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第九話:不死者と義弟

 「さて、自己紹介も済んだ事ですし、エイミール嬢様、そろそろ、始業の時間ですぞ」

 あ!という顔をしたエイミールにレイは優しく笑いかけた。・・・ただし包帯の影となり分かりにくい。

 「先に行ってください。嬢様、わたくし、彼ともう少し話しをした後で追いかけますので」

 「えと、では先に参りますね」

 失礼いたします、といい置いてエイミールが駆けて行く。それをにこにこと見送って。

 エイミールの姿が見えなくなったことを確認してから、レイが振り返った。

 ・・・鬼がいた。

 レミレアは一気に縮まった寿命を感じた。

 ゾンビから漂ってくる威風。その圧倒的な重量感。怖い。身体が畏縮し、縮こまり、動けない。

 なんだ、このゾンビの威圧感は!

 おまけに風が、逃げを図った彼を嘲笑うかのごとく吹き付ける。これでは羽も使えない!

 風は、レイの身体から吹きつけ吹きすさぶ。この風の出所は?

 「・・・ま・・・魔法・・・?」

 精霊の気配が辺りに満ちていた。

 それは主にレイの周りに。彼を慕い、彼のために、彼の思うとおりの事を成すために。

 溢れんばかりの精霊からの愛情を受け取って、レイ・テッドはそこにいた。

 風が逆巻いて、彼の顔を覆った包帯を解きほぐす。包帯が解かれ、そこに立つ者は。

 ・・・美貌の男がそこにいた。

 流れる黒髪、黒い瞳。夜の眷属よりも余程それらしい面立ちの、男。

 レイ・テッドは、今は煌く眼差しをレミレアに向けていた。

 「さあ、躾のなっていない五歳児にはオシオキが必要だね?」

 覚悟なさい。そう言って、妖しく笑うは・・・不死者。

 「お、おまえ、なぜ?」

 今まで溶けて爛れてたじゃないか!なのに、精霊魔法ってなんだ!お前、不死者だろう?

 「ふ。分かってしまえば容易かったのです。エイミール嬢様と風に吹かれているうちに自ずと理解しました。以前の私は彼ら、精霊達をただ力で、支配し使役していたのです。そうではなく、エイミール嬢様のように、彼らに寄り添い、ただ側にいるだけで、彼らは私に応えてくれるという事に・・・遅かれながらも、気付いたのです」

 レイは思う。

 精霊の声に耳を傾けもせず、彼らを圧倒的な力の元に支配していた過去の自分を。

 その傲慢さを浅ましいと感じられるようになった事を。

 「私が過去の自分と決別したのを知って、彼らはまた私に力を授けてくれたのです。何と言う愛情でしょうか。私は彼らにこんなにも愛されていたのです。そしてそれを気付かせてくれたのが、エイミール嬢様なのです」

 精霊達はエイミール嬢様が大好きなんですよ。知ってましたか?

 魔界で魔族に属しながら、精霊に好かれている者を始めて見ました。

 精霊達はエイミール嬢様が大好きだから、もう一度私に力を貸すことを決めてくれたのです。

 「生前、私はガズバンドいちの黒魔法使いと呼ばれていた、いやな奴だったんですがね・・・」

 いや、人間変われば変わるもんです。あ、今はゾンビですがね。

 「・・・じゃ、なんでそのままにしないんだ?溶けて爛れた顔よりそっちの方がいいじゃないか!」

 「は!餓鬼はこれだから!いいですか。ただでさえ魔王閣下に厳しい目で見られているんですよ!素顔がこれだなんてばれたら・・・速攻死んでますね!」

 ・・・ちなみにゾンビだって、首を引っこ抜かれたりしたら死ねるんですよ?

 その痛さは尋常じゃない痛みだって顔なじみのゾンビが教えてくれたんです・・・。

 え?そのゾンビ死ななかったのかって?

 おお。良いところに気がつきましたね!

 生きてますよ。彼。たまに首から頭が転げ落ちて大変なんです。

 「・・・死ねねえじゃん!ってか、それ死んだって言わねえから!」

 「おや、そうですか?」

 不死者ゾンビは何回死んだら死者として扱ってもらえるのでしょうねえ・・・。

 しみじみと呟く死なない男、黒魔法使いのレイだった。


 「では、改めて、嬢様の前に現れたのはなぜですか?嬢様を中傷する為ではありませんね?」

 夜の眷属の長老に何か吹き込まれたのではありませんか・・・?

 レイの眼差しがきつくなる。黒い瞳がレミレアを見つめた。

 「・・・前に、成長が遅かった同属がいたんだと。そいつは、吸血族で、まだ牙もなかった。でも、同属の血を飲ませたら成長が始まって、ちゃんとした大人になれたって・・・じいちゃんが」

 「・・・ふ。なるほど。良い情報を与えて誘導されたようですね。五歳児は短絡的ですね!それはね、魅惑の魔法と呼ばれる魅了術です。しかも与える者が同属で、触媒が血液!いけませんな。嬢様の自我という自我が無くなって、傀儡となってしまう術ですよ!」

 レイの眼差しが鋭さを増した。

 反面、白い顔が更に白くなったのは、レミレアだった。

 「魅惑の魔法・・・?じゃあ、やっぱり、じいちゃんは・・・」

 「現在の夜の眷属の権力では、中枢に及ぼす影響力が無いのです。このたびの魔王閣下の人事にも、魔王軍幹部の中に夜の眷属出身者は一人も居りません」

 獣人族、竜族、魚人族、不死者と、魔王軍の直轄幹部はさまざまな魔族から精鋭を集めてきたが、今回の人員の中に夜の眷属はいなかった。

 発言権の低下を懸念した夜の眷属の長が目をつけたのがエイミールの存在なのだろう。

 レイは頭の中でざっと考えると、顔色を悪くしたレミレアを見た。

 踊らされた子供。

 出来損ない、という言葉を区も無く口に乗せたその様子からも、夜の眷属の、選民意識は根深いものがあると推察された。

 出来損ない、か。レイはふと思った。

 人間の枠を超えて不老不死を望み、手にした物は不死のみで。日々爛れていく顔を見たくなくて何枚鏡を割っただろう?

 そんな自分の元に伝え聞く言葉は・・・出来損ないの黒魔法使いのあだ名。

 化け物と罵られ、顔を背けられる存在に、手を差し伸べてくれた人。

 何も言わず、ただ側にいてくれた人。

 花を見つめては微笑みあってくれた優しい人。

 「レミレア殿。貴方、エイミール嬢様の髪を見て、美しいとは思わないのか?金の髪、翠の瞳を見て、尚、嬢様を出来損ないと称するのなら、私にも考えがある」

 風に包帯を遊ばせながら、美貌の黒魔法使いはその黒い瞳に力を込めた。

 たじろいだのは、レミレア。レイのきつい眼差しに刺されて声もない。

 しかしレミレアは、意を決したように顔を上げ、レイの黒い瞳を真正面から捉えた。

 「・・・黒髪黒い瞳が最上にして最良だと教えられていた。だから、あの子を見て、戸惑う自分が信じられなかった!」

 レミレアはその衝撃を叫ぶように告白した。

 「初めて会ったのは、魔王閣下の式典で!妖精かと思った!あんなに綺麗なのに、じいちゃんも大叔父も、大叔母も、母ですら!あの子を見て、不吉きわまり無いって言ったんだ!みんなが口を揃えて言う『出来損ない』の意味もやっと聞き出して!・・・姉上だって知った時は、母上を恨んだ!」

 なのに。

 ある日思い出したように、夜の眷属の長がやって来て、エイミールに会いに行けと言ったのだ。

 弟だと知ってもらえれば、仲良くなれるだろう。美味く気を引いて、ここへ連れておいで、と。

 突然の言葉にレミレアがなぜと尋ねれば、じいちゃんは、眼を細めて孫に会ってはならぬのかと聞いてきた。あの子の成長を促す術を知っているのに隠しているのは、心苦しいからと。

 「胡散臭かった。汚らわしい。不吉な子。出来損ない。色々言っていたのに、今更会いたいなんて」

 でも、ようやく分かった。

 エイミール姉上を手に入れて、魔王に何らかの働きかけをするつもりだったんだな・・・。

 「エイミール嬢様に辛い言葉を浴びせかけたのは?」

 「ここで、ああ言えばあの子はこないだろう?俺が弟ならなおさら。夜の眷属の側に寄らなくなるだろう?」

 黒い瞳には、大切なものを守ろうとする気概が込められていた。

 その眼差しを、瞳の奥の真実までも見つめ、そこに嘘が存在しない事を突き止めると、レイは肩の力を抜いた。

 「よろしい。やり方は最善ではなかったですが、五歳児にしては良く考えましたね」

 そう言って、美貌の黒魔法使いはレミレアに微笑んだ。

 「では。次の質問です」

 レイはレミレアに向けてやや砕けた感じで尋ねた。

 「夜の眷属と、決別は可能ですか?」

 それは、住み慣れた家を離れよという事か?それとも、家族から独立せよと?色々な考えに陥ってしまったレミレアだったが、しばし考えた後、レイの目を見て頷いた。

 その応えに。

 満足したように微笑むレイだった。

 

 

 「さて・・・『敵と見なしたものはすべて。殲滅』する」

 言霊だった。言葉を発した瞬間に空間に魔方陣が広がりだす。幾重にも重なり構築された陣は、やがて矛先を定めた。

 「エイミール嬢様を傀儡術の元で操作しようとした・・・『謀った、夜の眷属の阿呆どもを全て、捕捉殲滅』せよ」

 その瞬間。

 風が逆巻き、光は明滅を繰り返し、大地が揺らぎ。

 魔界の広い大地のあちこちで、鉄槌が下された音が鳴り響いた・・・。

 

 「さて、レミレア。魔王軍最高幹部の一員として、私、雑用使いが欲しいなあと思っていたんです。手伝ってくれますよね?」

 にっこりと微笑むは、肉が腐り爛れた無残な表情の・・・ゾンビ・・・。

 「ああ、もちろん。私が成した事柄は、すべて『見なかったこと』ですからね?私の素顔があんなだなんて言ったら分かっていますね?」

 もちろん、エイミール嬢様にも秘密ですよ?あの素直な嬢様が魔王閣下に隠し事が出来るはずがありませんからね。何よりも、私と嬢様の憩い(らぶらぶ)の時間を大事にしたいのです。

 言ったら、酷いですからね?

 そう釘を刺す事を忘れない、黒魔法使いでゾンビなレイは、くるくると丁寧に包帯巻きつつ、レミレアに言ったのだった。

 

 

 

ゾンビと見せかけて実力者。使う魔法は一級品。

でも、最大にして最高の憩いとして上げるのが、エイミールとの逢瀬でーと・・・。


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