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幸せな帝国生活 ~「失敗作」と呼ばれていた王女、人質として差し出された帝国で「最重要人物」に指定される~  作者: 絢乃


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20/25

20 馬車にて

 儀式が終わったのは、翌日の夜のことだった。

 既に辺りが暗くなっていたため、出発はその次の日になった。


 そして迎えた、出発の日。


「早くも町民からは魔物の被害が減ったとの報告を受けています! これも全て殿下とソフィア様のおかげです! ありがとうございました!」


 町の外で、町長が言った。

 四十代くらいの壮年の男性で、どこか豪放な雰囲気を持つ人物だ。

 その後ろには多くの町民たちがお見送りに参加していた。


「こちらこそ快適な時間を過ごさせてもらい感謝する。もし何かあれば、遠慮なく帝国政府に知らせてほしい」


 町長が深々と頭を下げると、アルトは私に言った。


「行こうか、ソフィア」


「はい!」


 私たちは二人で馬車に乗り込んだ。

 アルトがさりげなく乗車をサポートしてくれる。


「よし、出してくれ」


 アルトの合図で馬車が動き出す。

 すっかり冷え込んできた空気が、季節の移ろいを感じさせた。


 ◇


 馬車が揺れる中、私は窓の外を眺めていた。

 少しずつ遠ざかるティオルナの町並みを見ながら、町で過ごした時間を思い返す。


 昨日は一人で色々なお店を見て回った。

 アルトが町長との会談やら何やらで忙しかったからだ。


 ティオルナは小さな町だが、思った以上に賑わっていた。

 私と同年代の若者たちが、周辺の都市から色々と持ち込むからだ。

 それは物品だけに限らず、文化も含まれている。

 異国の料理や名産品などが売られていた。


「ところでソフィア、そのバッグはどうした?」


 ティオルナが見えなくなったところで、アルトが尋ねてきた。

 彼が言っているのは、私の膝上にあるショルダーバッグのことだ。

 革製で、中はパンパンに膨らんでいる。


「昨日、買っちゃいました!」


「バッグはあると便利だもんな。それで、中には何が入っているんだ? ずいぶんと詰め込んでいるようだが」


「ふふふ。実はですね……」


 私はバッグの中からブランケットを取り出した。

 色違いのブランケットが二枚あり、それぞれ分厚い毛織物でできている。

 手触りが柔らかく、色は落ち着いたベージュとグレーだ。


「これで移動中もぬくぬくですよ! 寒くなってきましたから、アルトさんの分と私の分を用意しておきました!」


 私は片方のブランケットをアルトさんの膝にかけて、もう一方を自分の膝にかけた。


「ソフィア……!


 アルトさんは嬉しそうに笑い、ブランケットを持ち上げた。

 もしかして邪魔だったのかな、と思っていると――。


「それなら、こうしたらどうだ?」


「え?」


 アルトさんは二枚のブランケットを広げ、二人の膝にまとめてかけた。


「わわ……!」


 私が驚くと、アルトさんはにやりと口角を上げる。


「これで二倍の暖かさだ! ソフィアも冷えずに済むぞ!」


「はい! ありがとうございます!」


 私は照れ笑いを浮かべながら、アルトさんの肩に頭を預けた。


「安心して寝るがいい。寝る子は育つぞ?」


「言われなくても遠慮なく寝ちゃいます! だってこの馬車、乗り心地が最高ですから!」


「ははは」


 アルトさんは笑い、静かに私の頭を撫でてくれた。

 それが心地よくて、眠気が一気に押し寄せる。


(ああ、幸せだなぁ……)


 私は意識が遠のくのを感じながら目を閉じた。


 ◇


「んっ……うぅぅぅ……」


 次に目を覚ました時、馬車はまだ走行中だった。

 風鈴の澄んだ音色が控え目に響いている。

 少しだけ開いた窓からは冷たい風が吹き込んでいた。


「……って、うぇ!?」


 意識が覚醒した時、とんでもないことに気づいた。

 なんと、ブランケットの下でアルトさんと手を繋いでいたのだ。

 どうやら寝ている間にやってしまったらしい。

 私は大慌てで手を放した。


「こ、これはですね!」


 釈明するべくアルトさんを見ると、彼は気持ちよさそうに眠っていた。

 白銀の髪が少し乱れていて、口元が緩んでいる。


(アルトさんだって口開けて寝ているじゃん!)


 私はクスリと笑い、彼の口元をそっと押さえた。

 開いた口を閉めて、乱れた髪も整えてあげる。

 そんなことをしていると、悪戯心が芽生えてきた。


(少しだけ……ナデナデしちゃおう!)


 珍しく無防備なアルトさんの頭を軽く撫でる。

 滑らかな白銀の髪が指の間をすり抜けて、まるで上質な絹のようだ。

 とんでもない触り心地に感動していると。


「ん……ソフィア……?」


「……っ!」


 アルトさんが目を覚まし始めた。


(やばいやばいやばい!)


 私は咄嗟に目を閉じて寝たふりをする。


「まだ寝ている……。触られたように感じたが、気のせいだったか」


 アルトさんが独り言を呟いている。

 何やら動いている気配があるけれど、目を瞑っているので何をしているか分からない。

 ――と、思いきや。


(え、嘘……!)


 なんとアルトさんが手を繋いできた。


(もしかして、起きた時に手を繋いでいたのも私じゃなくて……!?)


 目を閉じているだけなのに、彼の手の感触に意識が集中してしまう。

 温かくて、力強くて、とても男らしい。


(あ、アルトさん、寝た……!)


 隣から寝息が聞こえてくる。

 しかし、私は全く眠ることができなかった。

 鼓動が乱れてたまらない。


 しばらくの間、私は寝たふりを続ける羽目になった。

 不意打ちで手を繋いでくるのは卑怯だと思う。

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