10 エドワード公爵
小さな村だったこともあり、儀式は二日で終わった。
あれから特に大きな問題は起きず、私たちはハルメネ村を発った。
村を発ってから約半日――。
馬車の中で、私は窓越しに流れる風景を眺めていた。
険しい山道を終えて、眠気を誘発する心地よい揺れが続いている。
「アルトさん、ハルメネ村での生活も楽しかったですね!」
「そうだな。医療の最先端を学ぶことができて有意義だった」
「治療院にあるお薬の種類には驚きましたよね」
「ソフィアからすると特に衝撃を受けたんじゃないか? 王国では医療も魔法に頼りきりなんだろ?」
「はい。回復魔法で治せない病気になると、よほどのお金持ちでもない限りは多くの場合は諦めることになります」
アルトと話しながら、村で過ごした時間を思い返す。
村民たちは優しくて、薬草採取を終えた私や騎士たちを労ってくれた。
また、治療院ではアルトと二人で調合の体験もさせてもらった。
貴重な経験であり、医療に関する知見を深められて良かった。
「アルトさん、次の目的地はどんな町ですか?」
私の問いに、アルトは書類をめくりながら答えた。
「次は町じゃない」
「また村ですか?」
「その反対だ」
「え?」
「帝国でも有数の大都市だ。もっとも、到着までには平和な町をいくつか通過することになる。今日中には辿り着けないから、その一つで休ませてもらう予定だ」
「そうでしたか」
「少し話が逸れたが、質問の問いに答えるなら、目的地は『グランフェル』になる」
「おお! グランフェルですか!」
アルトは「ほう?」と興味深そうに私を見た。
「ソフィア、グランフェルを知っているのか」
「名前だけですが……」
「グランフェルは公爵領にある交易都市で、帝国各地から商人が集まる。立地がよく、広い平原と複数の河川に囲まれていて、水上輸送や馬車での運送が容易なんだ。そのおかげで、他の都市とは桁違いの物資が集まり、活気に溢れている」
「交易都市! 珍しい物とかたくさん売っていそうでワクワクしますね!」
「そうだな、グランフェルには何でも揃っている。我が国における経済の要だからな。帝都よりも賑やかだぞ」
「わー、話を聞いているとますます楽しみになってきました!」
と言ったところで、私は「あれ?」と気づいた。
「でも、そんな大都市なら私の魔力は不要なんじゃ? 冒険者がたくさんいるだろうし、衛兵だってたくさんいるのでは……?」
魔物の被害に困っている土地なら交易は難しいはずだ。
それに、帝国経済の要なのであれば、治安維持にも抜かりがないはず。
「良い着眼点だ。そこに気づくとは聡明だな」
私は「えへへ」と頭を掻いた。
「君の言う通り、グランフェルは現状、魔物の被害に困ってはいない。各地より集まった冒険者が率先して魔物を駆除しているからな」
「なら、なぜ儀式が必要なのですか?」
「問題はその冒険者さ」
「どういうことですか?」
「政府としては、冒険者には帝国各地で活動してもらいたい。しかし、それはこちらの都合に過ぎない。冒険者からすると、ロックウェルやハルメネ村よりグランフェルで活動したいと思うものだ」
「たしかに、私が冒険者でもグランフェルで活動したいと思います」
「この問題を解決するのは難しい。何かしらの政策を講じてグランフェルに集まる冒険者を分散させた場合、今度はグランフェルが魔物の被害に苦しむ可能性が生じるからだ」
「なるほど、それで儀式を行うわけですか。そうすればグランフェルに集まっている冒険者が分散する上に、グランフェル自体も魔物の被害に悩まされずに済む」
「そういうことだ。グランフェルの周辺には多くの町があり、それらは現在、冒険者が不足していて困っている。かといって、それらの町で儀式をして回ると膨大な日数を要する。だからグランフェルで儀式を行い、グランフェルの冒険者を周辺に移動させるというわけだ」
「すごいですね、アルトさん。冒険者の動向や儀式の効率まで考えているなんて」
「それが俺の仕事だからな。帝位を継承したら、今のようには気軽に動き回れなくなる。だから、その時までに少しでもこの国を良くしておきたいんだ」
アルトは嬉しそうに笑った。
彼は心の底から帝国の繁栄と安寧を願っている。
権力闘争に明け暮れる貴族連中に見せてやりたいと思った。
◇
その日は予定通り道中の町で休んだ。
ただ、予定外なこともあって、次の日も休むことになった。
アルトが馬を休ませたいと言ったからだ。
そんなこんなで人馬ともに回復し、移動を再開した。
動物たちが自由に過ごすのどかな場所を一定のペースで進んでいく。
そして、いよいよグランフェルの城郭が見えてきた。
「わぁ……!」
私は馬車の窓から首を伸ばして外を見た。
巨大な城壁に囲まれており、遠くからでも分かるほど壮麗な門がある。
石造りの壁と鋭く尖った塔が、さながら要塞のような雰囲気を放っていた。
「さすが帝国有数の大都市! 本当に大きいですね!」
「すごいだろう」
アルトは、ふふふ、と誇らしげな笑みを浮かべた。
「早く街の中に入りたいなぁ」
行き交う人々や大通りに並ぶお店を思い浮かべて胸を躍らせる。
しかし、都市の門をくぐる前に馬車が止まった。
「ん? どうした?」
アルトが首を傾げる。
すると、護衛隊長のゲラルドが窓の外にやってきて言った。
「殿下、エドワード公爵閣下がお待ちになっております」
「公爵が? わざわざ門の外で待っているのか?」
「さようでございます」
アルトが「やれやれ」と苦笑いを浮かべる。
警戒している様子ではないので、問題はないのだろう。
それでも、私は公爵と聞いて緊張した。
公爵は爵位の第1位――すなわち皇帝の次ぐ地位だ。
もちろん従属国の王女よりも格上である。
「殿下、エドワード公爵閣下がこちらへ近づいて来られます」
ゲラルドは報告をすると、自身の馬を後退させた。
「公爵は相変わらずだな、わざわざ外まで出て礼儀を尽くすとは」
「相変わらずということは、いつも外でお待ちになっているのですか?」
「うむ。過剰なほどの礼節を示す人間なんだ。そんなわけだからソフィア、すまないが少し待機していてくれ」
アルトは馬車を降りた。
私は体を縮こまらせつつ、車内からそーっと様子を窺う。
間もなくして、エドワード公爵が姿が視界に入ってきた。
公爵は60歳前後と思しき年配の方だった。
恰幅の良い体格に上質なベルベットの衣服をまとっている。
相手が皇太子殿下だからか、柔らかな笑みを浮かべてはいるが、その目は鋭く、油断ならない印象を受けた。
「殿下、ようこそグランフェルへ!」
公爵は声を張り上げ、深々と一礼した。
アルトは手を軽く上げる。
「公爵、わざわざ門の外まで出る必要はないと何度言えば分かるのだ?」
「いえ、殿下の御来訪は我がグランフェルにとりまして、この上なき喜びにございます。こうして自らお迎えするのは、私の当然の務めにございます」
「相変わらず律儀だな……。それでは、先に伝えてある通り、この街で一週間ほど滞在させてもらう」
「かしこまりました! 殿下、どうぞ我が居城へお進みくださいませ! ご案内いたします!」
「うむ。では、頼むとしよう」
話を終えると、アルトは馬車に戻ってきた。
「ソフィア、今から公爵の城に向かう。間違いなく豪華な宴を用意しているから、久しぶりに貴族の作法をお披露目できるぞ」
アルトは苦笑いで言った。
その様子から察するに、丁重過ぎるおもてなしは求めていないようだ。
「は、はひっ……! 粗相のないように頑張ります!」
私はプルプルと震えながら答えた。
王女ではあるが、豪華な宴とはご縁がなかったのだ。
魔力のない「失敗作」の私は、そうした場には招待してもらえなかった。
「気楽にいけ。別に君が何かしでかしても公爵は怒らないさ」
「そうでしょうか……?」
「公爵は礼節を重んじるが、別に強制はしない。それに君が帝国の最重要人物であることは承知している。むしろ緊張しているのは向こうのほうさ。まあ、行ってみれば分かる」
馬車が再び動き出す。
グランフェルの巨大な城門がゆっくりと開き、私たちを迎え入れた。
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