第八話:義姉と義弟
日々繰り返される、ままごとのような時間。
それは居並ぶ魔王軍最高幹部をも、魅了する。
可愛い、エイミール嬢の為ならば。我等、一丸となって事に立ち向かいますとも!
ああ、でもね。
紅の貴公子と名高い御方様のご乱心には・・・ご容赦ください・・・。
「兄上!眼!紅くなってるから!魔力もれてる!」
アマレッティが叫んだ。
常に冷静な我等が魔王閣下において、イメージする色は、冴え冴えとした静謐な印象の青銀。
だが、一度でも彼の御仁の戦を眼にした者は、彼をしてこう呼ぶ。
「紅の貴公子」と。
苛烈極まりない戦いに身を投じた際、アルファーレンの纏う魔力が紅蓮の如く、彼を彩る。
それはまるで炎が彼を包み込むようで。
戦いに興じれば興じるほど、残酷に高揚し高まる魔力。
やがて魔力の本流が、瞳に宿り彼の青銀の眼差しが、紅に染まるのだ。
そして、今。
戦いの場でもないのに、アルファーレンは溢れ出す戦闘意識を隠さず、瞳に紅の炎が宿っていた。
憎憎しげに見つめる先は・・・。
中庭でただ寄り添って座っている二人組。
レイとエイミールだった。
「・・・今日も・・・」
苦々しくも呟いた言葉は、恨み節。
アルファーレンの紅蓮の眼差しはグサグサとレイの背中に刺さっていた。
気のせいじゃなかったら、窓枠が魔力にやられて、ぐんにゃりと溶け出している。
「あーあーあー。兄上!エミーはね、お茶の時間に、あいつには、お茶を供することが出来ないから、お茶の時間を共有するって言ってたんだ。もてなしの代わりなんだよ!」
「・・・エミーの時間を共有するのは私だけだ・・・」
・・・あいつ、殺すか・・・?と物騒に呟いている魔王閣下に、慌てるアマレッティ。
「や。無理だから!不死者だし、ゾンビだし、何よりすでに死んでるから!」
「首を引っこ抜けば良いだろう。あるいは・・・魔力で焼き殺せば良い・・・」
「ややや。やめとこうよ!エミーが悲しむだろう!(やる気だ!すげえやる気だ!)」
それにはチラリと流し目をやって。・・・彼の眼が紅い。
「・・・私がぼんくらだと言いたいのか・・・?」
エイミールの耳に入る前に的確に適正に事をもみ消すに決まっているだろう。
しかし何より聞き捨てならないのは、あれを始末して私のエミーが悲しむと思っていることだ。
ゾンビごとき喪って、私のエミーが悲しむ・・・?許せないな。
アルファーレンの紅蓮の眼差しに文字通り焼かれながら、アマレッティはそれでも食い下がった。
何よりエイミールのために。
「エミーは、結構あいつ気に入ってるんだよ。でもな、何より、兄上のためなんだぞ。エミーは「にいさまのお役に立つために」お茶くみをしているんだぞ。にいさまって、兄上の事だろう」
それには虚を突かれたような顔で、アルファーレンがアマレッティを見た。
あーあーあー。言いたくなかったのにな!
「はじめにさ、エミーに、魔王側近達の緊張を和らげる為にお茶を入れてくれって頼んだんだよ。そしたらエミーなんて言ったと思う?俺達の疲れを癒せれば、にいさまのお仕事もはかどりますか?だぞ!俺は頷いたぞ。俺らの疲れが癒せれば、魔王の仕事もはかどるからな!これぞ自明の理って奴だろう?エミー、にいさまのお役に立ちたい。立たなければ!っていつも一所懸命だろうが!お役立ちの一貫なんだよ」
この間の戦いなんてどーよ。
あっという間に自称勇者倒しちゃったじゃないか。
「・・・」
「俺ら、やる気満々だったから、あっさり終わっただろー」
蟻の如く湧いてくる人間達が、魔族の領域まで侵攻を始めたのは、何時ごろだったのか。
不死者が、獣人が、魚人が、蛇人が、石持て追われ。
闇の眷族たちは、煌々と灯る松明に住処を追われ。
竜族、蛇族は、異形の者よと蔑まれ。
魔王軍はそんな魔族を守るために各地に斥候を置き人間と戦っていた。
相応の痛みには相応の償いを。
人間が侵攻するならば、魔族とて黙っていないのだ・・・。
アマレッティは藍の髪を揺らしながらアルファーレンに対峙した。
「まあ、腹が立つかもしれないけど、エミーの一番は間違いなく兄上だよ。だから、ゾンビに妬くのは無しって事で!」
「・・・」
アルファーレンは無言だったが、身を覆う紅蓮が収まって行く。瞳の紅も今は・・・青銀。
それを見て、やれやれと息をついたアマレッティだったが、窓の下を見て、眉を顰めた。
「兄上、あれ・・・夜の眷属じゃねえ?」
その声に、アルファーレンは秀麗な眉を歪ませた。
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「ごきげんよう。出来損ないの姉上」
声は突然だった。
頭の上から蔑んだ声で姉上と呼ばれて、エイミールは面食らった顔で相手を見た。
相手は、短めの黒髪に黒い瞳の白皙の美貌の主だった。
年のころは十五・六歳くらいか?
背中から黒い羽を出して、緩く羽ばたき浮かんでいた。
「・・・どなた、ですか?」
エイミールが尋ねる。
すると少年はエイミールの周りをふわふわと漂って、じっくりと彼女を見つめた後で、ふんと意地悪く笑って言ったのだ。
「本当に幼いな!魔力も欠片しか感じない!髪は金色だし、瞳は翠!あんた、ほんとに出来損ないなんだな」
悪意に満ちた目線でエイミールを見る少年に、彼女は声もなかった。
ただ呆然と悪意に満ちた白皙の美貌を見つめた。
その顔を見て、少年が瞳を輝かせる。
だが、切れたのは傍らに居たゾンビだった。
「嬢様を侮辱するのは止めなさい」
静かに言い聞かせるように。噛んで含めるようにレイが言う。
それに侮蔑の目線を投げやって、少年はさらに嘲笑った。
「・・・穢れたゾンビ如きと話が弾むのだ。貴女が出来損ないなのは今更なのかもな」
「・・・訂正を。彼はけして穢れた存在ではありません。ただ、種が違うだけです。貴方は犬を犬だと言って蔑むのですか?」
レイをけなされて、エイミールは静かに腹を立てていた。悪意ある者の言葉に負けている場合ではない。諭すように言う。
「賢しい口を!だが、まあ、知能は発達しているようだ。ならば、むしろ話は早い」
そう言って、少年は羽に風を含ませて、エイミールの髪を嬲った。
「・・・俺はね。姉上。あんたの弟だ。あんたを生んだ女から生まれた一歳違いの義弟だよ」
おとうと。
その言葉はゆっくりと染み込み、エイミールは理解するも、戸惑っていた。
「おとうと?でも、年が・・・」
「はっ!何も知らないんだな。いや、知らされていない、のか。なるほど溺愛、というのもあながち間違ってはいないのか!いいかい、姉上。俺達、夜の眷属は、一年で三歳分年を取るんだ。俺は、五歳だから、身体的には十五、くらいかな」
産まれてから、どんどん成長していって身体能力で最高の時に成長が止まるんだぜ!
なのに、あんたはまだまだ幼いまんまだ!俺より一年も前に産まれているのに、俺より随分と幼いじゃないか!
・・・これが出来損ないじゃなかったら、なんと言えばいい?
そう言って、少年はエイミールの瞳の中を覗き込んだ。
けれども。
それを聞いて納得していたのは、他でもないレイだった。うんうんと頷く。
「ああ、なるほど。だから、嬢様は大人びていらっしゃるのですね」
それでは、今、嬢様の精神年齢は、十八歳ですか・・・。ぴちぴちですな!
見た目六歳児。如かして精神的には十八歳。・・・なんでしょう、ぞくぞくして参りますなぁ。
それから傍らの羽つき少年を顧みて、包帯の影で大きくこれ見よがしにため息をついてやった。
はあ、やれやれって感じだ。レイの、その仕草に少年が睨む。
「・・・餓鬼。ですな。好きな女の子を虐めるのはおよしなさい。みっともない・・・」
しみじみとした、レイの呟きだった。
その呟きに、はたして羽つき少年が真っ赤になった!
「んな!なんだと!お、俺は別に!」
「・・・最近、夜の眷属の長老から、子供を一人、魔王付きの従者に出来ないかと要請が盛んでね・・・」
「んぐ!い、言うなあっ!」
ゾンビに食って掛かるも、なぜか、風が阻んでゾンビに近寄れない。
じたばたと空中で身動きする少年に、エイミールが眼をぱちくりとさせた。
「・・・なんでも、一目惚れした相手が魔王閣下の妹君だとか・・・」
「き、貴様あぁー!!!」
尚ももがく羽つき少年に、レイは冷めた眼差しをやった。(・・・まあ、瞳濁っているけど!)
ふん。と鼻を鳴らしてゾンビはきつい語調で言った。
「姉君の気を引きたい気持ちは分かりますが、他人の身体的特徴をあげつらって傷付けていいわけありませんよ。金の髪、翠の瞳に生まれたのは彼女のせいですか?彼女が望んでそうなったわけではありませんでしょう?先天的なものをあげつらう事ほど醜いものはありません」
その言葉に少年は真っ赤な顔で悔しそうにゾンビを睨みつけた。
「ゾンビ如きに・・・!」
ぎりぎりと呟くも、しかし、目線はすでに弱い。
彼はゾンビの前に敗北を確信した。
羽がもがく様に一、二度羽ばたき、静まった。
ゆらりと地に降り立つ。
それを見て、レイが言った。
「改めて自己紹介をなさい。初めての姉と弟の対面が、意地悪な言葉に満ちた醜いものであって良い訳がありません。さあ」
それに、少年が観念したように呟いた。
「・・・俺、いや、僕は・・・貴女の弟の、レミレア・パルナスです。・・・姉上・・・」
その顔は。
真っ赤に染まって目線をエイミールに合わせることすら出来なかった。
ツンデレ!
ツンデレ属性の弟君。デレるの早いよ・・・。がっくし。