14 異国の料理
数日が経った。
儀式は順調に進んでおり、作業は今日中に終わる。
明日にはグランフェルを発つそうだ。
アルトは朝からエドワード公爵と協議していた。
難しい書類を確認しながら、二人で帝国のことを考えているようだ。
そこに私の出る幕はない。
なので、一人で街へ繰り出すことにした。
◇
グランフェルに滞在してから約一週間。
それでも、この街には行っていない場所がたくさんある。
今日も、そういう「知らない通り」にやってきた。
公爵の直轄地なので治安が良く、一人でも安心して歩ける。
「すごい場所……!」
そこは、異国の料理屋が並ぶ通りだった。
派手な色のテントやカラフルな看板がそこらに見える。
異国の文化が混じり合う不思議な空間だ。
「見ているだけで楽しいなぁ」
どの店も小さな軒先を持ち、その下に異国の料理がずらりと並べられている。
漂う香りが様々で、視覚だけでなく嗅覚でも楽しむことができた。
「お嬢ちゃん、そこのお嬢ちゃん!」
ふらふらとお店を見て回っていると声を掛けられた。
私に話しかけてきたのは、『寿司屋』と書かれたお店の店主だ
頭にねじり鉢巻きを巻いた中年の男性で、陽気な雰囲気が感じられる。
「お嬢ちゃん、寿司って食べたことあるかい?」
「寿司……?」
私は寿司が何か知らなかった。
首を傾げる私を見て、店主の男はニヤリと笑った。
「俺は〈ジャパンネ〉の出身でな、寿司はそこの名物だ。酢で味付けした米に生の魚を載せて食べるんだ」
「生の魚!?」
私は目を見開いた。
生魚を食べる習慣は、私の知る限りこの大陸にはない。
加熱して毒や病原菌を殺すのが常識だと思っていた。
「驚いたろ? 食べたらもっと驚くぞ! ジャパンネの寿司は最高だ」
ジャパンネは、広大な海の先にある極東の島国だ。
専守防衛を掲げており、他国に侵略しない平和な国として知られている。
数少ない貴族制の存在しない国であり、独自の文化・技術を持つことでも有名だ。
魚を生で食べる技術も、そういった独特の文化によるものだろう。
「お魚を生で食べるのは不安ですが、ジャパンネの料理には興味があります!」
「安心しな。俺はプロの寿司職人だ。食べても大丈夫な物しか握らねぇ。どうだいお嬢ちゃん、一貫試してみるか?」
一貫とは寿司の単位らしい。
サイズは一口大とのことで、寿司屋では何貫も食べるものだという。
「じゃあ、一貫お願いします!」
「はいよ! ネタは何がいい?」
店主は手とまな板を洗い、包丁を研ぎ始めた。
「ネタ?」
「何の魚が食いたいかってことさ」
店主は満面の笑みで魚の名前を挙げていく。
しかし、その半分以上が見たことも聞いたこともない魚だった。
赤身魚から白身魚、貝類まであらゆる魚類が寿司ネタになるらしい。
「せっかくだから知らないお魚を食べてみたいです。おすすめはありますか?」
「おすすめか。なら『のどぐろ』だな。白身魚なのに脂が乗っていて上品な甘みがあるぞ」
「では、のどぐろお願いします!」
「はいよ!」
店主は赤い鱗を持つ小さめの魚を取り出した。
その魚が〈のどぐろ〉らしく、慣れた手つきで捌いていく。
目にも留まらぬ速さで骨を取り除き、薄切りの切り身を用意する。
次にネタを載せる酢飯を握り始めた。
店主によると、この酢飯を「シャリ」と呼ぶそうだ。
シャリはあっという間に小さな俵状になった。
「あとは、シャリにネタを載せて軽く握り――」
店主が解説しながら作業を進める。
「――この刷毛で醤油を塗ったら完成だ!」
こうして、のどぐろの握り寿司が出来上がった。
「ほらよ。これを一口でパクッと食べるんだ」
店主がお寿司を手渡ししてきた。
「一口で!?」
サイズ的には一口で食べられる。
だが、普段の私なら二口に分けて食べるだろう。
「ああ、そうだ。手でパクッと一気に食べるのが寿司ってもんだ」
手で食べるというのも衝撃的だった。
ナイフやフォークはおろか、お箸すら使わないとは。
「よ、よし……!」
私は意を決して寿司を食べた。
一貫丸ごと手で口の中に放り込む。
「んんーっ!」
食べた瞬間に感動した。
程よい酸味のあるお米と生魚の脂が口いっぱいに広がったのだ。
脂には他では味わえない上品な甘みとコクがある。
まるで高価なバターのような味わいだ。
また、生魚から連想される生臭さが全くなかった。
「……おいしい! すごいすごい! すごい美味しいです!」
私は思わず声を上げた。
「うめぇだろー? これが寿司さ!」
店主は誇らしげな顔で頷いた。
「こんな美味しいものが世の中にあるなんて……!」
アルトにも食べさせてあげたいと思った。
もし彼が寿司を知らないなら、私と同じように感動するはずだ。
その様子を想像するだけで自然と笑みがこぼれる。
「お嬢ちゃん、気に入ったならもう一貫サービスで握ってやるよ!」
「え! 本当ですか!?」
「美味しそうに食べる姿がお代ってなもんだ!」
「ありがとうございます!」
嬉しさで胸が弾む。
(次は何を頼もうかなぁ)
知らない魚がたくさんあるので目移りする。
また、あえて知っている魚を選ぶのも悪くないと思った。
例えばマグロなどは有名で、私も味をよく知っている。
なので、私の知っているマグロ料理と味を比較することが可能だ。
「たくさん悩みな! お嬢ちゃんみたいな可愛い子が店の前に立っていると、それだけで注目が集まるからな!」
「あはは、おだてすぎですよー!」
店主と二人で「がはは」と笑い合う。
しかし、その時だった。
ドカァン!
突然、遠くの方で凄まじい爆発音が響いた。
振動が地面を伝って足元に響いてくる。
「なんだぁ!?」
陽気に笑っていた寿司屋の店主が警戒感をあらわにした。
他の店や通行人も「何があったんだ?」と驚いている。
しかし、混乱に発展することはなく、すぐに落ち着きを取り戻した。
「どうせどっかの馬鹿が魔法に失敗したんだろ」
「だろうなぁ。魔法を使ったパフォーマンスは禁止されているのに懲りない奴だ」
「まぁ派手な演出で目を引きたい気持ちは分かるけどなぁ」
どうやらこの街ではしばしば起こる問題のようだ。
競争が激しい故に、ルールを破ってでも目立とうとするのだろう。
アルトや公爵が話し合っているのも、こうした問題の対処かもしれない。
(あ! そうだ! お城に戻らないと!)
私にはいくつかの制限が課されている。
例えば『儀式が終わるまでグランフェルから出てはならない』など。
その一つに『異常事態が起きたらお城に戻る』というものがあった。
(しばしばあることみたいだし異常事態には含まれないのかもしれないけど、勝手にそう判断するのもいけないよね)
ということで、私はお城に戻ることにした。
「すみません、サービスのお寿司はキャンセルでお願いします! 私、急いで行くところができました!」
「おっと、そうかい。残念だが仕方ないな!」
私はのどぐろの代金を支払い、その場をあとにした。
人混みを掻き分けながら、早足で公爵のお城に向かう。
「きゃっ」
その道中で、私はフードを被った男とぶつかってしまった。
「ごめんなさい、急いでいて……!」
男は私の言葉を無視して、何かを差し出してきた。
「落ちましたよ」
「え?」
男が渡してきたのは、封蝋がされた手紙だった。
明らかに私の物ではない。
「すみません、でもこれは私の物じゃ……」
顔を上げると、男はいなくなっていた。
「どうしよう」
誤解で渡された手紙の処分に困る。
「ん? これは……」
手紙の封蝋を見てあることに気づいた。
私のよく知る紋章が描かれていたのだ。
ルミナール王国で密書に用いられる特別な紋章である。
つまり、これは魔法の手紙だ。
特定の人物以外が封を開けると手紙が消滅する仕掛けが施されている。
そして、この手紙を作れるのは、王家など一部の人間に限られていた。
(この手紙、私宛ってこと!?)
私は思いきって封を開けることにした。
もし違っていたら、手紙は粉々になって消えるはずだ。
「やっぱり……」
問題なく封を開けることができた。
案の定、この手紙は私に宛てられた物だったのだ。
内容を確認すると、非常に短い文章が書かれていた。
「これは……!」
内容を確認した私は、顔から血の気が引くのを感じた。
とんでもないことが書いてあったのだ。
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