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二周目の世界で、前世の護衛騎士から怖いくらいに溺愛されています。  作者: 有沢真尋
【第二章】

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第11話 毒の姫

(ナタリアが、ここに……!?)


 王都で評判の店だ。流行に敏感な公爵令嬢が来店しても、不思議はない。しかし、いまでなくても良いだろうとは思う。


「お嬢様、公爵令嬢様のようですが」


 ブリジットが、控えめな声で話しかけてきた。

 顔がこわばっていたのを自覚したヴィクトリアは、無理やりに笑みを作ってみせる。


「はい。私はあまり親しくお話しする機会のない方ですが、明後日のお茶会では実質主催側の方だと、エドガー王子も話題になさっていましたね。その意味では、お目にかかる予定はあるのですが、いまはまだ馴れ馴れしく話しかけるのも……」


 良い機会だ、とヴィクトリアの中でラルフがけしかけてくる。

 貴族の令嬢として生まれ直し、ヴィクトリアとして生きてきた記憶が、ことはそう簡単ではないと言い返す。


(物事には、順序というものがあります。特に貴族社会は、ルールに厳しいです。身分が下の私から、誰かの紹介もなしにナタリア嬢に近づくのは、無作法というもの……)


 そうかと言って、後日確実に顔を合わせることがわかっているのに、完全に無視をするというのも、感じの良いものではない。

 判断が難しい問題に直面してしまった。


「ひとまず、私たちの用事は済んでいますので。ヒースクリフ様が戻られたら、出ましょう。髪飾りは、今日明日にでも受け取りに参ります。この白いドレスは、着替えますね」


 ヴィクトリアは回避を選択し、店員に退店の旨を告げる。


(問題の先送りではないですが、大事の前に余計な波風を立てる必要もありませんね。ナタリアには少々わがままなところがありましたし、今生でも伝え聞く限りあの性格はさほど変わっていない様子。格下の私が自分のお気に入りの店で装飾品を買い求めたと聞けば、どんな難癖をつけてくるかわかったものではありません)


 高貴な顧客を多く抱える店だけに、店員も貴族の扱いには長けているはず。ヴィクトリアに勧めたものを、ナタリアにも勧めることはないだろう。巧妙な話術で、品被りは避けるように示唆するのは間違いない。


 そもそもナタリアは普段から一点ものしか身に着けないだろうから、どこかでばったり同じドレスで出会うという心配は、ない。

 だが、何がきっかけで癇癪を起こすかわからないので、不安は残る。


 裏口から穏便に出してもらった方が良いかもと考えたところで「お嬢様、そちらは」と店員が静止するような声が聞こえてきた。


 トルソーの横から、豪奢な金髪を結い上げた、真紅のドレスの女性が姿を見せる。

 ちらっとヴィクトリアに目を向けて、紅をさした唇を愉悦に満ちた笑みの形にしてから、実にわざとらしく「あら?」と声を上げた。


「誰だったかしら。見覚えがないわ。印象に残らない、すぐに忘れてしまいそうな顔。白いドレスということは、これからデビューなの?」


 余裕たっぷりに言われる嫌味っぽい言葉に、ヴィクトリアの中のラルフが、大いに頷いてしまっていた。

 これぞナタリア、と。


(あの当時「婚約者のラルフ」の前では、ここまで露骨なことは言わなかったと思いますが、身分をかさにした発言は、何度か聞いた覚えがあります。ラルフの気づいていないところでは、さらに直接的にも間接的にも、自分が気に入らない方を心無い言葉で傷つけていたのは、いかにもありそうなことです)


 相手が公爵令嬢とあらば、たいていの者は言い返しにくい。言われっぱなしでもぐっと堪えて、人知れず泣くしかないだろう。

 王子の婚約者であった前世、予定通り結婚していれば、この意地の悪さのまま正妃となり王宮を闊歩していたのだ。王子の死によりそれが回避されたことだけは、良かったように思える。


 とはいえ、この世界でも依然としてナタリアは権力者の側だ。他人を踏みにじることに躊躇いのない性格も、そのままに。

 ヴィクトリアの中のラルフが、ひしひしと責任を感じ始めていた。これを放っておくわけにはいかない、どうにかしなければいけない。この年齢で権力を自分の実力と勘違いし、周囲を威圧して怯えさせるだけという育ちでは、この先彼女は絶対に幸せになれない。

 そしてやはり、いつか気に入らない相手を殺す。


(だめですね。だめです。ナタリアをこのままにしておくわけにはいきません。少しずつでも近づかねば)


 ヴィクトリアはひとまず、尋ねられたことに答えるべく、丁寧にお辞儀をした。


「ベンジャミン公爵令嬢様、私はブレナン伯爵家の娘でございます。皆様のお集まりには去年から少しずつ、参加しております。公爵令嬢様にもご挨拶させて頂いておりますが、話したのは一度きりですので、改めて名乗らせて頂きます。ヴィクトリアと申します」


 興味がないといった顔で、ナタリアは扇子を取り出し、自分を扇いでいた。ヴィクトリアが話し終えると、ぱちん、と扇子を閉じる。


「あらあら、ご丁寧にどうもありがとう。覚えていられるかは、わからないけれど。次に会っても、親しいと勘違いして話しかけてくるのはおやめになってね。私、付き合う相手は選んでいますの」


 私の遊び相手としてあなた程度では不足だわ、と切って捨てるような態度であった。


(私もそのほうが嬉しいのですけど……! 元婚約者のラルフとしては、悔やむ気持ちがあります。記憶をもっと以前に取り戻し、ナタリアと子どもの頃から知り合っていれば……)


 記憶を取り戻したのがいまなので、考えても仕方のないことだが、きちんとナタリアと向き合うひとがいれば、違った成長もあったのではないか、と感じてしまう。

 その思いが、ヴィクトリアの表情を曇らせた。

 ナタリアは、自分の言葉に傷ついたと理解したらしく、満足した様子でにんまりと笑い、赤い唇を開いた。


「ブレナン伯爵家の娘ごときが、この店で買い物するのは、身の丈に合っていないのではないかしら。どなたの紹介で来ているの? 嫌だわ、私もよく使っている店で、あなたのような分をわきまえないひとと顔を合わせるなんて、気分が悪い。紹介者ともども、出禁にして頂かなくては。ゆっくり品物を見ることもできませんわ」


 わあぁ、とヴィクトリアは危うく声に出してしまうところであった。

 ナタリアが、意地悪過ぎる。こんなに正面切って、恥ずかしげもなくいじめてくるとは。


(公爵令嬢であれば、屋敷にいくらでも職人や外商を呼びつけられるのに。きまぐれでお店に来て、べつに悪いこともしていない相手を捕まえて、目障りだから出禁にしろだなんて。言う事が、悪どいです。前世のラルフは、不覚にもナタリアの陰湿さがここまでとは、気づいていなかったです。ナタリアに興味がなかったのか、悪意やひとの裏表に鈍感だったのか)


 両方ですねと、ヴィクトリアはしみじみと反省した。

 だからラルフは、毒殺されて終わったのだ。

 今回はしっかりナタリアと向き合わねばと、強い気持ちを持って、ヴィクトリアから笑いかけてみた。


「本日は、ブルーイット侯爵家の方にご案内頂きました。とても素敵なお店で、素晴らしい時間を過ごすことができました。私には贅沢なお店かと思いますが、もしこの先も利用する機会がありましたら、事前に確認をとり、他の方のご迷惑にならない時間にお邪魔したいと思います」


 ふん、とナタリアは鼻で笑って、肩をそびやかす。


「ブルーイット侯爵家と、ブレナン伯爵家が懇意にしているだなんて、聞いたこともないわ。見え透いた嘘はおよしなさい。と、言いたいところだけど。ああ……、そうね。そういえばあなた、一昨日のグレン侯爵主催の舞踏会に来ていたわね。あのときの騒動の、傷物令嬢があなた?」


 すうっと、ナタリアの目が細められた。品定めをするかのように。

 傷物令嬢、と。


(あの騒動は、極力私の名前が出ないよう、グレン侯爵が取り計らってくださったはずです。知っているということは、ナタリアが知りたくて調べたんですよね。ということは、さきほど私に対して「誰だったかしら」と言ったときにはすでに、私が誰かわかっていたのでは)


 嫌なことに、思い当たってしまう。

 まさにあのとき、あの場に居合わせたナタリアは、賓客であるエドガーやヒースクリフに助け出されたご令嬢に関心を持ったのだろう。

 そしていずれ自分の邪魔になるかもしれないと、敵愾心を抱いた。


「あの晩は早く帰宅したもので、その後の会場の雰囲気や話題は、存じ上げておりません。傷物とは、なんのことですか?」


 ひとまず、ヴィクトリアは受け流して様子を見る。

 それを許すナタリアではない。


「ごまかす気かしら? 自分から男を誘って逢引をしたくせに、気に入らないことがあったからと他の方も巻き込んで、大騒ぎしたんですってね。どんな卑しい女かと思っていたけれど、あなたのことよね、ヴィクトリア・ブレナン。なあに? その白いドレスは。無垢のつもり? 本当は男を手玉に取って弄ぶのが得意なのでしょう? それでいまの狙いは、一時帰国中のブルーイット侯爵令息ということね。まあ、お上手ですこと」


 怒涛の嫌味である。

 ヴィクトリアは、固唾をのんで聞き入ってしまっていた。


(すごいです……! こんなにすらすら罵詈雑言が出てくるだなんて。ナタリア嬢って、本当に本当に、絵に描いたような意地悪です。前世、ラルフに対して「殿下の婚約者はどうなっているんだ!」と、不満を持っているひともたくさんいたはずです。大変、申し訳ありません……)


 毒殺に至る性格の苛烈さも恐ろしいが、今のままでも十分、本人が「毒」である。

 もしかすると、極力縁談を避けたがっているエドガーは、この本性にすでに気づいているのかもしれない。自分ではなく、ヒースクリフの結婚相手であっても阻止したい意向というのも、よくわかる。

 協力を仰がれた経緯もさることながら、何より今生では彼女を避けて通らないと決めたヴィクトリアは、ナタリアを正面から見つめた。


「誤解があるようですので、申し上げます。あの晩、私からさる令息を逢引に誘ったという事実は、ございません。見知らぬ相手から、無理強いをされかけた事件はありましたが、完全に未遂です。事実無根の噂を、公爵令嬢たるあなた様が所構わず口にするのは、ご自身の品位を貶めるだけです。グレン侯爵の迷惑にもなりますでしょう。おやめください」


「なんですって。誰に向かって口を聞いているつもり?」


 ナタリアの目が、怒りを帯びて釣り上がる。しかし、ヴィクトリアとてここで引く気はまったくない。


(私は一度死んでいます。しかも、あなたに殺されています。あなたが殺しも辞さない人間だとよくわかっています。それでも、ここで尻尾を巻いて逃げるわけにはいきません。今回はあなたと、向き合わねば)


 睨み合っていたのは、実際はとても短い時間だった。

 ひゅう、と冷気が吹き込み、二人の注意が逸れる。


「お待たせしました、ヴィクトリア嬢。どうも公道を私道と勘違いしている馬車があったようで、御者同士が少々揉めたようです。話を聞いてきまして、問題は解決しました。次の店へ行きましょう」


 険しい顔をしたヒースクリフが、凍てつく空気をまとって姿を見せていた。


「どうもありがとうございます。何から何まで」


 あら? ヒースクリフ、ものすごく怒っている? とドキドキしながら、ヴィクトリアは言葉少なく返事をする。

 一方、ナタリアは目を見開いてヒースクリフを見つめていたが、ふっと我に返ったように艶やかな笑みを浮かべた。その変わり身の早さは、目撃していたヴィクトリアでも何が起きたかわからないほど、実に鮮やかで素早かった。

 どこからどう見ても、可憐な顔立ちに磨き上げられた容姿の上品なご令嬢にしか見えない。


「ヒースクリフ様でいらっしゃいますね! 先日、グレン侯爵の舞踏会でお目にかかりました、ナタリアです。お会いできて光栄ですわ」


 声も別人のように、柔らかい。


(これは……! これは騙されます! 前世のラルフはちょっと抜けたところがあったから、こういう変わり身に気づいていなかったんですね……。ヒースクリフはどうなのでしょう。女性慣れしていなければ、こういった女性の機微は、わからないのでは……)


 最初から目撃していたヴィクトリアでさえ、直前までのナタリアの底意地の悪い態度は、夢だったのではないかと思ってしまったのだ。ヒースクリフとて、たやすく見抜けるはずがないと、危ぶみながらその顔を見る。

 さきほどと寸分違わず、その表情は凍りついたままであった。


「グレン侯爵の舞踏会でご挨拶を差し上げましたとき、あなたは騒動に巻き込まれた被害者のご令嬢を気にかけておいでのようでしたので、私の口からはっきり『お守りいたしました』とお伝えしました。もうお忘れになりましたか? それとも、私の嘘かはったりの武勇伝だと、お考えですか?」


 ヒースクリフが話すだけで、氷を孕んだ風が吹く。

 空気が、瞬く間に冷え込んだ。


(ナタリア嬢とはもっと話すべきですが、焦ってはいけないわ。エドガー様配下のヒースクリフが、ここでナタリア嬢と揉めるのは避けなければ)


 ヴィクトリアは、ヒースクリフを仰ぎ見て口を挟んだ。


「その件は、何か行き違いがあったみたいなので、私からもお話ししました。心配しないでください。公爵令嬢様は、今日は私が話しかける前に、ご自分から話すきっかけを作ってくださったのです。ご挨拶の機会を頂けて、良かったです」


 そして、今にもナタリアに斬りかかりそうなヒースクリフの前に立ち、ナタリアには「次の予定がありますので」と丁重に暇乞いを告げた。


 ヒースクリフの本気の怒りにあてられたらしいナタリアは、引き止めることもなく、扇子を開いて自分の顔を隠しながら「早く行ってしまえ」という態度を取る。

 だが、その目には激しく燃え盛る怒りがあった。


(私は、あの怒りと向き合わねばいけません)


 前世のラルフができなかったことを、やり直しの機会を最大限に活かして今度こそは。


「近い内にまたお会いすると思います! 今日は失礼します!」


 最後にそれだけ告げて、ヴィクトリアはヒースクリフの腕を強引に引っ張り「行きましょう」と、店を後にしたのだった。


* * *

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✼2024.9.13発売✼
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✼2025.2.13配信開始✼
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