11 過去と戦争
城門をくぐった先には、想像以上に広大な街並みが広がっていた。
大通りを馬車と行商人が行き交い、露店には様々な商品が並んでいた。
耳を澄ませるまでもなく賑やかな声が聞こえてくる。
とにかく活気がすごい。
路地裏にまで届きそうなほどの熱さだ。
帝国が誇る最大の交易都市・グランフェル。
その勇名に違わぬ強烈な勢いに、私はただただ圧倒された。
◇
エドワード公爵の居城は、街の中心部から外れた静かな一角にそびえ立っていた。
驚くことに外壁には純白の大理石が用いられており、さながら鏡のように陽光を反射している。
中庭は丹念に手入れされており、公爵の邸宅に相応しい貫禄があった。
私は二階の客室で待つことになった。
アルトとエドワード公爵は二人きりで話をするそうだ。
(我が家の寝室より広いなぁ)
客室の中を見回す。
床には厚い絨毯が敷かれ、壁には精巧な織物が飾られていた。
窓からは手入れの行き届いた中庭が見える。
何から何まで完璧だ。
しかし、私は落ち着かない気持ちでいた。
嬉しいというよりも苦しい。
こういった上品な場所に居ると、否応なく思い出すのだ。
王国で過ごしていた日々を。
今にして思うと、王国での日々は苦痛という他なかった。
血の繋がった家族に「失敗作」と呼ばれ、疎まれ続ける日々。
事あるごとに兄や姉と比較され、侮辱され、冷遇されてきた。
それに比べて、帝国での生活は極上の幸せだ。
だからこそ、過去を思い出すと胸が苦しくてたまらなくなる。
もう、王国には戻りたくない。
「殿下のご命令で、ソフィア様のお側に控えさせていただきます」
ノックと同時に扉が開き、ゲラルドが入ってきた。
「ありがとうございます、ゲラルドさん」
「いえ」
ゲラルドの返事はそれだけだった。
(うぅぅ、気まずい……!)
部屋には私とゲラルドの二人きり。
このまま無言でアルトを待ち続けるのは難しかった。
そこで、私は思い切ってゲラルドに話しかけてみた。
「ねえ、ゲラルドさん。食事の時のように話しませんか?」
ゲラルドは公私を完璧に分ける男だ。
そして、公私の“私”が見られるのはディナーの時だけである。
そこで見せる彼の顔は、すごく優しいおじさんというものだった。
「公務中ですので……」
ゲラルドは困ったように眉間を寄せる。
私は苦笑して肩をすくめる。
「そこをどうにか! お願いします! このままだと気まずくて息が詰まっちゃいますので!」
私は「お願いお願い!」と顔の前で手を合わせた。
「……仕方ない、ソフィアが望むのであればお応えしよう。でも、アルトや他の者には内緒だぞ?」
ゲラルドは照れた様子で頭をかいた。
公務の最中にくだけた口調で話すのに抵抗があるようだ。
それでも対応してくれるのだから優しい。
「ありがとうございます! さすがはゲラルドさん!」
「俺も男なんでな。美女の頼みには弱いってことだ」
「あはは」
「それで、どんな話をする?」
ゲラルドが優しい口調で尋ねてきた。
「うーん……」
私は少し考えたあと、「そうだ!」と手を叩いた。
「アルトさんとの関係について、詳しく教えてくれませんか?」
「俺とアルトの関係?」
「はい。ゲラルドさんは、プライベートではアルトさんを呼び捨てにするじゃないですか。アルトさんもそれを許していますし、お互いに強い信頼関係があることは私の目にも分かります! ですので、そう至った経緯といいますか、そういうことが知りたいのです!」
「なるほどなぁ」
ゲラルドはそこで言葉を区切り、何秒か考えた。
それから、ぽつぽつと話し始めた。
「帝国には複数の騎士団があって、知っての通り俺はそのうちの一つ……つまり、この団の団長を務めている。そして、この団に与えられた任務はアルトの護衛だ。任務内容はアルトの幼い頃からずっと変わっていない」
「つまり、幼い頃からアルトさんに仕えているわけですね」
「そういうことだ。その頃から仕えているため、アルトとは深い付き合いになる。ただ警護するだけではなく、色々としてきたものだ。あいつに剣術を教えたのも俺だよ」
「そうだったんですか!」
「といっても、俺が教えたのは基礎くらいだ。あいつは優秀だからな。あっという間に上達して、俺や他の騎士を追い抜いてしまったよ」
「すごく強いですもんね、アルトさん」
山賊から私を守ってくれた時のことは今でもよく覚えている。
数十人もの相手を一瞬で倒していた。
「でも、昔は泣き虫だったんだぞ、アルトの奴」
「え! アルトさんが泣き虫!? 嘘ですよね!?」
全く想像がつかなかった。
私の知っているアルトは誰よりも凜々しく、涙とは無縁の男だ。
泣き虫の彼を想像すると、笑わずにはいられなかった。
「まだ陛下に武器の携帯を認められていない頃、あいつはよく本を読んでいたんだ。で、その頃のあいつは大人に見られたくてなぁ。ほら、無理してブラックコーヒーを飲む奴とかいただろ?」
「います!」
私は強く頷いた。
無理してブラックコーヒーを飲む奴とは、まさに私のことだ。
「アルトにとっては、それが怖い本を読むってことだったんだ。それも子供向けの物じゃなくて、俺が読んでも眉をひそめるような、グロテスクなシーンのあるホラー小説だ」
「うわぁ……」
苦笑いがこぼれる。
「で、そんな本を読むと、あいつは怖くなって泣くんだよ。いや、泣くだけじゃない。その日は決まっておねしょをするんだ」
「おねしょまで!? それはさすがに嘘ですよね!?」
「嘘ならよかったんだが本当のことだ。そして、奴はおねしょの後始末を俺にさせるんだ」
「どうしてゲラルドさんに!? そういうことは使用人の方にお任せするんじゃ……?」
「使用人にやらせると陛下の耳に入る。報告しないと問題になるからな。かといって他の騎士には恥ずかしくて言うことができない。それで俺に頼るというわけだ」
「なんと……」
今のアルトからはかけ離れた可愛らしい話だ。
ゲラルドに泣きつく子供版のアルトを想像するとニヤけてしまう。
「誰にも言うなよ。アルトにバレたら俺の首が飛びかねないからな。そうなったらソフィアも道連れだからな?」
「わ、分かっています! 言いませんよ! 絶対!」
ゲラルドは「よろしい」と笑った。
「でも、今のアルトさんはあんなに堂々としているのに……人は変わるものなんですね」
「それはどうかな。俺からすれば、今も昔もアルトは変わっていないよ。ただ、大きくなったことで皇太子としての自覚と責任が芽生えた。だから皆の前では強い男として振る舞っているだけさ」
「なるほど……」
「俺からすれば、アルトは自分が育てた子供のようなものだ。こんなことを言うのは不敬極まりないがな」
「素敵だと思います、そういう関係」
アルトは多くの人に支えられて、今の姿があるのだろう。
その一端を知ることができて嬉しかった。
「ま、俺とアルトの関係についてはこれで分かっただろう」
「はい! よく分かりました!」
「他には何か訊きたいことはあるか? こういう機会は滅多にないし、何かあれば質問するといい」
私は「そういうことなら」と新たな質問を行った。
「戦争のことについて伺ってもよろしいでしょうか?」
「戦争のこと?」
「ルミナール王国とエリュシオン帝国の戦いについてです」
「それなら王女であるソフィア自身がよく知っているだろう」
「それが、私は全く知らないのです。王国での私は誰からも相手にされておらず、詳しい話を聞く機会がありませんでした。また、王女なので外出の機会も与えられず、人生の大半を王宮内にある自室やその周辺で過ごしていました。ですので、戦争に至った経緯すら知らないのです」
言い終えたあとに、「信じられないかもしれませんが」と付け加えておく。
「いや、むしろ納得した。和平交渉、すなわち王国が従属を受け入れた時の交渉において、ソフィアを人質として差し出すことを提案したのはユリウス国王だ。我が国、特にアルトは拒んでいたが、ユリウス国王は『我が国の誠意の証』などと言って聞かなかった。当時は何も思わなかったが、お前の説明を聞けば納得できた」
私は静かに頷いた。
適切な相槌が浮かばなかったからだ。
それでも、ゲラルドは気にせずに続きを話してくれた。
「戦争の発端や原因については、国によって解釈が異なる。俺は帝国の軍人だから、帝国の侵攻は必要不可欠であり正しいものだったという形で説明することになる。だが、それではソフィアに偏った印象を与えてしまうかもしれない。だからその点は省いて、戦争の内容を伝えるだけでもいいか?」
「分かりました、それでかまいません。お願いします」
「分かった。まず戦況だが、開戦当初は五分五分だった。いや、むしろ王国側が有利だったと言える」
「そうなんですか?」
「王国軍……すなわちルミナール人は、王家の人間を筆頭に魔力が高く、魔法を駆使した戦いを得意としている。そのため、戦争になると開けた地形での戦いを好む。要するに遠距離からドカドカ魔法で攻撃したいわけだ」
「あー、たしかに」
「一方、エリュシオン人は総じて魔力が低い。ソフィアは自分の魔力を『著しく低い』と言うが、その魔力量ですら帝国の中では高い部類に入る。実際、俺よりも高い魔力を持っているわけだしな」
私は「分かります」と頷いた。
ロックウェルの町民も、大半が魔力を持っていなかった。
ルミナール王国では考えられないことだ。
「そのため、帝国軍からすると剣や槍を使った近接戦闘――すなわち、白兵戦に活路を見出している。だが、ルミナール王国との戦争では、帝国は侵攻する側だった。なので、戦場の決定権は相手にあったんだ」
「どうして防衛側に戦場の決定権があるのですか?」
「単純な話さ。防衛側は自分の戦いたい場所に拠点を築けばいい。だから、ルミナール王国の防衛拠点は草原などの開けた場所に多いんだ」
「なるほど!」
分かりやすい説明だ。
「そのため、開戦当初は王国の強力な魔法攻撃の前に近づくことができず、帝国軍は苦戦を強いられた」
「それがどうして逆転することに?」
「アルトがとんでもない作戦を計画したからだ」
「とんでもない作戦!?」
「簡単に言うと、二カ所から同時に侵攻する作戦だ。だが、普通に実行しても成功しない。王家の人間――おそらくお前の兄姉であろう二人が戦場で猛威を振るっていたからな」
クラリッサとレオポルドのことだ。
私は静かに頷いた。
「そこで、アルトは自分を囮にすると言い出したんだ」
「アルトさんが囮!?」
私は驚きで目を見開いた。
「ああ。アルトは片方の隊を自分と俺の騎士団だけにすると言い出した。だが、そのままだと数が少なくて動きがバレてしまう。そこで大量の藁人形を用意し、それに武具を纏わせることで兵士のように見せかけることにしたんだ。そうやって遠目には大軍に見せつつ、別働隊に戦力を集中したわけだ」
「すごい作戦……!」
「皇太子殿下を囮にするなど夢にも思わなかった王国軍は、この作戦にまんまと嵌まり、戦力の大半を俺たちのほうに集中させた」
「その隙を突いて帝国軍が防衛拠点に攻め込んだ、と」
「そうだ。どれだけ王国側が自分に有利な戦場を選んでいるとはいえ、手薄のところへ大軍で突撃されたらどうにもならない。帝国軍は次々に防衛拠点を陥落させていき、最終的に王国の戦線は崩壊したわけだ」
「本当にとんでもない作戦ですね……! でも、止める人はいなかったのですか? 成功したからよかったものの、例えば王国軍がアルトさんの陣に攻め込んでいたらバレていましたよね?」
「その通り。だから最初は全員が反対したさ。危険過ぎるからやめろってな。陛下ですら止めたくらいだ。それでも、アルトは言うことを聞かなかった。まぁ、結果的に上手くいったわけだから文句は言えないけどな」
ゲラルドは笑いながら言った。
その目にはアルトに対する尊敬の念が感じられた。
「やっぱりすごいなぁ、アルトさん」
「俺もそう思う。あいつは常人にはできないことを平然とやりとげる。警護を担当する身としてはヒヤヒヤさせられっぱなしだけどな」
「あはは。たしかにゲラルドさんや騎士の方々からしたらたまったものじゃないですよね!」
私は改めてアルトのすごさを思い知った。
「じゃあ、次は――」
まだまだ話を聞きたい。
そう思い、前のめりになった時だった。
扉が軽くノックされ、扉が開いた。
「ソフィア、待たせたな。公爵が食事会を開いてくれるそうだ」
アルトがやってきた。
公爵との会談を終えたらしい。
「アルトさん……!」
私は最初、尊敬の眼差しでアルトを見た。
しかし、彼の顔を見ていると、別の姿が脳裏によぎった。
おねしょをしてゲラルドを困らせている時の子供版アルトだ。
「ぷっ」
そのせいで、思わず吹き出してしまった。
「ん? どうした? ソフィア」
「い、いえ、何も……!」
私は必死にニヤニヤを隠しながら立ち上がる。
だが、どれだけ頑張っても隠しきることはできなかった。
「ソフィア、やけに嬉しそうだな。食事会がそんなに楽しみか?」
「え? あ、いえ、そうじゃありませんけど……」
「ならどうした?」
アルトが訝しむように目を細める。
私は少し意地悪な笑みを浮かべてみせた。
「内緒です! 私とゲラルドさんの秘密ですから!」
ゲラルドが慌てて背筋を伸ばす。
「むむ? ゲラルド、俺のいない間、ソフィアと何の話をしていた?」
「申し訳ございません、殿下。秘密ですのでお教えできません!」
ゲラルドは目を逸らして敬礼する。
「なっ!? ゲラルド、命令だ、教えろ」
「その命令には承服いたしかねます、殿下!」
「なんだとぉ!?」
「ふふふっ」
二人のやり取りが面白くて、私はつい笑ってしまう。
それにつられてゲラルドも笑みを浮かべる。
「むむぅ! 気になるではないか! くそぅ!」
アルトが拗ねたように唇をとがらせている。
その様子がまた面白くて、私は吹き出してしまった。
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