第四話:変態(シスコン)と義妹
五歳の生誕の祝いに贈られた優美なドレス。
エイミールの可憐さを最大限引き出す完璧なつくりで、淡い青銀の輝きが目にも鮮やかなそれ。
「独占欲を感じるのぅ・・・」
「あー・・・。自分の色合いを身に纏わせて、着せるのもアルファーレンなら、脱がせるのもアルファーレンだな。見てよ、リア兄上。背中、ファスナーじゃないんだぜ?全部貝殻磨いた磨きボタンだ」
しかも、その数!
まるで真珠の輝きの小さなボタンが、エイミールの背中をたて一線に飾っている!
「うむ。執念を感じるのぅ・・・」
「俺ならあんな面倒な服、引きちぎってしまうけど、エイミールはなぁ・・・。きっと言われるまま背中を差し出してるに違いない」
完全に慕いきっていて、危険など感じないのだろう。半裸の背を、一つ一つ留めていくボタンの影でしっかりと目に焼き付けているに違いないのに。あの変態め!
「なんか、悔しいのぅ・・・」
半分嫉妬。半分呆れて見つめる先に、まるで絵画のように、義兄と義妹。
青銀の髪、青銀の瞳の美貌が目を細めて、金の髪、翠の瞳の美少女を見つめていた。
愛しさを隠そうともしないその眼差しは、悲しいかな、幼い少女には気付かれもしないが。
愛らしい少女はアルファーレンが選んだドレスに身を包んで微笑んでいた。
金の髪を飾るリボンも、やや高い位置で結ばれた腰のリボンも、スカートの裾を飾るレーシーなフリルも、足元を飾る靴下も、その靴までも!・・・落ち着いた色合いの、青銀だった。
アルファーレンの無言の執着を絵に描いたような、少女。
その愛らしい少女が、身の丈には不釣合いな大きさのポットを抱え上げ、お茶を入れ、更にお菓子を手にとって甲斐甲斐しく兄達にサーブするのだ。
可愛らしすぎる!
反則物の可愛らしさだ!
「リアナージャねえさま、お茶をもう一杯いかがですか?アマレッティにいさま、こちらのお菓子、御口にあうでしょうか?」
「うむ。頂こうかの。エミーはお茶を入れるのが上手じゃの」
「エミーが用意する菓子は、いつも工夫がされていて、美味いぞ」
「・・・当然だ。エミー手ずからの作品だからな。幼くとも、エミーの菓子の腕は確かだぞ」
アルファーレンが自慢げに頷いた(ただし無表情)。
ある時、エミーがたまたま作った菓子をアルファーレンが褒めた事があった。
それから、エミーは勉強の合間にお菓子作りを城の料理長に習い始めたのだ。
すべては、アルファーレンのために。
甘いものが苦手な彼の口に合うように吟味された菓子は、今や、城の料理長自らが、エミーに教授して製作されている。
さくりと食むと、ほろりと崩れる食感の焼き菓子。
酸味のきつい果物を使った木の実の焼き菓子。
いずれもお茶に良く合う一品だった。
「あーあ・・・。頑張って役に立とうとしているのが分かるから、無理に引き剥がせないんだよなー、俺・・・」
アマレッティが呟く。
リアナージャが目を細め、愛しげに彼女を見ていた。
午後のひと時、夜半から早朝にかけての戦いが嘘のように穏やかな時間を与えてくれていた。
それが、破られるまで、あとわずか。
喧騒は突然に。
唐突にやって来た。
けたたましい男女の声。それも、一人やふたりではなく。幾人もの、声が。瀟洒な城の佇まいに楔を打った。
「アルファーレン新魔王さま。御前に御意を得ます。わたくし、魔王閣下のお力に添おうと馳せ参じました。どうぞ、お側近くに仕えさせて下さいませ」
「始めて御意を得ます。魔王閣下」
「魔王閣下。どうぞ、わたくしを召抱えてくださいませ・・・」
「なんじゃ、藪から棒に。寛いでおるのが分からんのか、無粋な奴等め!」
リアナージャの声に、そこに集まった輩が慌てて膝をつく。
「「「リアナージャさま・・・!!!」」」
「いやだね。空気の読めない奴は嫌いだよ」
アマレッティの不満の声に居並ぶ者が顔を白く変化させた。
「「「アマレッティさま・・・!!!」」」
「消えろ。ここに誰が入って良いと言ったのだ」
新しい魔王閣下の静かな声に、その場に伏せた者どもの、顔色が更に白くなった。
確かに、城の侍従長が制止するのを数の力で持って抜けてきたのだ。
祝いに来たのだ、何が悪い!と言い放ってまで。
新魔王に早く目通りしたい一心で・・・打算が見て取れるものであったが。
そして彼らは思いだす。
魔王となった彼が示した力の、他の公子との歴然とした違いを。
あれは、虐殺だったのだ。問答無用で殺しつくしていた。不要と見なした者どもを、草を刈るようにあっさりと。
そして、その魔王の不興を買ったのだ。恐れを抱いた彼らは、目を泳がせて、我を救ってくれる者を捜した。
魔王に進言できる、たった一人の・・・少女を。その少女の姿を目にしたのが、最後の僥倖だった。
「「「私のエミーを、汚らわしい目に映すな!」」」
彼女の義兄三人が、その場に言い放った。
リアナージャが優美に動き、その胸にエイミールを抱きこんだ。
アマレッティの魔力が、場を一周する。
アルファーレンの氷のきらめきがあたりを幻想的に輝かせ、その美しさの中で息絶えるのだと思い知った痴れ者たちだったが。
・・・震えるもの。立ちすくむもの。怯えるもの。それぞれの顔が紙のように白かった。
だが、だが・・・生きている!
おろおろと目を泳がせた彼らは、悟った。
あの少女がここに居るから。だから我らは生かされたのだ。
「失せろ」
魔王の声に今度は皆が、素早く従って消え去った。
リアナージャの胸の谷間で窒息しかかっていた、エイミールが、ぷはあっ!と息をついた頃には。
四人以外、居なかった。
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「アルファーレンよ。わらわはお前を支持しよう。だが、お前に取り入ろうとする輩が、エミーに近付いてくるであろ。痴れ者どもに、どう対処するつもりじゃ?」
エイミールが寝室に入り、アルファーレンに添い寝され、眠った後。
リアナージャが切り出した。
「・・・何も。エミーに近付く奴は容赦しないだけです」
その目が雄弁に、貴方でも。と言っている。そんなアルファーレンの独占欲に、鼻で笑って返すは竜の長。蛇淫の女王。
「ふふ。良いのぅ。邪淫に囚われた男を見るのは本に良い気分じゃ!まあの。今日ここに来た奴等はわらわが手にかけてくれようぞ。せっかく寛いで、良い気分じゃったのに、台無しにされるところじゃったわ!エミーに醜い彼奴らを見せとうない一心であの場は殺さなかったが・・・さて、縊り殺してくるか・・・」
そう言って、立ち上がった美女に。
「あ、俺も俺もー!」
と同意して立ち上がるアマレッティ。
アルファーレンよりやや年下の彼は、藍色の瞳を細めると、ぐぐっと、からだに力を入れた。
爪が鋭く研ぎ澄まされ、口元には鋭い牙が垣間見える。
獣人の性を前面に押し出して、常にない闘争に燃える藍色の瞳、その彼が背中を震わせれば、長い尻尾が現れた。床をぱしんと打ち付ければ、大きく床が抉れていた。
「・・・久しく見ない姿だな・・・」
エイミールを攫った時以来、か。と、アルファーレンが過去に目をやり呟けば。
軽く笑ってアマレッティが、身を低くした。
「んじゃ、ひとっ走り、行ってくるわ!」
言い捨てて、開かれた窓から放たれた矢のように飛び出していく。
それをしばし見つめたリアナージャが。
「では、わらわも」
と。床に身を沈めていく。足が腰が胸が沈んで行き、残すは美貌の顔のみになった頃。
「リアナージャ兄上。・・・エミーの味方になってくれて感謝する」
アルファーレンの呟きに、リアナージャ・ナーガはえもいわれぬ幸福を味わった。
味方。
なんじゃ、この甘酸っぱい感情は!
「・・・そうじゃの。わらわは、エイミールの味方じゃ。いい響きじゃのぅ・・・」
呟きを残して、美貌の男(女?)の姿が沈む。見事な結界崩しであった。
「やはり、リアナージャ兄上は侮れん・・・」
アルファーレンは小さく呟くと、初めての魔王の詔に応じてくれたふたりに、感謝の思いを寄せたのだった。