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第二十二話:不死者と皇子

 光の精霊が暖かく照らす光に包まれて、エイミールは横たわっていた。

 その横顔に苦悶の様子はなく、安心しきって眠っている。

 ・・・フォルトランの手を握り締めて。

 そんなふたりをぎりぎりと睨みつけながら憤る不死者、レイは忌々しげにフォルトランを見た。

 だが、エイミールの気持ちを思えば引き剥がすのは躊躇われる。

 彼女が男の銀髪に誰を重ねているのかは明白だった。

 魔王閣下。

 エイミールの絶対の崇拝者。

 その彼が成した、記憶を喰われていたからと言えども、許せない仕打ち。

 沈思する意識を浮き上がらせて、レミレアに向き直った。

 「レミレア、キリエという女の術は、いつまで続くのです?喰われた記憶は戻るのですか?」

 その問いにレミレアもまた、深く思考に沈んだ。過去に見た、あの術。

 キリエの意識から離れたところで起こったのなら、止めようもなく記憶を全て喰らわれて廃人になっていた。だが、キリエが望んで引き起こした時はどうだった?

 「・・・分からない。キリエが望んで記憶を喰うのは自分だけだったから。いつもは、じいちゃんに術かけられて操られてた。そんなときは喰われた相手も大変だった。意識も全部喰われてしまって・・・再起不能になっていた」

 「では、今回の魔王様は?」

 「・・・分からない。力ある方の記憶を喰ったことはないはずだから、もしかすると、戻るかもしれないけど・・・」

 と、歯切れ悪くぽつぽつと話すレミレア。

 「不確定と言う事ですね」

 レイの言葉に苦い気持ちのまま頷いた。

 エイミールを踏みにじり、消せない怪我を背負わせた、魔王閣下。

 だが、それは彼から記憶を奪わなければ起こるはずのなかった事件。

 そして。

 「・・・記憶が・・・戻ったら苦しむのは結局、魔王閣下だ・・・」

 愛して止まないたった一人の少女を守り抜く気概を持っていた美丈夫は、あの傷を正視できるだろうか?

 「だが、それでも。記憶を戻していただきますぞ。エイミール嬢様のためにも」

 魔王閣下の苦しみも、エイミール嬢の傷に比べれば何ほどのものか!絶対に、記憶を取り戻してもらいますぞ。それまでは、魔王閣下の眼から嬢様を隠し切って見せますとも。

 レイは黒い瞳に力を込めた。

 話を側で聞いていた人間がそっと口を挟んだ。黒髪の男・・・ディレス。

 「レイ殿たちは、魔族なのだろう?この子も・・・その、魔族なのか?」

 ディレスがポツリポツリと話しかけてきた。

 「魔族ですよ。私は不死者で以前は人間でしたが、嬢様も、このレミレアもね、立派な魔族です」

 そう答えたレイにディレスはそっと尋ねた。

 「・・・魔王から逃げてきたのか?」

 その問いにレイは改めて自分達を思い返した。さぞや、慌てて見えたのでしょうねと自嘲する。

 「・・・そうですよ!魔王閣下が馬鹿な奴らの術に嵌ってしまいましてね!混乱なさっているあの方から、尻尾巻いて逃げるしかなかったんです!私達は、嬢様を守れなかったんです!それもこんな、癒せない傷を背負わせてしまったなんて・・・」

 重い溜息を吐きながら、半ば投げやりに言い放つレイに、レミレアも暗く沈んでしまう。

 そんなふたりに、ディレスは慌ててしまった。

 ・・・ダウニーに入ったのは女神を探すため。

 ・・・それは建前で、実際ディレスの狙いは目の前のこの精霊使いだった。

 包帯男を川の側で見つけたときは、いつになく慌ててしまって、思わず、フォルトランと共に指差して叫んだくらいだった。

 不機嫌な感じを隠しもせず踵を返した男に慌てて、追いすがろうとまでした。

 幸い男のほうから、接触を試みてくれたけれども。

 ・・・治癒術を修めていてくれたフォルトランには感謝してもし足りない。

 それほどに、この目の前の男に会いたかった。

 先を急ぐ男の後を追い、たどり着いた先には、同年代の少年と、彼が抱える血塗れの少女。

 虫の息の彼女の治癒を最優先で行って、その合間に、彼らふたりの話を途切れ途切れに聞いていた。

 そして話の端々で大体を掴んだ。

 彼らは理不尽な出来事で魔王の怒りを買ったらしい。・・・だからこうして逃げている。

 魔王は本来ならば少女を守っていたらしい。

 だが、悪意ある者のせいで記憶を喰われ、少女はそのために傷付いた・・・。

 彼らは魔王の記憶を取り戻そうとしている。・・・少女のために。

 ならば、彼らを引き止めるのも、この少女を使えばいいのではないか?

 ディレスは囲いを狭め始める。せっかく飛び込んできてくれたのだ。

 ここで、逃がすわけには・・・いかない。

 「貴殿らはこれからどうするのだ。その・・・力になれることもあるかと思うのだが?」

 「はっ!人間ごときが口を挟むな!」

 レミレアと呼ばれた少年が嘲りの声を上げるも、レイの手が差し出されて押し黙った。

 先を促すような眼差しに、ディレスはレイを見たまま続ける。

 「レイ殿。こんな森の中であの子をどう守る気だ。傷が癒えても失くした血液の量は半端ないようだ。このまま、ここに隠れるつもりか?夜はどうする。冷えてくるぞ。今のあの子には致命的だ」

 レイの眼差しはディレスを捉えたままだった。

 黒い瞳。険呑な眼差しが己を見つめている。怖気そうな自分を奮い立たせ、更に続けた。

 「・・・私と一緒に来ないか。匿ってやりますよ」

 「?」

 一瞬あっけにとられた素の顔でレイがディレスを見た。

 「レイ!」

 レミレアがすかさず牽制の声を上げるも、それを押しやってレイは更に先を促した。

 「・・・それで?」

 「あのこの傷が癒えるまで。何ならその後も隠しましょう。魔族といっても貴方たちみたいな容姿なら人間で通る。傷が癒えるまで、貴方は、私に魔法を教える。傷が治ってもまだ、行き場がないならその後も匿う。そして貴方は私に魔法を教える。それでチャラです」

 「魔法を?いいのですか。人間が魔族に魔法を習うなんて」

 「決めていたんだ。ずっと貴方を捜していた。・・・だから私はここにいる」

 「貴方、誰なんですか?魔族に教えを請うなんて、なんてまあ、破天荒な・・・」

 呆れた声を出すレイの目の前で、ディレス・レイはにっと口角を上げて笑った。

 怖いものなどない、若者特有の無謀な笑みだった。

 「私の名はディレス・レイ。・・・リカンナドの第一皇子です」

 それを聞いたレイの顔は、レミレア曰く、びっくり通り越して意表を突かれた顔だったそうだ。

 「・・・リカンナドの、第一皇子・・・ね」

 ある程度の時間がたってから、レイが歯切れ悪く呟いた。それに頷いてディレスは晴れ晴れとした笑みを見せていった。

 「ええ。ビエナ国の兵の遺体を運んで来たでしょう?あの時あそこにいたのです。圧倒的な魔法力の前に手も足も出なかった!あれからずっと、私は貴方に会いたかった。捜していたんだ。で、あそこで天使に魅入られてる男は、アリアナのフォルトラン・デルサです」

 その答えに、レイは眉をひそめた。レミレアがレイの服の裾を引っ張ってきた。

 「どうするのさ、レイ」

 「・・・悪くないですね。王族の庇護下に入り、魔族、人間の目を眩ませれば、あるいは嬢様を守り通せるかもしれません・・・」

 それに。とレイは思うのだ。

 「嬢様のために探していた魔法学校は・・・リカンナドにありましたな・・・」

 「学校?」

 レミレアの言葉にレイは頷いた。エイミールを思う。

 「レミレア、貴方も私も自分の身は自分で守れますね。けれども、嬢様は・・・」

 レイの言葉にレミレアも頷いた。

 脆いからだ。傷付いて容易く流れる血。

 少女の儚さは、弱さでもあった。それを少しでも無くせるのなら。

 「・・・身を守る術として、魔法は嬢様にとって有効です。魔王閣下の記憶が戻るかどうか、分からないのなら尚の事・・・」

 その声にレミレアも同意した。

 彼女が攻撃された時、彼女の守りが減った今、彼女自らの防衛力を高めておく為にも。

 「魔法」が必要だった。

 魔族に在りながら、魔力の無い彼女が生き延びる唯一の術。

 だから、彼らは魔法力を求めた。

 彼らの唯一を、これ以上泣かせないために。

 「・・・リカンナドの皇子殿下、傷が癒えたら、彼女を魔法学校に入れてくれますか?そうしてくれたなら、私、貴方の先生になってもよろしいですよ」

 ・・・レイのその声に、ディレスは一もにも無く頷いたのだった。



 ****************************



 そして、その頃。

 空を行く従属の男が、キリエに連なる道を探し当てていた。

 そして、もう一人。

 地中深く、結界の網を潜り抜け、竜族の長自らが動いていた。

 幾重にも張り巡らされた、結界の呪符の中。

 静かにゆっくりと破滅が忍び寄っていた。

 すうっと、床が、透き通る。はじめに黒髪の頭が、美貌の顔が、麗しの胸元が、魅惑の腰が、床から抜け出してきた。

 そして。

 驚愕に動けずにいた・・・あまりの魔力に身動きが取れずにいたのだ・・・魔軍幹部の男の前に。

 「・・・見つけた・・・」

 リアナージャ・ナーガはそう言って妖艶に微笑むと、髪を一筋さらりと梳いて見せた。

 その麗しの軌跡に男は目を奪われて、動けなくなってしまった。

 妖艶な物腰の美女に、微笑まれて。


 彼は死を予感した。

  

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