18 風鈴作り
職人ことジェイクの工房は、外観からも分かるように小さめだった。
一人で切り盛りしているらしく、作業スペースも一人用に最適化されている。
壁にはガラスの欠片や工具が整然と並んでいて、奥には焼成用の小さな炉が見え、ガラス玉を仕上げるための環境が整っていた。
整理整頓の行き届いた空間が、彼の性格を物語っているように感じた。
「狭くてお見苦しいかもしれませんが、どうかご容赦ください」
ジェイクは恐縮しながら頭を下げる。
外で話した時に比べて落ち着いていた。
「とんでもないです! すごく素敵な雰囲気です!」
私が笑顔で言うと、ジェイクはホッとした顔を浮かべる。
「ここでは風鈴を一つ一つ手作りしています。風鈴の中に入っているこの小さな玉を〈舌〉と呼び、外郭と舌がぶつかり合うことで音が鳴る仕組みです」
ジェイクは実物の風鈴を手に取り、アルトに見せながら解説した。
「ほぉ、中の玉にも名称があったのだな」
アルトが感心したように頷く。
「ウチでは主に風鈴の外郭部分を作っています。ガラス玉を小さな炉で熱して成形し、空気を送り込んで丸くします。あとは適当な色や模様をつけ、冷まして固めるまでが作業となっています。そこに舌を付けて風鈴の完成です」
そう言って、ジェイクは壁に並んだ道具を軽く示した。
簡単そうに言っているが、実際には相当な技術を要するはずだ。
何気なく見ていた風鈴に、今さらながら職人の魂を感じた。
◇
私とアルトは風鈴作りの体験を始めた。
とはいえ、危険の伴うガラス玉の加工はジェイクが担当する。
私たちが行うのはそのあとの工程だ。
外郭のガラスに色や模様を描き、舌を吊し、糸に短冊を付ける作業だ。
「この筆で好きに描いていいのですか?」
「はい。筆先に特殊な塗料が塗っておりまして、乾くと色が定着する仕組みになっています」
「なるほど」
説明を受けながら、私はガラス玉の外側に筆を走らせた。
実際に作業をしてみると、その難しさがよく分かる。
ドーム状のガラス玉に思い通りの模様を描くのは至難の業だ。
私はお花の絵を描こうとしたが、途中で方針を変えることにした。
適当に筆を走らせて、それらしい模様に仕上げる。
「ぐぐぐっ、ぐぅ……!」
隣で作業をしているアルトも苦戦していた。
彼は眉間に皺を寄せ、手を震わせながら何かを描いている。
しかし、私と同じでイメージしたものを描けないでいるようだ。
(アルトさん、今までで一番厳しい顔付きをしている……!)
私は気づかれないように小さく笑った。
「次はガラス玉に糸を通し、その糸に舌と短冊を付ければいいのですよね?」
「さようでございます!」
この作業は簡単だった。
舌の位置を気にする必要はあるものの、悩むことにはならない。
ジェイクによると、この作業は娘のヒナタが担当しているらしい。
たしかに子供でもできそうだ。
「完成しました!」
「おめでとうございます。鳴らして音色に問題がないか確認してください」
「はい!」
私は自作の風鈴を揺らしてみた。
心地よい澄んだ音が「ちりん」と鳴る。
「素敵な音色です! 問題ありません!」
「同感です。模様も綺麗ですし、とても初めて制作されたとは思えません」
ジェイクが拍手してくれる。
「それは褒めすぎですよ」
私は照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。
その頃、アルトは……。
「何故だ……! 何故鳴らん……! 鈴よ……!」
びっくりするほど苦戦していた。
風鈴を揺らしても綺麗な音が鳴らないのだ。
「アルトさん、ちょっと見せてください」
「お、おう」
私はアルトの風鈴を手に取り確認してみた。
すると――。
「舌の位置がおかしいですよ! それに付け方もジェイクさんの説明と違いますし!」
何が間違っているのか一目瞭然だった。
というより、正しい部分が何もなかったのだ。
短冊にいたっては風鈴の下部ではなく最上部に付いていた。
「すまん、俺はこういう細かい作業に慣れていなくて……」
「ダメじゃないですか! ちゃんと直しましょう! 手伝いますよ!」
「助かる……!」
一旦、アルトの風鈴を解体する。
それから改めて外郭のガラスに糸を通して舌や短冊を付けていく。
その際、意図せずして私とアルトの手が重なった。
「うっ」
何故か顔を逸らすアルト。
「ちょっとアルトさん、こっちを見ないと! 作業できませんよ?」
「わ、悪い……!」
アルトの頬がうっすらと赤く染まっている。
彼がこういう顔をするのは珍しく何だか可愛らしい。
私は思わず微笑んだ。
「ここをしっかり固定して……あとは短冊を付けて……はい、できました!」
「おお! 俺の風鈴が完成したぞ!」
「お見事でございます! アルト殿下!」
ジェイクは私の時よりも大きな拍手を送った。
「アルトさん、風鈴を鳴らしてみてください!」
「おう!」
アルトは緊張の面持ちで自作の風鈴を揺らした。
すると、「ちりん」と綺麗な音が鳴った。
「完璧だ! すごいな、ソフィア!」
「いえいえ。私はサポートしただけで、仕上げたのはアルトさんですよ。デザインもいい感じじゃないですか。これ、アヒルの絵ですよね! 羽ばたいている姿が素敵です!」
「いや、俺が描いたのはシマリスだ……。道中の森で見かけたから……」
「でも、これはどう見てもアヒ……あぁ! 言われてみるとシマリスに見えてきました! すごく可愛いです!」
「…………」
ちょっぴり妙な空気になったものの、風鈴作りは無事に成功した。
余談だが、作った風鈴は馬車に付けることにした。
◇
夜、私は迎賓館の自室で寝る支度をしていた。
ティオルナの夜は静かで、風鈴の音色が風に乗って聞こえてくる。
心地よい眠気が私を包む。
「よし、寝よう!」
そう思い、ベッドにダイブした時だ。
コンコン、と扉がノックされた。
「ソフィア、起きているか?」
アルトの声だ。
なんだか張り詰めているように感じた。
「起きています」
「入るぞ」
アルトは扉を開けた。
普段なら、私が「どうぞ」と言うまで待っているのに。
何か大事なことがあったのだろう。
「すまんな、夜分遅くに」
アルトは木の椅子に腰を下ろした。
私も彼の傍にある椅子に移動する。
「それはかまわないですが、どうしたんですか?」
「報告しておきたいことがあってな」
「報告……?」
アルトはテーブルに左腕を置いて、体をこちらに向けた。
「ハルメネ村で山賊に襲われた件、覚えているな?」
「もちろんです」
忘れるわけがない。
あの時は本当に怖かった。
「実は、あの時のことをずっと調べさせていたんだ。あの山賊に俺を殺すよう依頼した者が誰なのかを」
「分かったんですか!?」
「ある程度はな」
アルトの表情が険しくなった。
「結果から言うと、ルミナール王国の人間が絡んでいるとのことだ」
「え……!」
私の顔が青ざめるのが自分でも分かった。
「ただし、具体的な犯人は分からない。ただ、少なくとも王家か貴族の誰か、というところまでは辿り着いた」
「絶対にお父様の仕業ですよ! グランフェルの件もあったのですから!」
私に送られてきた暗殺命令は、私の父・ユリウスの筆跡に違いなかった。
「もちろんその可能性は大いにあり得る」
「だったら、これを機に王家を糾弾しましょう!」
私は思わず声を荒らげた。
王家に対して激しい怒りを覚えている。
「それは難しい。前にも言ったが証拠がないからな。もちろん山賊の件をダシに責めることはできるのだが、そんなことをしても意味がない」
「意味がないとは?」
「ルミナール王国は適当な貴族を指名し、その者の独断であると主張するだけだ。根本的な解決には至らないどころか、こちらは『山賊に依頼したのが王国の誰かである』という貴重なカードを失うことになる」
「なるほど……」
アルトの説明は極めて合理的だった。
それ故に、私も反論することはできず、納得するだけだった。
「私が深く考えずに手紙を開封したばかりに……。あの手紙さえ残っていれば……」
悔やんでも悔やみきれなかった。
手紙が読み終えると消えることは想定できたことだ。
なのに、迂闊にもその場で開いてしまった。
「気にするな。あの手紙はどうやっても証拠にはならなかった。王国の魔法技術や儀式をもってしても、密書用の魔法を解除することはできん。仮に俺や公爵が手紙の内容を確認していたとしても、『見た』と言うだけでは証拠にならない」
「……そうですか」
私は肩を落とした。
何もできないもどかしさがたまらない。
「報告は以上だ。夜分遅くに失礼したな」
「いえ。教えてくだささってありがとうございます。でも、いいのですか? 私にそんな大事な情報を教えても……」
「何も問題ないよ。山賊が襲ってきた時、君もその場にいたんだ。だからソフィアにも裏事情を知る権利がある。それだけのことさ。ただ、悲しい気持ちをさせる報告になってしまってすまない。言わないほうがよかったかな」
「いえ、お話していただけて感謝しています。……だけど、どうしてルミナール王国はそんなにアルトさんを狙うのでしょうか?」
これは前から気になっていたことだ。
王国は先の戦争で守りの要所を失っている。
そのため、仮に反乱を起こしても帝国に太刀打ちできない。
この点はアルトの命だけで逆転するものではないだろう。
かといって、負けた腹いせなどという感情的なものでもない。
暗殺計画がバレたら立場が危うくなるどころでは済まないからだ。
リスクとリターンの収支が合っていない。
「帝国の内乱が目的なのだろう」
アルトが言った。
「内乱? アルトさんが死ぬと内乱に発展するのですか?」
「間違いなくな。皇帝陛下――つまり俺の父は、もう先が長くない。加えて母は既に他界しており、皇帝の血を継ぐ者だけは俺だけだ。もし俺が死ねば、帝位をめぐって内乱が起きる可能性は非常に高い」
「その混乱に乗じて反転攻勢に打って出るのが王国の狙いですか」
「そういうことだ」
改めてアルトの重要さを思い知る。
こうして説明を受けると、彼が命を狙われ続けているのも頷けた。
王国だけでなく、帝国内にも敵が多いはずだ。
(アルトさん、よく耐えられるなぁ……)
私が彼の立場なら、怖くて外に出られないだろう。
また、プレッシャーに押し潰されていたに違いない。
「それでは、俺は失礼するよ。また明日、一緒に町を回ろう。おやすみ、ソフィア」
「はい! 楽しみにしています! おやすみなさい、アルトさん!」
アルトは微笑むと、立ち上がって部屋をあとにした。
(アルトさんは『王国の誰か』と言っていたけど、どう考えても山賊に依頼したのはお父様だよ……!)
私は父・ユリウスに対して激しい怒りを覚えた。
暗殺計画が王国を思っての行為であれば、まだ理解の余地はある。
しかし、現実には自分のために他ならない。
王国は帝国に従属することになったが、その条件は驚くほど優しいものだ。
ユリウスも言っていたが、帝国は王国史に終止符を打つことだってできた。
それなのに、王家の統治を認め、王国を併合せずに残したのだ。
また、その他の条件も非常に優しいものだった。
帝国は王国の政治に干渉せず、貢ぎ物も要求していない。
ただ王国の戦力を弱めて反乱しづらくしただけだ。
つまり、王国の国民には従属したことによる負担が一切生じていない。
むしろ軍備として取られていた税金が減って助かっているくらいだ。
そうした環境を、王家は潰そうとしている。
従属しているという状況をプライドが許さないのだろう。
(アルトさんはいつも帝国の国民が笑顔になることを考えている。なのに、お父様は……!)
父だけではない。
サポートしている兄や姉もそうだ。
もっと言えば王国の貴族たちも同様である。
私はギュッと拳を握りしめ、歯を食いしばった。
夜風が優しく頬を撫でるけれど、心の中では嵐が巻き起こっていた。
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