倍の暖かさだ! ソフィアも冷えずに済むぞ!」
「はい! ありがとうございます!」
私は照れ笑いを浮かべながら、アルトさんの肩に頭を預けた。
「安心して寝るがいい。寝る子は育つぞ?」
「言われなくても遠慮なく寝ちゃいます! だってこの馬車、乗り心地が最高ですから!」
「ははは」
アルトさんは笑い、静かに私の頭を撫でてくれた。
それが心地よくて、眠気が一気に押し寄せる。
(ああ、幸せだなぁ……)
私は意識が遠のくのを感じながら目を閉じた。
◇
「んっ……うぅぅぅ……」
次に目を覚ました時、馬車はまだ走行中だった。
風鈴の澄んだ音色が控え目に響いている。
少しだけ開いた窓からは冷たい風が吹き込んでいた。
「……って、うぇ!?」
意識が覚醒した時、とんでもないことに気づいた。
なんと、ブランケットの下でアルトさんと手を繋いでいたのだ。
どうやら寝ている間にやってしまったらしい。
私は大慌てで手を放した。
「こ、これはですね!」
釈明するべくアルトさんを見ると、彼は気持ちよさそうに眠っていた。
白銀の髪が少し乱れていて、口元が緩んでいる。
(アルトさんだって口開けて寝ているじゃん!)
私はクスリと笑い、彼の口元をそっと押さえた。
開いた口を閉めて、乱れた髪も整えてあげる。
そんなことをしていると、悪戯心が芽生えてきた。
(少しだけ……ナデナデしちゃおう!)
珍しく無防備なアルトさんの頭を軽く撫でる。
滑らかな白銀の髪が指の間をすり抜けて、まるで上質な絹のようだ。
とんでもない触り心地に感動していると。
「ん……ソフィア……?」
「……っ!」
アルトさんが目を覚まし始めた。
(やばいやばいやばい!)
私は咄嗟に目を閉じて寝たふりをする。
「まだ寝ている……。触られたように感じたが、気のせいだったか」
アルトさんが独り言を呟いている。
何やら動いている気配があるけれど、目を瞑っているので何をしているか分からない。
――と、思いきや。
(え、嘘……!)
なんとアルトさんが手を繋いできた。
(もしかして、起きた時に手を繋いでいたのも私じゃなくて……!?)
目を閉じているだけなのに、彼の手の感触に意識が集中してしまう。
温かくて、力強くて、とても男らしい。
(あ、アルトさん、寝た……!)
隣から寝息が聞こえてくる。
しかし、私は全く眠ることができなかった。
鼓動が乱れてたまらない。
しばらくの間、私は寝たふりを続ける羽目になった。
不意打ちで手を繋いでくるのは卑怯だと思う。
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