第七話:不死者と義妹
魔王直属側近達の執務室。
・・・そこは傍目にみると、動物園・・・。
鳥顔だったり、兎だったり、狼だったり。(獣人族)
ワニだったり、蛇だったり、蜥蜴?竜?だったり。(竜族・蛇族)
そして。
ゾンビだったり・・・。(アンデッド族)
「包帯巻け!」
アマレッティが叫びながら新顔のゾンビに包帯を投げつけた。
「急げ!エミーが来る!」
もたもたと、巻きつけていたら、小さなノックの音。そして扉が開かれて。
・・・ぱたり。
かすかな音と共に、エイミールが気絶した。
うああ。と天を仰いで、アマレッティが呻く。
それを横目にアルファーレンが歩み寄り、優しく抱き上げた。
愛しい妹を気絶させたというのに、われらが魔王閣下の、機嫌は悪くないようだ。
(まあ。エミーが怖がって気絶するような奴、ライバルになりっこないもんな!)by、アマレッティ。
「やすませて来る」
そういいおいて、私室(エミー観察部屋)に向けて歩き出した。
まさかね。
・・・ゾンビがライバルになるなんて誰も思ってなかったもんなぁ・・・(しみじみ)。
ゾンビは気のいい奴だった。
死肉を好んで食べる以外は、花が好きで、生きている動物が好きな奴だった。もちろん、子供も。
腐りかけて白を通り越し、赤茶色の瞳が、駆け回る犬(双頭)を微笑ましそうにみていた。
自分の姿が余り見栄えのいいものじゃないと知っていたから、エイミールに近寄る事もなかった。
また、気絶されたら、心苦しいなんてものじゃないから。
お花のように可愛らしい女の子は、明るく華やかに微笑んでいるべきだ。泣き顔なんかごめんだよ。
それが、彼。
アンデッド族いちの見識家、レイ・テッドだった。
死んでアンデッドになるまでは、当たり前だが人間で、不死者になったのも自業自得。
レイは類稀な才能を持つ、魔法使いだったのだ。
生前の彼は数多の使い魔を使役し、数多くの精霊を従えていた。
使う魔術の威力は凄まじく、国を賭けて戦い、勝利したほどの偉大なる魔法使い。
だが、彼は自分の力を過信する余り、禁呪に手を出した。
不老不死の魔法。
・・・まあ。
不死は叶えられたんだから、レイが結構いい魔法使いだった事は証明できる。
だが、レイは詰めが甘かった。
「不老」の魔法に失敗したのだ。
日々老い続け、やがて、身体機能の劣化が進み、身体のあちこちが疲弊していく。指先が腐って落ちても、内臓が腐り爛れても、腹腔内に水が溜まり膨れても、死ねない。
筋肉が衰え、腐り始めて異臭を発しても、彼は死ねなかった。
人間界に居場所がなくなって彼は、使い魔に懇願した。
殺してくれ。と。
使い魔の答えは。
おいでませ、魔界へ!だった。
人としての枠にこだわるから、疲弊するんだ。いっそはじめからアンデットだと思えばいいじゃん!
そう使い魔に説得された彼は・・・納得した(!)。
彼は魔界で心穏やかに暮らし始めた。
化け物!と叫び追いかけてきた人間たちはもう居ない。
彼の知識を魔法を利用し、私腹を肥やそうとした輩もいない。
魔界の水が合うって言うのかな?ゾンビ友達も沢山出来た。
そして、仕事。
なんと博識を買われて、魔王側近の仲間入りを果たした。
今代の魔王閣下は、勉強家の彼も舌を巻くほどの博識家。元人間だった彼から得る知識に、重きを置いてくれているようだった。
毎日が楽しかった。
その楽しい毎日に彩を添えてくれているのが、魔王閣下がこよなく愛する義妹姫。
エイミール嬢だった。
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毎朝の日課となってきた、包帯を巻く。
腐った肉が落ちないように、目玉が飛び出さないように。指先は特に丁寧に。
頭の天辺から巻き始めて顔を覆い、首を覆い、腕を指先までを丁寧に覆っていく。
それから、匂い取りの花をポケットに忍ばせる。
鏡で見て、準備完了。出勤。
魔王城の執務室で自分の定位地に着くと仕事を始めた。
休みなく精査し、決済していく。所見を書き込み、注意点をまとめ、どこの部署にいっても分かるように。抜かりなく落ちは無いかを確かめて。
すると、周りの同僚がそわそわし始めた。
それに、ああ、そろそろか。と思い至る。
そっと、席を立ちアマレッティ様に言付けて、部屋を出ようとして・・・花とであった。
ああ、しまった。間に合わなかったか。そう思ったのもつかの間、急いでそこを離れようとした時、花が。
可憐な花が。行く先を遮った。
え。と思う間に、花が先を急ぐように話し出した。
「あ、あの、この間は気絶してしまってすいませんでした!お気を悪くなされたのでしょう?あの後、お茶の時間にいらっしゃらないから・・・」
ああ、声を出さなければ。この花は勘違いをしている。気を悪くするはずなどないじゃないか。だって私は、化け物の中の化け物なんだから。
「・・・いいえ。気など悪くしてません。嬢様。私はただ、みなのお茶の時間に異臭がしてはいけないと思い、この場を辞しているだけです。けしてそのような・・・」
「じゃあ、いつも、みんなとお茶にしないのですか?」
「ええ。・・・嬢様、ご覧の通り、私はゾンビです。腐臭を嫌う方も居るでしょう?休憩時間くらい、良い空気を吸っていただきたいのです。それに、私は、この身体ですから、みなの頂く物が食べられないのです」
「あ、あの、では何時もどこにいらっしゃるのですか?」
「・・・この時間ですと中庭で・・・番犬と遊んでいます」
では。
そう言って歩き出した私を引き止めることはなかったが、背中に戸惑いの目が当たっているのに気がついた。ふ、と笑う。ああ、優しい花だ。優しくて健気な花だ。
魔物の範疇でも最も嫌悪すべき存在にまで、手を差し伸べようというのか。
かつて人だった頃、あんな存在に出会っていれば、もしかすると、禁呪に手など出さなかったのかもしれない。そう思って、レイは笑った。
一方エイミールは、申し訳なさで一杯だった。
ああ、そうか。お茶を飲めない方もいるんだ。不死者の方がどんなものを好むのか、それを準備してこそ、立派なお茶くみじゃないのか!
これでは、にいさまのお役に立ててなど・・・いないのでは?
そう思い至ってゾクリとした。
役に立てなければ。・・・にいさまに、いつかいらないって言われてしまう!
エイミールはお茶を配り終えると、彼の後を追いかけた。
その姿を見た魔王閣下の機嫌が下降修正されたのは言うまでもない。
中庭にいるとの言葉を頼りに追いかけると、はたして彼はそこにいた。
風に包帯が舞っている。
その目は死者のものだったが、優しく、駆け回る犬(双頭)を見ていた。
穏やかだった。静かに静かに、彼はそこにいた。
行く雲の流れを目で追い、風を楽しみ、土を草花を慈しむ。それは生きている者の謳歌に耳を澄ましているようで。静謐な一片だった。
その静謐さを壊しはしないかとの少しの恐れと共に、エイミールは彼の隣に腰を下ろした。
「・・・嬢様・・・」
「教えてくださいませんか?不死者の方はどのようなものを好むのですか?お茶の時間にこちらに準備いたします」
「・・・いいえ。もったいないお言葉です。私などのためにそこまで言って下さっただけで十分です。不死者が好むもの、それは腐肉。死肉です。そんなもの嬢様に準備していただくなんて、とてもとても」
そう言って(多分)苦笑した彼に、エイミールは何かをしたかった。お茶の時間を提供できないなら、何をすればいいのだろう?
静謐な印象の彼は、アルファーレンのまとう空気にどこか似ている。
・・・アルファーレンにいさまならば、何もせずともただ一緒にいるのが嬉しいといってくれるのだが。と思ってエイミールははっとした。
そうだ。何もせずともただ一緒にひと時を共有すればいいのではないか?
お茶もお菓子ももてなしにはならない。むしろ、居心地の悪さをもたらすものでしかないのだ。
ならば。
「あの・・・。こうして午後一緒に庭を見ていてもいいですか?」
その申し出に彼は瞠目し、それから、笑ったのだ。
風薫る(腐臭を乗せて)。中庭に座って戯れる犬の鑑賞(ただし双頭)。
花の揺らぎに微笑む静謐な印象の・・・ゾンビ。
その隣に、ちま。と座って同じく風に吹かれ、花を愛でる美少女。
うん。絵になる。
あ。魔王城の執務室では大荒れ気味の魔王閣下が氷河期並の冷気製造中。