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幸せな帝国生活 ~「失敗作」と呼ばれていた王女、人質として差し出された帝国で「最重要人物」に指定される~  作者: 絢乃


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16 突然

 翌朝、さっそくエドワード公爵が動いてくれた。

 アルトが何者かに毒を盛られたという偽情報を発表したのだ。


 本当のことを知っているのは城内の人間だけだ。

 つまり公爵と私を含むアルト一行、あとは使用人たちである。

 情報漏洩を防ぐため、事情を知る者の外出が禁止となった。


 すなわち、皇帝陛下にすら偽情報だと知らされなかったのだ。

 当然ながら、帝国は総力を挙げてアルトの治療を行う動きを見せた。

 帝都から最高の医者が駆けつけ、ハルメネ村からあらゆる治療薬が送られてきた。

 さらには回復魔法に長けた魔術師も派遣された。


 これだけの動きを見せれば、誰だって信用するだろう。

 アルトが重篤な状態にある、と。


 私はアルトと公爵の手腕に感服すると同時に申し訳なさを抱いた。

 偽情報の公表は、アルトが私のことを思って提案したものだからだ。

 また、アルトは私を気遣って次のようなことも言ってくれた。


「こうして大々的に騒ぐことで、王国だけでなく他の国も工作をしづらくなる。こちらの出方を窺う必要があるし、『我が国は関係ない』と釈明する必要も出てくるからな。事情を知らずに駆けつけてくれた医師たちには申し訳ないが、これでしばらくは平和に過ごせるはずだ」


 ◇


 それから数日間、私たちは公爵の城で過ごした。


 公爵は連日にわたってアルトの容態を伝えていた。

 帝国が誇る最先端医療のおかげで一命を取りとめた、というのが最終的な形だ。


 そして、偽りの療養期間が終了。

 アルトの完全回復を発表するとともに、私たちの旅が再開されることになった。

 グランフェルを去る時がやってきたのだ。


「公爵、いつも言うが、ここまでついてこなくてもいいのに」


 馬車の窓から顔を出したアルトが苦笑まじりに言う。

 公爵は都市の外まで同行し、最後のお見送りをしてくれたのだ。


「いやいや。殿下、これは当然のことでございます。殿下のお身体がまだご完治されていないかと、私も心配でなりませんので」


 どこで誰が聞いているか分からない。

 だから、公爵は偽情報をベースにした会話を展開した。


「もう何も問題はない。見ての通り元気だ。騎士たちも揃っている」


「公爵閣下、この度はお世話になりました。引換券の件や……その他にも色々と助けていただき、ありがとうございます」


 私はアルトの横から顔を覗かせて、ペコリと頭を下げた。

 それに対して、エドワード公爵は深々とお辞儀を返した。


「ソフィア様、どうかお気になさらず。貴女とアルト殿下がグランフェルでお過ごしくださったことは、我が街にとって何よりの喜びでございました。それでは皆様、どうかご無事で」


 公爵は微笑み、馬車が動き出すのを見守っている。

 遠ざかっていく巨大な城壁を眺めながら、私は心の中で呟いた。


(レーヴァン、ハルメネ村、そしてグランフェル……。どれも素敵な場所だったなぁ。次の町ではどんなことが待っているのだろう)


 まだ見ぬ目的に想いを馳せて、私は眠りに就いた。


 ◇


 それは突然のことだった。

 グランフェルを発ってから数時間、平坦な草原を馬車で進んでいた最中に、馬車が大きく揺れ始めたのだ。

 その揺れによって私は目を覚ました。


「停止しろ! 馬車の様子がおかしいぞ!」


 アルトの一声で、御者が馬を止める。

 私たちは慌てて馬車を降りて、車輪の状態を確認した。


「おい、ここを見ろ」


 アルトが車輪を指した。

 スポーク――車輪の中央から外に放射状に伸びる木の棒――の一本が折れていたのだ。

 スポークは車輪の強度を保つための重要な部分であり、一本でも折れると車輪が歪んで正常に転がらなくなる。


「どうしてスポークが折れたんだ? 出発前に馬車の点検をしておかなかったのか?」


 アルトがゲラルドを見た。

 その目つきは険しく、口調にも棘が感じられた。


「見落としていたようです。申し訳ございません、殿下」


 ゲラルドは神妙な面持ちで頭を下げた。


「これじゃ先に進めないな……」


 険しい表情を浮かべるアルト。

 それを見て、ゲラルドは提案した。


「私の馬をお使いください」


「そなたの馬?」


「はい。アルト殿下とソフィア様で私の馬に乗り、先に町へ向かわれてはいかがでしょうか。馬車はグランフェルに戻らせて修理してもらいます。スポークが折れていても移動自体はできますので」


「悪くない案だが、そなたはどうするつもりだ? 壊れた馬車に乗るわけにもいかないだろ」


「徒歩で向かいます」


「ふざけたことを抜かすな。そのようなことは認められん。そなたも誰かの馬に乗せてもらえ」


「いえ、それはできません」


「なぜだ?」


「今回、我々が使用している馬はスピードを重視したものです。戦で用いる軍馬と違ってパワーがないため、大の男が二人で乗ることはできません。それに我々は鎧を身に着けておりますので……」


 アルトは反論しなかった。

 ゲラルドの説明に妥当性が認められたのだろう。


「なら皆で歩くか」


 アルトが提案する。


「その必要はございません。馬車の故障は私の責任です。殿下は予定通りに旅を続けてください」


 ゲラルドが食い下がる。


「そうは言ってもだな」


 アルトも譲歩の意思を示さなかった。

 彼はゲラルドだけに負担を押しつけることを嫌っているのだ。

 部下に対する思いやりが垣間見えるが、このままでは話が進まない。

 そこで――。


「あの、私が直しましょうか?」


 私はスッと間に入った。

 これにはアルトとゲラルドをはじめ、その場の全員が驚く。


「直すだと? ソフィア、そんなことが可能なのか?」


「はい、適当な木材で代用できるはずです。スポークが一本折れただけなら、差し替えて固定すれば何とかなります!」


 アルトは目を丸くする。


「どこでそんな技術を覚えたんだ!?」


「ロックウェルです。あの町の馬車は古く、こういった故障は日常茶飯事でした。それで、私も何度か修理を手伝ったことがあるんです」


「すごいな……」


「まさかソフィア様がそんな技能をお持ちとは」


 アルトだけでなく、ゲラルドも感嘆している。


「ただ、問題は修理に使う木材をどう手に入れるかですね。ここは草原なので、それらしい木材が……」


 私は周囲を見回した。

 一面の草原が広がっている。


「あ!」


 よく見ると、遠方には小さな森が見えた。


「あの森はどうでしょうか? 適当な枝を切り出せば使えるかと!」


「殿下、あの森は安全です」


 アルトが口を開く前に、先回りしてゲラルドが言った。


「それなら問題ないな。よし、俺とソフィア、ゲラルドの三人はあの森で木材を調達してくる。他の騎士たちはここで待機だ。場合によっては野営をすることになるから、それに備えて体力を温存しておけ」


「はっ!」


 騎士たちが敬礼する。


「それと、誰かティオルナに行って町長に遅れることを伝えてくれ」


「自分にお任せ下さい!」


 若い騎士が手を挙げた。

 彼はアルトが頷くのを確認すると、自身の馬を飛ばして町に向かう。


 こうして、私とアルト、ゲラルドの三人は森へ向かうことになった。


 ◇


 森の中は静寂に包まれており、樹間から光が差し込んでいた。

 枝の上には可愛らしいシマリスがいて、警戒の眼差しをこちらに向けている。

 熟した果実をついばんでいる鳥の姿も見えた。

 のどかな雰囲気で心が癒やされる。


「アルトさん、あれなんかどうでしょう?」


 私は太めの枝を指した。

 幹から生えている部分がちょうどスポークに合いそうだ。


「任せろ!」


 アルトは剣を抜き、枝の付け根を斬り落とす。

 まるで豆腐を切るかのようにすんなりと木を断ち切った。


「すんごい切れ味!」


「一流の鍛冶師に作ってもらったものだからな。ノコギリより快適だぞ」


 アルトが誇らしげに笑った。

 彼が斬った枝はゲラルドが拾って抱える。

 帝国の騎士団長に荷物持ちをさせられるのはアルトくらいだ。


「念のため、もう数本用意しておこう。一本だけだと失敗した時に困るしな」


 アルトは同じような枝を何本か斬り落とした。

 これだけあれば、問題なくスポークを直せるだろう。


「さて、戻ろうか」


 アルトが腕を伸ばして大きく背伸びする。

 私とゲラルドも頷いて同意した。

 だが、次の瞬間――。


「冷たっ!」


 ポツリと額に何かが落ちてきた。

 見上げてみると、雨が降ってきていた。

 小さな雨粒が一つ二つと落ち始め、すぐにパラパラと音を立てた。


「ソフィア、もっと近くに寄れ」


 アルトはマントを広げ、私を雨から庇うように覆ってくれた。


「ありがとうございます、アルトさん……!」


 このさりげない気遣いが嬉しかった。

 すまし顔で当たり前のようにやってのけるのがいい。

 雨で体は冷えているけど、心はポッと温まった。


「殿下、私もマントで守っていただけますか? 鎧も濡れると手入れが大変なので……」


 突然、ゲラルドが妙なことを言い出した。

 顔を見るとニヤニヤしていて冗談だと分かった。


「ば、馬鹿を言うな! お前はビショ濡れになりながら歩け! 元はと言えばお前が馬車の確認を怠ったからこうなったんだぞ!」


 アルトは恥ずかしそうな顔で声を荒げた。


「これは失礼」


 ゲラルドが笑いながら頭をペコリ。


「雨脚が強くなりそうだ。ソフィア、急ごう。ゲラルドも遅れるなよ!」


「はい!」


「もちろんでございます!」


 私たちは急ぎ足で草原に戻った。

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