19 計画の結末
遡ること1時間前。
ソフィアがアルトから山賊の件に関する報告を受けていた頃――。
ここは、ルミナール王国の王宮。
天井の高い回廊を抜けた先にある一室は閑散としていた。
いつもなら使用人がいるけれど、今日は全員が出払っている。
部屋にいるのは三人だけだ。
国王ユリウス、王女クラリッサ、王子レオポルド――。
この三人が、部屋の中央にある長大なテーブルを囲んでいた。
使用人を追い払うほどの重大な用件。
それは――エリュシオン帝国の皇太子・アルトの暗殺計画に他ならなかった。
「あの皇太子……命からがら生き延びたらしいな」
ユリウスは、その肥えた体躯を重厚な椅子に預けた。
赤黒いマントを肩に掛け、額には深い皺が刻まれている。
琥珀色の瞳には焦燥が混じっていた。
「あれだけ傍にいながら毒殺すらできないとは、やはり失敗作ね」
クラリッサは、薄紅色の髪を掻き上げた。
宝石の髪飾りを揺らしながら忌々しそうに言葉を吐く。
失敗作とは、もちろんソフィアのことだ。
「迅速に実行したことは評価できるが、失敗しては意味がない。本当に儂の娘なのかと疑問に感じるものだ」
ユリウスが舌打ちする。
彼らは公爵の発表した偽情報を完全に信じ込んでいた。
「父上、ここはやはり適当な場に誘い出して始末するべきでは? 例えば王国の建国祭などはいかがですか?」
レオポルドは焦げ茶色の髪を整え、顎鬚を撫でながら言う。
「ならん。レオポルド、そのような行為は帝国に口実を与えるだけだ。王国内で皇太子が死んだとなれば、帝国は王国を潰しに来るだろう。従属化した際に軍事力を大幅に削減されている以上、我々に太刀打ちできる術はない。まずは内乱を誘発させて敵の弱体化を狙う……これは絶対だ」
「お父様の言う通りよ」
クラリッサが同意する。
「でも……」
と言うレオポルドだが、それ以上の言葉は出なかった。
ユリウスの言い分が正しいと彼自身も思ったからだ。
それでも認めたくないレオポルドは悪あがきを試みた。
「じゃあ、帝国内で始末しましょう! こちらから出向いて、その時に暗殺者を使って……」
「そんなことができたら苦労しない。お前も分かっているだろ」
ユリウスが呆れ顔で言う。
今度こそレオポルドは黙るしかなかった。
「お父様、これからどうしますか? 暗殺未遂があった以上、帝国は皇太子の警備を強化するはずです。ソフィアに密書を送ることも難しいでしょう」
「俺は我慢ならない! 前の戦争だって、敵の狂った策さえなければこちらが有利だったんだ。そんな相手に従属なんかやってられねぇよ!」
レオポルドが声を荒らげる。
「落ち着け、レオポルド。儂だって同じ気持ちじゃ。だから水面下で軍の立て直しを図っているのではないか」
「そうはいっても、父上……!」
暗殺計画の打開策が見えてこない。
かといって、ユリウスたちは諦める気になれなかった。
「お父様、お兄様、現実的に考えて、失敗作を使うのが最善ではないでしょうか。どういうわけか皇太子はあの落ちこぼれを大切にしているわけですから、使い道は他にもあるはずです」
「たしかにのう。適当な盗賊をそそのかして失敗作を誘拐させて、皇太子と警護の騎士だけを誘い出して始末する……という形で検討してみるか」
「それがよろしいですわ。ついでに失敗作も始末すれば、帝国は我が国の仕業だと思いもしないでしょう」
「それはやりすぎだろ、クラリッサ。失敗作とはいえソフィアは俺たちの血縁者だ。殺すのは〈血の結束〉に反する」
レオポルドが反発する。
ユリウスも同感の意を示すように頷いた。
「であれば、絶縁すればよろしいでしょう。縁が切れていれば〈血の結束〉を破ることにはなりません。国民からの反発は想定されますが、もともとあの女は戦いに参加する資格すらなかった失敗作ですから、すぐに風化して忘れられるでしょう」
「縁を切る、か……。なるほど、それなら――」
ユリウスが話している時だった。
突然、王宮の外から派手な爆発音が轟いた。
「何事じゃ……!?」
ユリウスが驚いて立ち上がる。
クラリッサとレオポルドも同じ反応を示した。
しかし、次の瞬間――。
「「うっ」」
クラリッサとレオポルドがその場に倒れた。
「クラリッサ! レオポルド! どうした!?」
窓の外を見ていたユリウスが、重い図体を光の速さで翻す。
クラリッサとレオポルドは意識を失っていた。
「誰か! 誰かおらんか!」
叫ぶユリウスだが、残念ながら反応はない。
暗殺計画の密談をするため、王宮内を無人にしていたのだ。
王宮の外で待機している騎士には声が届かなかった。
「こうなったら儂が二人を外まで――ん? なんじゃ?」
窓の外から風に乗って一枚の紙が飛び込んできた。
(窓は閉め切っていたはずじゃが……)
ひらひらと舞う紙が、ユリウスの目の前に落ちる。
ユリウスは反射的にその紙を拾い上げた。
「文字が書かれてある……手紙か?」
ユリウスは無意識に内容を読んだ。
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ユリウス、これは警告だ。
ソフィアの親族だから一度目は許してやる。
しかし、次はないと思え。
あまり俺を怒らせないほうがいい。
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読み終えた瞬間、手紙は緑の炎に包まれて消えた。
王国で使われているのと似た類の魔法が掛かっていたのだ。
(今の手紙は……! アルト……!)
ユリウスは顔を強張らせた。
額に汗をにじませている。
「う、うぅん……」
「何が起きたんだ……?」
クラリッサとレオポルドが起き上がった。
二人は混乱した様子で周囲を見回す。
その目に映るのは青ざめた表情のユリウスだった。
「父上、どうなさったのです? まるで亡霊でも見たような顔をして……」
レオポルドが眉を寄せて尋ねる。
クラリッサも困惑した様子でユリウスを見ていた。
「……中止じゃ」
ユリウスは肩を震わせながら呟いた。
その声は力なく、壁に追い詰められた獣のように弱々しい。
「え? 父上、今何と……?」
「暗殺計画は中止じゃ! 二度と余計な真似は考えるな! 分かったな!」
ユリウスが叫ぶように言い放つ。
クラリッサとレオポルドは目を見開き、一瞬言葉を失った。
「どうして急に……我らがここで引き下がっては……!」
「黙れレオポルド!」
ユリウスは怒鳴り、場を鎮まらせた。
それから、今しがた起きたことについて二人に説明した。
「つまり、その気になればいつでも私たちを殺せるってこと……!?」
クラリッサの顔が引きつる。
「………………」
レオポルドは何も言えなかった。
アルトに反撃したくても不可能であると悟ったのだ。
妙な真似をすれば、アルトの前に自分が死ぬ。
彼我の圧倒的な実力差を痛感させられていた。
「儂らはもう、帝国に逆らうことはできないのじゃ……」
ユリウスは項垂れた。
その表情は恐怖と絶望に支配されており、手足は脂汗で湿っていた。
こうして、王家の陰謀は完全に潰えることになった。
アルトの反撃によって、完全に牙を抜かれてしまったのだ。
ソフィアがこの件を知るのは、しばらくあとのことだった。
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