第五話:魔王側近と義妹
魔界において、魔王を補佐する側近達の執務室は、その立場上、魔王の執務室の近くにある。
今代の魔王閣下は、聡明で、静謐な、知性と魔性のバランスの優れた偉人であると名高い、アルファーレン・カルバーン。
彼らは彼の治世が訪れた事に喜びを感じていた。ひざまずいて命令を乞うに値する、魔王閣下。
しかも、彼の後ろ盾に名乗りを上げたのは、魔王がアルファーレンでなければ、彼(彼女)だっただろう程の、実力者・・・リアナージャ・ナーガ。
そして、アルファーレンが最も信頼を寄せている(?)アマレッティ・ゼランドであった。
魔王の側を固める、鉄壁の布陣!
それは、側近達の仕事に対する原動力となってもいた。
そして、今日も。
執務室の中は、熱気と活気がこもっていた。
与えられた仕事は山ほどある。
アルファーレン閣下は、妥協してくれないので全力で持って力を・・・結果を見せねば即刻首が飛ぶ。だが、それは一種の緊迫感。仕事をこなす上では必要な緊張だった。
そしてそれを癒してくれる者の存在は、偉大。
(そろそろ・・・)
(そろそろか?)
そわそわ。
しかし、表に出しては不味いので、顔は真剣な面持ちで、厳しくきりりと。
と。
ふわふわとした金色の髪が、整然と整えられた机の合間を縫っていく。
そっと丁寧に、だけど、邪魔にならないように机の隅にコトリ置かれる、ティーカップ。カップの横には恐らく手作りのクッキーが。
軽く会釈をして下がっていく少女の服装は。
淡いシフォンの幾重にも重なった春色の・・・ふわりとしたドレス。
少女から大人への遠く長い階段を昇り切らないその華奢なからだのラインが、伺える。
彼女の姿を間近で凝視してはならない。
彼女に声を掛けてはいけない。
あくまで彼女は空気のごとく扱うべし・・・。
・・・しかし。彼女の姿が消え去った、執務室では。
(((((リアナージャ様、グッジョブッッ!!!)))))
魔王側近と言う立場を嬉しく噛みしめ身悶えている、(おそらく)魔王軍最高幹部たち(・・・いいのかそれで・・・)
彼らは、少女を着飾らせてくれた、リアナージャに賞賛の声を盛大にあげた。・・・内心で。
だって。
・・・アルファーレン様に、われらが喜んでいるなんてばれたら、「エイミール嬢の魅惑のティータイム」がなくなってしまうではないかあっ!!!
聡明で理知的な我等が魔王閣下の、義妹に対する尋常ならざる愛情は、如何な鈍い我等にも、目に見えて明らかだから!
・・・触ったら殺される。
・・・声を掛けたら呪われる。
・・・め、目なんか合わして微笑み交わしてしまった日には・・・!!!(ひいいいいっ)
・・・きっと明日の朝日は拝めまい・・・。
だから彼らは一心に仕事に励む。脇目もふらずに一心に。
頑張っている人には、クッキーの枚数が一枚多くなるんだぞー(うらやましいだろう!)。
エイミール嬢は、そこんとこを良くご存知なのだ!まだ御年6歳なのに!
魔王城に引越しなさってきたばかりの頃は、狼男を見ちゃ泣き、ゾンビ見ちゃ気絶し、空を飛ぼうと奮起してはアマレッティ様に止められていたのにねー(しみじみ)。
魔王の代替わりのために忙しかったアルファーレン閣下ともすれ違いとあって、あの当時、エイミール嬢はどことなく寂しそうだった。
そこで、一計を案じたのが、アマレッティ様。
「エイミールのお茶は美味いからな。午後の執務の合間にお茶を入れて欲しいんだ」
そう言って、渋るアルファーレン様を説得した。
「何もしない、させないままで部屋に入れておくのは、監禁しているのと同じだぞ」
「何かひとつ仕事を持たせて、生き生きとしたエミーを見たくはないか?」
「アルファーレン兄上が言ったんだぞ。エミーの作る菓子は最高だって!俺ももう一度、食いたい!!!」
・・・うむ。まあ、最後はまるで餓鬼の駄々だったが(不敬か?)
そして始まるデリバリータイム。
始めは妖精族かと思った。
絶滅したと言われている、精霊種の生き残りかと。
それほど彼女は可憐だった。
そして、リアナージャ様の悪ふざけが始まる。
始めは可愛らしく。
それがだんだんと裾が短くなり少し屈むくらいで、アンダーがバッチリッ!な状態に。胸元の危うさも、柔らかそうな二の腕も、服の際から除く肌の白さも!
やばいっと思って目を逸らしていた奴のみ、生きて現在ここに居るのだ・・・。(淘汰か・・・)
同志よ!
今日もエイミール嬢は、可憐だった!誓いを忘れて見入ってしまうところだったぞ!
そして、リアナージャ様!
我等で遊ぶのはいいかげんにしてください!
そのうち、マジで魔王閣下が切れますよ!(その前にきっと我らは殺されますが!)
貴女、(貴方?)また魔界大戦勃発させたいのですか!!!
魔王直属側近の心の声は、リアナージャ・ナーガに届くのか・・・?なぞだ。
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エイミールは、ワゴンを押しながら一年前を思い出していた。
アルファーレンの瀟洒な佇まいの居城から、この、荘厳で壮大な魔王城へ来た日の事を。
何もかもが、威圧的で小さなエイミールは押しつぶされそうに感じた。
与えられた部屋は幸い、アルファーレンと同室だったから良かったと感じたが、魔王の世話係と称する女性が幾人も現れて、エイミールを見下ろした。
頭の上できゃんきゃんと叫ばれて、困惑気味に首を傾げていたら、現れたアルファーレンが冷たい眼差しで女達を見、言ったのだ。
「私の世話はエイミールの仕事だ。お前達に用はない。下がれ」
「・・・で、ですが、魔王様、こんな子供では夜伽は無理でございましょう?」
「・・・必要ない。エイミールがいる。貴様らよりも、よほど満足できるぞ」
その言葉になぜか女達に、ぎッと睨まれて立ち竦んだのを覚えている。
聞いたことのない言葉、聞いたことのない口調で話す人々。困惑の色を浮かべていたのだろう、エイミールをアルファーレンは抱き上げた。
優しく抱き上げ、優しい眼差しでエイミールを見つめるその姿に、居た堪れなさを感じた女達が部屋から出て行くまで、アルファーレンはエイミールだけを見つめていた。
「にいさま、よとぎってなんですか?」
「エイミールはまだ知らんで良い。だが、いつか、必ずこの兄が教えてやるぞ。だから、誰かに夜伽をしろと命じられたら、私の名を出して逃げておいで」
いいね?
そう真剣な顔で言い聞かせるから、あの時、エイミールは訳も分からずに頷いた。
よとぎは知らなくていいこと。だけど、いつかにいさまが教えてくれる事。そして他の人に乞われたら、逃げる事・・・。
うん。と、ひとつ頷いて、エイミールはアルファーレンの胸に顔を埋めた。いつもの、アルファーレンの静謐な香りがする。胸いっぱいにその香りを吸い込んで、エイミールは目を閉じた。
あれから、一年がたって、エイミールは六歳になっていた。
うんうんとワゴンを押して、お茶を出し、お菓子を配る。
飲み干されたカップを回収して洗って拭いてかたずける。
給湯室は簡素な部屋だったが、エイミールがお茶を入れるようになってから、急に予算がついて、激変した部屋だった。
アマレッティが揃えてくれた、お菓子つくりに必要な器具一式。大きな冷蔵庫。オーブンまである。
管理責任者の欄に「エイミール・リルメル」と名前も書いてある。
大きな机もあって、先生がここまで来てくれるので勉強だってここで出来る。
ここでお菓子を作っていると、寂しさも薄れてニコニコ顔になってしまう、エイミールだった。
だって・・・。
顔を上げると、アルファーレンの横顔が見えた。じっと見つめて、それからまたお菓子つくりに没頭する。
・・・給湯室。名前は地味だが、魔王執務室の続き部屋がそれ、だった・・・。
そして、エイミールは知らない。
エイミールが菓子を作っているとき。勉学に励んでいる時。
その日々変わる彼女の表情を、舐めるように見つめているアルファーレンがいることを。
柔らかいからだを抱きしめて、口づけで翻弄したい衝動を堪えて耐えている義兄がいることに。
・・・気付かないのはむしろ、幸せなのかもしれないが。
気付いたら速攻喰われるね。