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第二十四話:金の少女と黒の少女

 夢を見た。


 青銀の眼差しが、優しく弧を描く。

 私の大好きなにいさまの、大好きな、笑顔。

 抱き上げてくれる腕が好き。緩く優しく回してくれる腕の強さも、抱き上げられるたびに掠める、青銀の髪も。静謐な香りが好き。・・・アルファーレンにいさまに抱かれていると安心する。


 藍色の眼差しが好き。企んでいる顔、その煌く眼差しも。

 楽しんでるか?と聞きながら、抱き上げてくれる腕が好き。そのまま、ぐるぐる回されて、眼を回すのも楽しかった。内緒だぞ!と言い合って、ひそひそ話もわくわくした。・・・アマレッティにいさまの明るい笑顔は安心できる。


 黒い艶やかな瞳が好き。美しすぎて困るくらいのお顔を、もったいないくらいに崩しまくって大口開けて豪快に笑う。からかいを含んだ眼差しで、見つめられるとドキドキした。大きなお胸に閉じ込められると息ができなくて困るけど、リアナージャねえさまに包まれると安心する。


 大好きでたまらない、私のにいさまとねえさま。


 静謐なアルファーレンにいさま。剛健なアマレッティにいさま。豪快なリアナージャねえさま。


 ・・・いつか、彼らのお役に立てる私になりたかった。


 精一杯背伸びしても敵わない彼らに、感謝と愛情と尊敬を注ぐだけではなく、役に立ちたかった。

 彼らが誇れる妹になりたかったのだ。

 ・・・魔法に出会えたのは幸いだった。

 レイも魔法なら私に向いていると言ってくれた。にいさまも説得して、人界へ赴いたら勉強して、立派な魔法使いになるんだと思っていた。

 魔法使いになって、魔界へ帰ったら、にいさまとねえさまの為になにが出来るだろう?と考えては、嬉しくなった。先の未来が明るく開かれた感じがしたのだ。

 ・・・もう、これで、怯えなくていいんだと思った。

 もう、いつ、捨てられるのか、と怯える事は無いのだ。と・・・思っていた。


 甘い、にいさま達の雰囲気が、青く凄烈さを帯びてくる。眼差しが研ぎ澄まされて、貫く視線が痛い。


 戸惑いに揺れる瞳で彼らを見た。・・・これは、夢のはず。


 訳も無く息苦しくなる。動悸が激しくて、息ができない。・・・でも、夢のはず。


 伸ばした手は弾かれてしまった。・・・これは、夢じゃ、ない、の・・・?


 だってさっきまで、甘く微笑んでいてくれた。

 だってさっきまで、いたずらっ子の眼差しで見守ってくれていた。

 だってさっきまで、艶やかな微笑で私を見つめていてくれた。


 容赦なく投げ捨てられて、冷たい眼差しで睨まれた。


 ・・・これは、現実。


 首筋を締め上げらて、息ができない。

 見つめる先に、いつもなら甘く蕩けるはずの・・・青銀。


 にいさま。

 にいさま。

 にいさま。


 ・・・わたしはもう、いらないの?

 


 *******************************

 

 

 ・・・キリエは宵闇に紛れて人界に潜んでいた。

 身の内に喰らった高位魔族たちの記憶が溶けた鉄のように彼女を苛む。

 記憶を喰う以外は非力な女にとって、渦巻く魔力に、なす術も無く翻弄されるばかりだった。

 いっそのこと高まる魔力に身を任せてしまおうか?

 身を任せれば、無理に自己を保つ必要もなく、自我は薄れ行くだろう。

 溢れる魔力を制御できない自分は最早、魔界領域にとって異物でしかない。

 そそのかして手伝わせた男達をもあわてさせた、その力の本流。

 抑えても抑えても迸る魔力。

 側を離れて、今頃男達は、ほっと一息ついている頃だろう。

 キリエは自嘲しながらそう思った。

 ・・・あの男にとって、実行犯のキリエの存在は諸刃の剣だった。

 早々に屋敷から立ち去れと、声に出さずに言っていた眼差しを思い出す。

 その眼差しは、夜の眷属の長の眼差しに似通っていて、キリエを苛立たせた。

 ・・・長はもういないのだ。自分を縛るものはもういない。

 操られるまま、他者の記憶を食い尽くすことも無ければ、へまをしたと罵られる事も無いのだ。

 夜の眷属の崩壊も、仲間たちの全滅も・・・夜の眷属の自業自得だと思っていた。

 ただ、いなくなってしまったたった一人の仇をとろうと、乗り込んだ先で、その人の姿を目にするなんて・・・。

 なんて、現実。

 蹲りながら、腹に収めた高位魔力を抑える。もう何時間そうしているのか判らなくなっていた。

 がつん、がつん、と頭を打ちつけ、血を流しながらも自我を保ち、必死に押さえつける魔力。

 腹の中で渦を巻く記憶に、押しつぶされそうになる。

 元凶はあの娘だった。

 長が嘲りながらも、その影響力を手に入れることを夢見ていた娘。

 『あれを手に入れれば、我らはまた表舞台にたてる!』

 出来損ないで、役立たずな不吉な娘だと罵られていた金の娘。

 内在する力を制御できずに恐れられ、蔑まれたおぞましい黒の娘。

 夜の眷属でありながら、どちらも。

 夜の眷属に認められずに捨てられた・・・忘れられた娘ふたり。


 黒の私と金のお前。

 

 甘やかな記憶が、脳裏で渦を巻く。

 腹立たしくて何度も何度も頭を地に打ち付けた。

 笑う金の娘の映像が、胸を焦がす。

 身を苛む。

 こんなにも、大事にされていたのだ。魔王の側であの娘は。

 誰の記憶の中にも、この娘の笑顔が在った。

 はにかんだ笑顔、煌く翠の瞳、優美に弧を描く艶やかな唇。

 華のような、少女。

 大事に大切に育まれた、金の娘。

 悔しかった。うらやましかった。妬ましかった。

 ただ、側にいて微笑んでくれる誰かの存在を、それすら望めなかった自分と。

 溢れんばかりの愛情に包まれ、慈しまれていたお前と。

 何が違ったのだろう。

 同じ夜の眷属に生まれ、同じく忌み嫌われておきながら。

 ・・・蔑まれ罵られ愛など感じたことの無い私と、愛情に包まれ過ごしてきたお前。

 うらやましくて。妬ましくて。


 ・・・たまらなかったのだ。


 *****************************



 ・・・うずくまったまま、内の魔力の本流に苛まれていたキリエは気付かなかった。

 地を踏み駆ける、魔物の存在に。

 地に潜み音も無く近寄る魔物の存在に。

 藍色の魔物と、黒の魔物が、彼女を捜しここへ来たことに。



 「やっと見つけた!」

 威圧をこめた眼差しで見詰められて、ざっと鳥肌が立った。藍色の獣が、豹のような身のこなしで、うずくまるキリエの前で威嚇の声を上げた。

 じゃり、と土を踏む足。その爪の鋭さに、大地に亀裂が入る。大きく撓った尻尾が揺れる拍子に大地を抉る。

 ぐるる、と獣の喉がなる。

 怒っているのだと物語る藍色の瞳はひた、とキリエに合わさっている。

 逸らせないその眼差しに、背中が粟立った。

 殺される。と思った。

 「アマレッティ、それはわらわの獲物じゃ」

 声と共に地面から、うねる邪身が現れた。空一面を覆うほどの、優美なからだは鱗に覆われている。

 金に光る瞳、大きく裂けた口からは、蛇の舌が踊り出る。常には見せない本性を曝け出してまで追いかけてきた彼らは、お互いを認め合うと、冷めた眼差しを苛立ちに揺らした。

 「・・・こいつは俺の獲物だ」

 「わらわの獲物じゃ!」

 「リアナージャ、手を引け」

 「貴様こそ引かんか!」

 ぎりぎりと見詰め合う二人の前で、今にも息絶えそうな顔色でキリエはうずくまっていた。

 竜族の長と、獣族の長の諍いは、娘の動揺を誘った。

 押さえつけていた・・・押さえ込んでいると思っていた、記憶がまたも膨れ上がったのだ。

 「ぐっ!ううっ」

 胸を掻き毟り、悶絶し始めたキリエの様子に、二人は一瞬、目をキリエに合わせた。

 「げっ!げえっ!」

 こみ上げるものを吐き出そうと腰を折り、地面でのたうつ女を冷めた眼差しで見る。

 合点がいったのだ。

 「・・・馬鹿め。夢魔如きに、俺の記憶が喰えると本当に思ったのか」

 「・・・愚かじゃな。力の差を思い知れ。わらわを甘く見るでないぞ」

 冷めた眼差しで、取るに足りない獲物を見る目で、口端に乗せた言葉。

 キリエは冷水を浴びせかけられた気分だった。

 腹の中で渦巻く記憶の中に、こんな眼差しの彼らはいない。

 いつも柔らかい笑みを浮かべていたはずだ。

 「いつも」それは、金の娘に向けられていた・・・。

 瞬きすら忘れ、見入ってしまった彼らの優しげな眼差し。金の娘に向けられていたそれ。

 ・・・だが、今はもう、ごみを見る目だった。

 そんな目で、見ないで欲しかった。

 そんな、取るに足りないものを見る目で・・・見ないで欲しかった。


 ・・・ただ、私は羨んだだけだ。

 羨ましかった。

 愛されているあの子が。

 妬ましかった。

 愛されているあの子が。

 

 同じ境遇でありながら、愛されて育ったあの子。

 同じ境遇でありながら、愛されず育った私。


 望んでも手を差し伸べてくれる者はおらず、唯一の暖かい記憶の主さえも、あの子に囚われ。

 求めても、何も残らず、足掻いても、抜け出せない自分。

 その絶望感がキリエの気力を殺いでしまった。

 押さえつけていた記憶たちが、外へ出ようと暴れだす。


 ・・・慌てて押さえつけたが、もう、手遅れだった。


 ああ、と吐息をついてキリエが目を閉じる。

 瞬間、霧散した彼女の身体から、淡い輝きがほとばしる。

 泡沫の飛沫のように消えていく輝きたちに手を伸ばし、アマレッティとリアナージャは苦々しく見守った。

 彼らの記憶が消えて行くのを、指先をすり抜けて行く様を・・・見守るしかなかったのだ。

 竜族の長も、獣族の長も、闇に咲く花火を目で追う以外、なす術が無かったのだ。

 そして、キリエの身体も霧散したまま、形を成す事は無かった。

 彼女も、弾け飛んだ記憶たちと同じように。

 ・・・消えたのだ。

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