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第六話:執務と義妹

 冷めた眼差しで辺りを見ていた。

 毎日が、変わりばえのない単調な日々の積み重ね。

 父である魔王の指示の通りに遠征し戦に明け暮れ、虐殺し、殲滅し、魔物も人間というイキモノも、区別なく敵はすべて殺してきた。

 賞賛の声も、羨望の眼差しも、意味などなかった。

 慈しむ者などいなかった。

 心預けて穏やかに在れる時などなかった。

 ただ、空いていた。

 空虚で、虚ろな魂の入れ物。


 それが、わたしだった。


 ある時、父魔王に呼ばれてそこへ行ったのはほんの偶然だった。

 父の何番目かの妻がそこにいた。

 彼女は黒い髪、黒色の瞳の、優雅な美貌の「夜の眷属」の特徴を持った女だった。

 夜の眷属とは、吸血族、夢魔族、淫魔族の総称だ。

 その夜遅く、その女が嬰児を産んだ。

 およそ、子を持つにふさわしくない女が、エイミールの母だった。


 女がエイミールを産み落とし、その美しさに父魔王があろうことか、神を賛美し、崩御した時。

 女は。

 子を・・・エイミールを縊り殺そうとしていた。

 「・・・何をしている」

 私の声に驚いた顔で振り返った女は、黒髪を振り乱しながら、怒りに満ちた眼差しで私を射った。

 「魔王崩御を誘発した赤子など、不吉でしょう!しかもこの赤子、夜の眷属の纏う色をしておりませぬ!金の髪など、どうして!わたくしの子のはずなのに、どうして!!」

 そう言って髪振り乱しながら、生まれたばかりの赤子の首に手をかける・・・おんな


 見苦しかった。


 ただそれだけ。


 それ以上の感情はなかった。


 「・・・要らぬ子ならば、置いていけ。お前が、これからを懸けていた父も死んだ。これからは戦になる。誰もおまえを守ってなぞくれぬぞ」

 そう、ため息をつくように言い捨てた。

 いった言葉に瞠目した女が、怯えたように辺りを見回し、そして、子捨てをするのに時間は掛からなかった。

 背中から黒い翼が飛び出し、風を含ませるように二、三度羽ばたかせ・・・飛び去った。

 それを見送るでもなく見たあと、さて居城へ帰るかと踵を返した時。

 くん。と衣服が引き攣れる感じがした。

 力を込めて身を返せば外れるほどの軽い拘束感。

 なにか、と見ればそれは・・・赤子の掌だった。

 きっちりと握られた、マントの裾。

 あの女が翼をはためかせた時、赤子にマントが被さったのか、その裾を、赤子が握っていた。

 そして・・・瞳。

 その瞳。

 翠の瞳が・・・私を捕らえていた。

 吸い込まれるような感覚を、初めて味わった。

 心捕らえて、心臓までもが囚われた。


 私を捕らえて離さない、その無垢な翠に、今も私は囚われている。


 

 **************************


 

 「り、リアナージャねえさま、こ、これは、ねえさまだから似合うので、私にはまだ早いと・・・」

 「なーにを言うておるのじゃ!わらわのエミーに似合わぬものなどないっ!」

 いつかこれと似たような言葉を聞いた気がする・・・。

 給湯室と言う名の、エミーのための部屋。・・・と見せかけた、実はアルファーレンの「エミー観察部屋」から、リアナージャとエイミールの声が、ここ、魔王執務室に響いてくる。

 その声に。

 ・・・まーた、リア兄上がエミーで遊んでいるな・・・。と思い至って、アマレッティは頭痛がしてきた。

 側で書類を捲っているアルファーレンの手がぴく、と動く。

 一段と寒気が強まり、側近達の緊張感が高まっていく。

 ・・・威圧するな!不機嫌なのは分かったけど、冷気を高めるなあっ!!!

 息が詰まる!くうき!空気プリーズ!

 うう、無言の威圧は、リアナージャ兄上自身にお願いする!!!ってか、とばっちりはこっちに来るんだよ!この冷たい空気に耐えられず、昏倒する柔な奴の仕事を、誰が引き受けると思ってんだー!

 内心の思いのままに、アマレッティはアルファーレンに進言した。

 「あ、兄上!悪ふざけを止めてきてくれよ!リア兄上、俺の言う事なんか聞いちゃくれねーからさ!」

 頼むわ!

 そう軽く頼んで、自分は残りの仕事に精を出す。

 後は任せた!リアナージャ兄上!嫉妬に狂った男の冷たい目線に何時まで我慢できるかなー?そう思って、けけけ、とほくそえんで。寒気が氷河期に突入するなんて思ってもいなかったのだ・・・。


 かたと小さな音を立てて椅子から立ち上がった美丈夫が、隣の部屋に消えていった。

 それを見送り、ほっと、肩の力を抜く。

 周りの側近達も目に見えて顔色が良くなった。

 うんうん。こうでなくっちゃね。


 目の前には、肌も露な黒い薄絹を羽織った幼女と・・・一見爆裂巨乳美女。

 アルファーレンはそれを見た瞬間、鼻血を吹かなかった自分を褒めていた。もちろん、リアナージャの艶姿に、ではない。エイミールの、稀な姿に滾る劣情を押さえ込むのに必死だった。

 黒!ここまで黒を着こなすとは!

 白い肌とのコントラストが最高だぞ。流石、私のエミー!!!

 「おお!どうじゃ、アルファーレン!エミーとおそろいなのじゃー!」

 「・・・巨乳邪魔」

 大胆なカットが、胸元をV字に切り裂き、へそまで達している。たわわな胸を持つ美女が着る分にはいかんなくセクシーさを発揮する代物。背中も大胆に切り込まれているので、ドレスというより、これは最早・・・。

 「下着ではないのか?」

 「に、にいさま・・・」

 「むう!わらわを巨乳扱いとは!アルファーレンめ!そこを動くな!覚悟せいよ、エミー!!!」

 「は、はいっ!」

 びしっと直立不動したエイミールに、訝しげな顔で、それでもこの類稀な姿を網膜に焼き付けるのだ!とばかりに凝視し続ける義兄。その大胆なドレスは、エイミールに似合っていた。

 「さっき伝授した、あれじゃっ!」

 「あ、は、はいっ!え、えと。に・・・にいさま。アルファーレンにいさま」

 エイミールがアルファーレンを呼ぶ。その赤い唇。羞恥に染まった頬。

 可憐で清楚な少女の、匂い立つ艶姿。

 そして彼女は、姉(兄?)に教えられたとおりに、その動きをなぞった。

 ・・・右足を腰から差し出すように前へ。

 すると、深く切れ込みの入ったドレスの裾から、輝かんばかりの真白な太股が!

 ご丁寧に黒の総レースのガーターベルトまで装着済み。


 その瞬間、前かがみになって何かに敗北した魔王閣下であった。(・・・)


 ぎゃはははははっ!!!ほーれみりゃれっ!あれが悲しい男の性と言うものじゃああっっ!


 わが意を得たりと楽しそうに高笑いを続けるリアナージャ・ナーガ。その前で「・・・殺す・・・」と、悔しそうに恨めしそうに睨みつける魔王閣下の姿は、アマレッティの同情を得るには成功だった。

 

 エイミールのその姿は、それ以後封印される。・・・余りにも破壊力があるので(主に魔王に)。


 リアナージャの微笑みと、エイミールの泣きそうな必死な瞳に見送られ、アルファーレンは仕事に励む。冷気が、氷河期並だった。寒い。寒すぎる。

 ああ、だが。

 八つ当たりといってやるな、かわいそすぎる・・・とは、アマレッティの言葉。

 どれほどの破壊力だったのか、一目見たいな、と思わんでもなかったが、見たらみたで、アルファーレンの寒気が更に研ぎ澄まされるだけなので、ここは遠慮しておこう・・・。と思ったアマレッティであった。

 まあ。

 リアナージャが後に、

 「股間の滾る思いを、表に出せずにいたアルファーレンが哀れじゃったのぅ・・・」

 と、言っていたのだが、これは、伝えない方が身のためだろう。


 **************************


 眠るエイミールを見つめる目には欲望の片鱗が垣間見える。

 安心しきって休むエイミールの掌は、記憶の中のあの掌より随分大きくなったが、今だに華奢な・・・少女の掌。

 それがアルファーレンの服の裾を握りしめていた。

 ふ、とアルファーレンの顔に微笑が浮かぶ。吐息を吐くように微笑んで、瞳のどす黒い欲望がなりを潜めた。

 この義妹を守るのだ。

 身も心もあらゆる災難から守りきって、成長した暁には、誰がなんと言おうとエイミールは、私のものだ。

 そっと、肩口まで毛布を引き上げてやる。

 そのまま、眠るエイミールを見つめて、宵闇を数えた。

 傍らに眠る誰かの存在にこれほど心安らげる日がこようとは。過去の自分からは、想像もつかない。

 欲望を抑えて、瞳に滲む激情を押さえ込んでまで、側にいたいのだ。

 その柔らかいからだを引き裂きたい衝動を抱えている事は否定しない。

 ただ、今までと違うのは。

 身体だけではない。心が欲しいと、この胸が叫ぶのだ。

 寄り添い寄り添って、この先の未来すべて。余すところ無く、欲しいのだ。

 そのために。

 魔王となったのだから。


 アルファーレンは、眠るエイミールをじっと、見詰めていた。 

・・・うん。なんかコメント入れたら魔王閣下に殺されそう・・・。

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