第二十三話:不死者と皇子 2
残酷注意!リアねーさまが、かーなーリー、やばい人になってます。
男の目の前に妖艶な美貌の女。
「り、リアナージャ、さま・・・」
男が震える声で呼んだ名前は、竜族の長の名前。
リアナージャ・ナーガは圧倒的な魔力と共にそこにいた。
男の目がせわしなく動く。逃げ道を捜し、逃げ口上を捜している、その浅ましい男に、ふんと鼻で笑ったリアナージャが。
「・・・のぅ、ローレン。椅子ぐらい勧めてくれても良かろう?」
「・・・は!た、ただいま!」
その慌てぶりにくく、と笑い、優雅に席に座って見せると、足を組んだ。
手触りの良さそうなドレスの端から覗く、輝かんばかりの美脚。
男の目線が釘付けなのを良い事に、リアナージャは優美に小首をかしげて見せた。
「・・・さて、ローレン・・・。此度の仕業、お主じゃな?・・・あぁ、言い訳は聞かんぞ。嘘も許さぬ。キリエと呼ばれる小娘を出せ、貴様が小娘を庇って死ぬか、小娘を差し出した後で死ぬかの違いじゃ」
男の心境はいかばかりか。
匿っても死。差し出しても死。
ならば?
「・・・お。畏れながら、リアナージャ様!私たちは、けして皆様を亡き者にしようとしたわけでは在りません!む・・・謀反ではないのです。私たちが成した事は、全て、魔族、魔王閣下の御為に、良かれと思って成した事!われわれは、ただひとえに、魔王閣下、側近の皆様方に、目を覚まして頂きたかったのです!魔族こそ、最強!魔族こそ、最良!敬愛する魔王閣下の御為に、煩わしい記憶を取り去ってしまえば、また更なる飛躍が望めると思ったのです!雑多な記憶を取り攫えば、強大な力を振るいやすくなると・・・」
「・・・貴様が思ったのだな。われらではなく」
「り、リアナージャさま!私たちは、決して」
「・・・貴様如き小物に、わらわの記憶は無駄と取られのだな。このリアナージャも堕ちたものよの・・・。貴様如きに、この竜族の長を、侮られるとは・・・」
静かな怒りに身を震わす美女に、男は恐れたじろぎ、そして這い蹲った。
蹲り震えながら、それでも、声を出した。命永らえるために。
「わ・・・私は!魔界を魔王閣下をこよなく敬愛してございます!魔王閣下の御為に、成したのです。謀反ではございません!」
哀れに懇願する男の周りで、リアナージャの魔力が渦を巻く。
濃い魔力に苛まれ男が悲鳴を上げた。
「・・・ローレンよ。それでもそれは、わらわの記憶じゃ。だれにもやらんとわらわが決めた!だから、ひとつ問おう。消えた記憶は戻るのか?」
リアナージャの冷酷に灯る黒の瞳に魅入られて、男はがくがくと首を振った。
「・・・そうか。戻らんか」
リアナージャの呟きはぞっと背中を粟立たせる物だった。
「・・・キ、リエならば、或いは元に戻せるかも・・・そ、そうだ。キリエなら!元はといえば、あいつから持ちかけてきたのです!魔王閣下の御為に成すべき事を成そうと!」
浅ましくも命乞いをし、聞き入れてもらえないなら、仲間を売る。
醜かった。
醜いこの男に、まんまとしてやられたのだ!
リアナージャの怒りは果てが無かった。
「キリエか。しかしそれでも貴様が成した事柄は、目に余る。・・・身を持って後悔するがいい。わらわに、挑んだことを・・・」
リアナージャの魔力が瞬間ふくらみ破裂した。
男の断末魔の声を嫌そうに聞きながら、男を嬲る。
やがて、優雅な指先が、男の眼差しを受けながら伸びていく。爪先が、がくがくと震える男の額につぷ、と突き刺さった。
悲鳴が上がる。男の悲鳴に、哀れな声に、眉を歪めリアナージャは指先を振るった。
脳髄に行きついた爪先から、情報が腕を伝ってくる。
主要な仲間たちの情報。
取るに足りない者たちの中で異彩を放つ・・・女。
キリエの行方を捜した。
「・・・キリエとやらはどこにいるんじゃ。・・・ほぅ・・・もう、魔界にはいないのじゃな?」
男は声もなくリアナージャの優美な爪に脳髄をかき回されているだけだった。
かくかくと頷く。
「・・・ふむ。嘘ではないようじゃな。キリエはどこにいるのじゃ?人界か?」
リアナージャの指先が男の脳髄を探る音が響く。
「他の仲間は、まあ、取るに足りん輩ばかりじゃなあ・・・ガーランドおるか?」
「ここに」
声と共に鱗に覆われた精悍な面立ちの蜥蜴男が姿を現す。
「キリエとやらはわらわが追う。ガーランドは残りの輩を駆逐せよ」
「御意」
男の動きがどこかマリオネットじみてきた。
そろそろ限界かの、とリアナージャは思う。
脳髄に指先を浸し、脳を弄くりながら情報を引き出すのは難しくも無く単純な作業だが、確実な情報が、文字通り手に取るようにわかるので、重宝だった。
更に甚振りながら苦痛を味あわせるのも忘れない。
竜族の長に喧嘩を売ったのだ。報いは受けねばなるまい。
そして散々痛みを与え、気絶すら許さず、長い爪先で四肢をもいでいった。
さくりと切り込めば、切放される、パーツ。
血を浴びながら、冷めた眼差しでリアナージャはかつて動いていたものを見た。
側近の蜥蜴男の目も冷めていた。竜族の長に喧嘩を売って無事でいられるはずなどないのだ。
馬鹿な男だ。と目が言っていた。
「・・・まだ、死ぬでないぞ。死んだら許さぬ。・・・さ、仲間の姿を思い浮かべよ」
どこかうっとりとした表情で、リアナージャが男の耳にそう囁いた。
男の脳が、瞬間仲間の姿を映し出す・・・。
「ぐ、ぎゃ、ああああああっ!」
まさにその時、リアナージャが男の眼球を引きちぎった。
片方の眼球をガーランドに放り投げ、もう片方、血が滴るそれを、舌先に乗せ、ゆっくりと味わう。 男の断末魔の声と同時に、キリエの肖像が、仲間の肖像が、脳裏に浮かぶ。
その姿。細部にわたるまで記憶する。
顔を上げたリアナージャは口角をゆったりと上げて微笑んだ。
「・・・仲間の姿、よう分かった。感謝するぞ、ローレン・・・。ガーランドも良いか?簡単に殺してはならんぞ?苦しめて苦しめて苦しめて・・・それでも殺すな。わらわが止めを刺すのじゃからな」
そう呟いて、結界の中に身を投じていく。足元から順々に床に沈みいくその身体。
「御意」と呟き、ガーランドが恭しく腰を折る。
最後の一瞥もローレンには与えなかった。
愚者の遺体は、原型を留めてはいなかった。誰が見ても、ただの汚物にしか見えないだろう。
「人界か・・・。何百年ぶりかのぅ・・・」
リアナージャ・ナーガは、一人ごち、転移の為に魔力を漲らせた。
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不死者の言質を取ってやや浮かれ気味のディレス・レイはフォルトランを振り返った。
「フォルトラン!天使はどう?動かせそうかな?」
その声にややあってから、フォルトランが頷いた。
「大方の傷は癒しました。だが、やはりこんな森の中より、暖かな寝床のほうがいいでしょう」
気を失っている今動かすのは危険だが、ここに留まるほうが更に危険だ。魔獣もいる。
第一、いつ追っ手が来るのか分からない・・・。
ディレスの言葉にレイとレミレアは頷いた。
そして、「追っ手」と考えた自分達の意識の変化に沈み込んだ。
レイとレミレアは、魔王城のある方角を見上げ、悲しげに眉を寄せた。
青銀の瞳。藍色の瞳。黒の瞳。心配そうに瞳揺らして、追ってくるはずの過保護な方たちがやってこない。
その事実がどこか、悲しかった。
「・・・転移方陣をしきましょう。行き先は・・・リカンナドの王宮前の時計塔でどうですか?」
悲しみを振り払うようにレイが一、二度頭を振り、淡々と声を紡いだ。
その言葉に、ディレスが子供のような顔でレイを見る。
「王宮前の時計塔を、知っているのですか?」
純粋な驚きはディレスを年相応に見せた。
「随分昔、リカンナドに居を置いた事がありました。あれならば、残っているだろうと思ったのです。そこを拠点に転移方陣を敷きます。さ、嬢様の下に集まって」
レイの声にレミレアもディレスも続く。フォルトランは戸惑いの眼差しでレイを見た。
「下準備も無しにいきなり転移ですか?それは少し、無謀では・・・」
「過去に行った国なら転移陣を構築できます。ああ、治癒の術式も消す必要はありませんからね。貴方は嬢様の治癒に専念していてください」
「え・・・!」
フォルトランが驚きの声を上げる。
それもそのはず、別の術式を構築する為には、他の術式が発動していてはいけないのだ。
なのに、この男は事もなく治癒を続けろと言う・・・。
何もかもが規格外の男だった。
その存在も、魔族という事実も、振るう魔法も、その構成力も!
「では行きますよ」
フォルトランの戸惑いに気を使う事もなく、レイは術式を構成し、展開し始めた。
複雑な魔法陣が、青い光を発しながら描かれて行く。縦に横に円を描き線を描く。そしてことさら丁寧にエイミールの横たわる場所を駆け抜けて行く・・・。
かすかな光が明滅し、淡い光が消え去った時、そこに残る姿は無かった。
彼らはダウニーを去ったのだ。
・・・魔族の庇護から脱したのである。
理性のたがなんて無いのが当たり前の魔族にとって、やはり、エイミールは箍だったんです。解き放たれた彼らは怖い。判らずに解いてしまった奴らはこれから後悔するけど、まー、おそいよ・・・。