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幸せな帝国生活 ~「失敗作」と呼ばれていた王女、人質として差し出された帝国で「最重要人物」に指定される~  作者: 絢乃


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15 密命

 皇太子アルトを暗殺せよ。

 手段は問わない。

 さすれば最高の栄誉を得られるだろう。


 手紙にはそう書かれていた。

 筆跡は、まぎれもなく私の父――ユリウスのものだ。


「あっ」


 読み終えるやいなや、手紙は青い炎に包まれて消えた。

 痕跡が残らないようにするための仕掛けだ。


(父上が、アルトさんを……?)


 私は衝撃で全身が震え、手も足も動かなくなった。

 街路の片隅でただ立ち尽くす。

 賑やかなはずの周囲の声が何も聞こえなくなっていた。


「どうしよう……」


 通常であれば、悩むことなど何もない。

 アルトに手紙の件を報告すれば済む話だ。

 私に対する王家や貴族の扱いを考えれば当然のことである。


 帝国の人々は、私に『幸せ』を教えてくれた。

 その中でもアルトは別格であり、私にとって何よりも大切な人だ。

 暗殺するなどもってのほかである。


 しかし、私には頭を抱えざるを得ない理由があった。

 アルトにこの件を報告した場合、二つの問題が生じるからだ。


 一つ目は、帝国と王国の関係が決定的に悪化すること。

 この暗殺指示が王家や貴族の勝手な判断によるものでも関係ない。

 罰として、今よりも厳しい条件を王国に課すのは明らかだ。

 下手をすると帝国が侵攻を再開するかもしれない。

 そうなれば、王家ではなく王国の民にも甚大な被害が及んでしまう。

 罪のない民に災いが及ぶのは耐えがたいものがあった。


 二つ目は、王国の伝統的な価値観である〈血の結束〉だ。

 たとえ嫌い合っていようとも、血縁者を裏切ってはならない――。

 〈血の結束〉と呼ばれるこの考えは、王国の象徴的なものである。

 私を「失敗作」と呼ぶ両親や兄姉ですら、これだけは遵守していた。


 この価値観は国民にも強く根付いている。

 もし私が〈血の結束〉を破れば、王国の全国民が憤るだろう。

 私は二度と生まれ故郷の地に足を踏み入れられなくなる。


(私はどうしたらいいの……?)


 無数の思いが頭を渦巻く。

 時間だけが過ぎ、日は傾き、夕闇が街を包み始める。

 それでも、私は同じ場所に立ち尽くしたまま動くことができなかった。


(報告と実行の両方をしないというのはどうだろう? 父上の手紙には「手段は問わない」と書かれていたし、暗殺方法は私に委ねられている。だから、常に「任務の遂行中」という(てい)を装っておけばいい。そうすれば、全て丸く収まるのではないか)


 そんな考えが頭をよぎる。

 しかし、すぐに「それは無理だ」という結論に至った。


 実行しなければ、いずれ父が催促してくる。

 その時は具体的な方法や期日を明記してくるだろう。

 守らなければ〈血の結束〉を破ったと見なされる。


 また、その段階になるとアルトに報告できない。

 絶対に「なぜ今まで黙っていた」と問い詰められるからだ。

 そうなれば、アルトや他の人との関係は悪化するだろう。

 王国だけでなく帝国にも居場所がなくなりかねない。


(先延ばしにしても、事態は悪化するだけ。選ばないと……!)


 自分を犠牲にし、王家の命令に従うか。

 それとも、王国を犠牲にし、自分の幸せを選ぶか。


 私は何時間も悩み、思い詰め、葛藤し続けた。

 そして――。


「やるしかない……よね」


 最終的に、一つの答えを出した。


 ◇


 決意を固めた私は、すぐさま公爵の城へ戻った。

 ざわつく心を押し殺し、急ぎ足で廊下を進む。


 アルトはエドワード公爵の部屋にいた。

 姿を見ていなくても分かるのは、扉の前にゲラルドが立っているからだ。

 途中で休憩を挟んだのかは不明だが、今でも協議しているらしい。


「ゲラルドさん」


 私はゲラルドの前に立った。


「ソフィア様、どうなされました?」


「アルトさんと今すぐに話をさせてください。大事な話があります」


「……分かりました」


 ゲラルドは何も訊かずに承諾した。

 私の顔を見て只事ではないと察したのだろう。

 ノックをしてから扉を開き、中に入っていった。


 ほどなくて扉が開き、中からアルトが出てくる。


「ソフィア、大事な話があるそうだな。どうした?」


 アルトは真剣な表情で問いかける。

 私は深呼吸をし、可能な限り心を落ち着かせて答えた。


「二人きりでお話ししたいんです。誰にも聞かれたくないから……」


「分かった。俺の部屋でいいか?」


「はい」


「公爵に席を外すと伝えてくる」


 アルトが扉を閉めた。


 ◇


 アルトと二人で、彼の部屋にやってきた。

 部屋は私のものよりも広く、内装も一回り豪華だった。


「それで、何があった?」


 アルトは椅子に座った。

 私にも向かいの席に座るよう勧めてくる。

 しかし、私は立ったまま、彼の瞳を見つめて答えた。


「今日、私の父――ユリウス国王から、アルトさんを暗殺しろとの命令を受けました


 私は自分の幸せを優先する道を選んだ。

 王国の民を思うと胸が痛むけれど、譲ることができなかった。

 自己中心的と批判されたとしても、私は失いたくなかったのだ。

 帝国で知った『幸せ』という感情を。


「なっ……!」


 私の言葉を聞いたアルトは、一瞬だけ目を見開いた。

 しかし、それは本当にほんの一瞬だった。

 次の瞬間にはいつもの落ち着いた表情に戻っていた。


「そうか……」


 アルトは静かに立ち上がると、私のほうに近づいてきた。

 そして――。


「よく言ってくれたな」


 私の肩に手を置き、そっと抱きしめてくれた。


「アルトさん……?」


「君の立場は理解している。難しい決断を迫られたはずだ。すごく辛かっただろ」


 アルトが私の頭を撫でるように手を回す。

 あまりにも優しい声色と対応が、私の感情を爆発させた。

 溜め込んでいた苦悩が一気に溢れ出したのだ。


「……ぐっ……ううっ……うわぁぁぁん……」


 その結果、私は泣いてしまった。

 アルトの胸に顔を埋め、わんわんと泣きじゃくる。


「アルトさん……! アルトさん……!」


「分かっている。分かっているよ、ソフィア」


 アルトは優しく頭を撫でてくれた。

 彼の胸から伝わる温もりが、壊れそうな私の心を支えてくれる。

 しばらくの間、私はひたすらに泣きじゃくっていた。


 ◇


「座れ、ソフィア。落ち着いて話そう」


 泣きやんだ頃、アルトは私の肩をそっと離した。

 改めて椅子に腰掛けるよう促してくる。


「はい……すみません……」


 私は涙を拭き、指定された椅子に腰を下ろした。

 アルトは向かいの席に座って、脚を組んだ。


「ユリウス国王の暗殺命令についてだが、何か証拠はあるのか?」


「いえ、ありません……。父の筆跡による手紙で指示されたのですが、魔法が施してありまして、読み終えると同時に消えてしまいました……」


「だろうな」


 アルトは証拠がないことを予想していたようだ。


「ごめんなさい……。証拠がなくて……」


「気にするな。証拠を残すほど楽な相手なら苦労していないさ」


 アルトが笑みを浮かべる。


「アルトさん、私、王家や貴族がどうなってもいいんです。暗殺を企てた以上、どうなっても自業自得です。でも、王国の国民に罪はありません。何卒、国民だけはお許しいただけないでしょうか」


 私が訴えると、アルトは口元を緩めた。


「安心しろ。何もしないよ。王国民だけでなく、王家や貴族にもな」


「え? 王家や貴族も見逃すのですか? 暗殺未遂ですよ?」


 思わず訊いてしまった。

 私が彼の立場なら烈火の如く怒っていたはずだ。


「心情的には腹立たしいが、証拠がない以上、エリュシオン帝国としては処罰しようがない。たとえ相手が従属国だったとしても、曖昧な状況で罰を科すと、諸外国からの印象が悪くなる」


「そうかもしれませんけど……」


「それに、こういうことはよくあるんだ。帝国はこの大陸を支配しており、王国以外にも多くの従属国を抱えているからな。俺の暗殺を企てる愚か者は滅多にいないが、反政府組織を裏で援助したり、各都市で破壊工作や暴動を扇動したりされることは日常茶飯事だ」


「そうなんですか」


「もちろん帝国だって同じ事を諸外国にしている。国と国の関係なんてのはそういうものだ。だから気にしなくていい」


 そう言うと、アルトは座ったまま頭を下げた。


「むしろ謝るべきは俺のほうだ。負担をかけてしまってすまない」


「そ、そんなことありません!」


 私は慌てて首を振った。


「悪いのは父上であって、アルトさんは何も謝る必要がありません!」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 アルトは安堵したように笑った。

 しかし、すぐに表情を改めて真剣な顔で言った。


「でも、ソフィアの立場を考えると、このままにしておくのはまずいよな」


「立場……?」


「ルミナール王国の〈血の結束〉については俺も知っている。このままだと、ソフィアはその結束を破ったことになる。王国が暗殺計画を認めることはないだろうから、適当の嘘をでっちあげて結束を破った裏切り者として発表されるだろう」


「覚悟はできています。気にしていないと言えば嘘になりますが、仕方ないことだと思って受け入れます」


「それはおかしい」


 アルトは力強い口調で言った。


「ソフィア、君は何も悪いことをしていない。そんな君が負担をしいられるのは間違っている」


「でも……」


「俺に考えがある」


 アルトはテーブルに肘をつき、顔の前で両手を組んだ。


「表向きは暗殺を実行したが、失敗に終わったことにしよう。そうすれば、ソフィアは王家に背いていないことになる」


「え……? それってどういう……?」


「君の魔力は低いから、魔法で俺を殺すのは無理があるし、正面から挑んでも勝てない。そうなると、暗殺の手段として最も現実的なのは毒だ。だから、毒を盛ったが殺しきれなかったことにする。それなら筋が通るだろ?」


「でも、どうやって実行したことに……」


「公爵に頼んで、『何者かが俺に毒を盛った』と大々的に発表してもらう。さらに治療を理由に出発を遅らせる。実際には何も起こっていないが、表向きは『暗殺計画があったものの失敗した』という既成事実ができあがるわけだ」


 私は目を瞬かせる。

 こんな発想は思いもしなかった。


「そんな……! ご迷惑ではないのですか? 公爵閣下にも嘘をついてもらうことになりますし……」


「かまわないさ。公爵は聡明な方だ。底知れぬ腹黒さを持っているので過信できないが、帝国を思う気持ちは俺と変わらない。事情を説明すれば引き受けてくれるだろう」


「ありがとうございます。でも、本当にすみません。私のせいで迷惑をかけてしまって……」


「先ほども言ったが、謝るべきは俺のほうだ。俺が君を同行させているから、王国だって今回の計画に至ったわけだしな」


「アルトさん……!」


 私は目頭がじんわりと熱くなるのを感じた。


「おいおい、もう泣くなよ? さっきたくさん泣いただろ? ソフィアには涙よりも笑顔のほうが似合っているよ」


「はい……」


 私が小さく微笑むと、アルトは満足げに頷いた。


「公爵が暗殺未遂を公表すれば、必然的に犯人捜しが始まる。そうなると、王国はしばらく暗殺を企てることはないだろう。だから、今回のような問題はこれっきりになる可能性が高い」


「もし次があったら、今度こそ証拠を掴みましょう! 私にできることであれば何だって仰ってください!」


 アルトは「いやいや」と苦笑した。


「それはまずいだろう」


「いえ、問題ありません。私、王家には愛想が尽きました。王国の国民には罪がないので申し訳なく思うのですが、王家や王国の貴族は痛い目を見るべきだと思います!」


 そこまで言い切ると、奇妙な解放感に包まれた。

 気持ちを口に出したことで、完全に踏ん切りがついたようだ。


「ありがとう、ソフィア。君のその強い気持ちを、俺は、いや、帝国は尊重する。君は帝国の宝だ。何があっても我が帝国軍が守ってみせる」


「ありがとうございます……!」


 アルトは微笑み、私の手をそっと握った。


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