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幸せな帝国生活 ~「失敗作」と呼ばれていた王女、人質として差し出された帝国で「最重要人物」に指定される~  作者: 絢乃


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17 ティオルナ

 幸いなことに、雨は一時的に激しく降っただけで、すぐに止んだ。

 濡れた体や服は魔術師が魔法で乾かしてくれた。

 おかげで体調を崩す心配もなく、足止めを食う時間も短く済んだ。


「では、馬車の修理を始めよう」


 アルトが声を上げ、私は意気込むように大きく頷いた。


「まず、折れたスポークを外しましょう」


 私が言うと、騎士たちが木製の車輪を少し持ち上げた。

 ゲラルドが折れた部分を手際よく取り外してくれる。


「ソフィア、本当に大丈夫か? 必要なら俺も手伝うが」


 アルトが気遣ってくれるが、私は「大丈夫ですよ」と微笑んだ。


「ロックウェルでの経験がありますから! アルトさんは剣での加工を手伝ってくれるだけで十分です!」


「分かった。では調達した木材をスポークと同じサイズに加工するよ」


「お願いします!」


 アルトは折れたスポークを見ながら木材を加工した。

 剣の切れ味が凄まじいおかげで、さほど苦労しないで作業が済んだ。


「本当にすごい剣ですね。うっかり私のことを斬らないでくださいよ?」


「試してみるか?」


「ダメですってば!」


「ははは」


 アルトの仕上げた木材を、私は車輪にはめ込んだ。

 (リム)側から中心部(ハブ)にゆっくりと通していく。


「おお! 完全に元通りだ!」


 アルトが歓喜の声を上げる。


「いえ、微調整が必要だと思います。念のためにクサビを打ち込んで調整しておきましょう」


「文句のない応急処置だと思ったが……まるでプロの職人みたいだな」


「いやいや、ロックウェルだと皆さんこんな感じですよー!」


 話しながらクサビを打ち込んで作業が終わった。

 距離にもよるが、多少の移動なら支障を来さないはずだ。


「今度こそ完成か」


「はい!」


 アルトが「素晴らしい」と拍手する。


「いやはや、助かりました! ありがとうございます、ソフィア様!」


 ゲラルドが安堵の表情で頭を下げた。


「皆様のお役に立ててよかったです!」


 私が笑顔で答える。

 いつもお世話になりっぱなしなので、恩返しができて嬉しかった。


 ◇


 馬車が直ったので、私たちは移動を再開した。

 草原を抜け、小さな丘を越え、ほのぼのとした道を進み続ける。


 そして、夜――。

 私たちは、次の町〈ティオルナ〉に到着した。


「なんだかロックウェルを思い出します!」


 それが町の第一印象だった。

 港町レーヴァンに比べて小規模だったからだ。


 ただ、よく見るとロックウェルとは大きく違っていた。

 どの建物も新しく、区画ごとに整えられていたのだ。

 家の壁は白い漆喰の壁で統一されているので雰囲気が良かった。


(この町は風鈴にこだわりがあるのかな?)


 どの家も軒下に風鈴が掛けられている。

 そのおかげで、静かな夜に心地よい風鈴の音色が響いていた。

 うるさいと感じることはなく、むしろ落ち着く音色だ。


「もう夜更けだから公務は明日になった。今日は迎賓館に泊まる」


 アルトが説明してくれた。

 私は頷き、彼とともに馬車で迎賓館に向かう。


「迎賓館に着いたらお風呂に入って速攻で寝るぞー!」


 私が言うと、アルトはくすりと笑った。


「馬車であれだけ寝ていたのにまだ寝るのか?」


「寝る子は育つんですよ!」


「ははは。それもそうだな。よし、俺も休むとしよう」


「そうですよ。働き過ぎは厳禁です!」


 私は窓の外を眺めながら、風鈴の音色に耳を澄ませた。


 ◇


 翌日。

 報告書の確認を終えたアルトと、二人で町を散策した。


 昨夜も感じたが、日中だと尚更に分かる。

 町の建物はどれも新しく、建てて間もないようだ。

 その理由をアルトが教えてくれた。


「この町は誕生してから数年しか経っていないんだ」


「それまで、ここには町がなかったということですか?」


「うむ。国の政策で村の統合が行われてな、この町もその一環で誕生したものだ。それまでは複数の村に分かれて周囲に点在していた」


「それで新築同然の建物ばかりなんですね」


「統一感のある外観が美しいよな」


「同感です」


 綺麗な町並みを眺めているだけでも心が弾んだ。


「そういえば、どの家にも風鈴がありますよね? これには何か意味があるのですか?」


 私が尋ねると、アルトは「もちろん」と頷いた。


「現在ではそうでもなくなったのだが、かつては『風の神』を信仰していた歴史があって、風鈴はその頃の名残だと言われている」


「そうなんですか。風の神って、どんな神様なのでしょうか?」


「さぁ? 風の神を信仰していたのは数百年も前のことだからな。その頃は製紙技術も発達していなかったし、詳しい記録は残っていないんだ。それでも、風鈴という形で今なお受け継がれているのは素晴らしいと思う」


「私も素敵だと思います」


 アルトと二人で並んで歩く。

 町民たちがすれ違いざまに挨拶してくれる。

 統合を機に移住してくる者も増えたらしく、若い人の姿が散見された。


「ソフィア、あれを見ろ」


 アルトが一軒のお店を指した。

 他の町ではお目にかかれない風鈴の工房だ。

 大きな看板が掛けられ、軒下には無数の風鈴が並んでいる。

 店頭には五つか六つぐらいの女の子が発っていた。


「ちりんちりーん!」


 目が合うと、その女の子が言った。


「えっと……こんにちは?」


「お姉ちゃん、お兄ちゃん、風鈴、作っていかない?」


 女の子はニコニコと笑っている。

 見たところ、工房を営む風鈴職人の娘みたいだ。


「作る? 風鈴を自分で作れるのか?」


 アルトが首を傾げる。

 すると、女の子は誇らしげに胸を張った。


「うん! パパがガラスを使って手作りしてるの。ここではお客さんに体験してもらうことができるよ! お姉ちゃんとお兄ちゃんはすごい人なんでしょ? 特別に安くしてあげる!」


「ほぉ」


 思わず笑みを浮かべるアルト。

 女の子の無邪気な様子を見て、私も笑顔になっていた。


「こら、ヒナタ! 勝手にお客さんを勧誘するんじゃない!」


 工房の奥から声がして、一人の男性が飛び出してきた。

 三十代くらいで、やや小柄だが引き締まった腕をしている。

 優しそうな顔をしていて、額には汗が浮かんでいた。

 顔についた微細なガラス片らしきキラキラが職人であると物語っている。


「げぇ! 皇太子殿下!」


 職人の男はアルトを見て目玉が飛び出しそうなほど驚いた。


「す、すみません、殿下! 娘がご迷惑をおかけしました!」


 大慌てで謝る職人。

 一方、アルトは笑って首を振った。


「気にしなくていい。それにしても可愛い娘さんだな」


「ありがとうございます! 本当に失礼いたしました!」


 職人は右腕で娘を抱き寄せ、アルトに向かって頭をペコペコ。

 アルトは改めて「気にするな」と微笑んだ。


「ところで、風鈴を作らせてもらえると聞いたが本当か?」


 職人は「え?」と驚いたあと、慌て気味に答えた。


「はい! ウチでは風鈴の制作体験を開いております!」


「では、我々にも風鈴を作らせてもらえないか? 娘さんによれば特別に安くしてもらえるそうだし、是非とも体験していきたい」


「お、お代なんて必要ございません!」


「そうはいかないさ。商売なんだろう? 代金は支払うよ。ただし、ちょっとくらいは安くしてくれよ?」


 アルトが笑いながら言った。


「もちろんでございます! ささ、どうぞこちらへ!」


 職人が工房内に案内してくれる。

 娘のヒナタは、職人に言われて工房の外に出ていく。

 その際も、「ちりんちりーん!」と口で言い、風鈴を振り回していた。

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