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第十九話:義兄さんにんと義妹 2

今回ちと、痛いです。別人注意。

 執務室の窓が、外に向けて吹き飛ばされた。

 レミレアが必死に翼を使って、黒い靄を追い出そうとする。

 だが・・・。

 魔王執務室の惨状は目に余るものがあった。

 そこここで、倒れている者がいた。

 レミレアは慌てて魔王に近寄った。

 魔王の側に、アマレッティとリアナージャも立っている。倒れてしまった側近連中とはやはり格が違う。レミレアはそう思ったが、安心してはいなかった。

 過去、一度だけ見たことがある。

 あれは、キリエと呼ばれた少女の持つ力だった。

 記憶を跡形もなく喰らい、そのものを再起不能にする・・・。ぞっとした。

 夜の眷属の一員がしでかした事にレミレアは焦っていた。

 「魔王様。・・・アマレッティ様、リアナージャ、さま?」

 眼差しは冷めていた。いつものような、どこかからかいを含んだあの眼差しではなかった。

 そのことに、絶望が走る。

 「・・・キリエ。いるんだろう?何をしたんだ?魔王様達に何をしたんだ!」

 レミレアの叫びに答えるように、黒い靄が集まり、形を成し一人の女となった。

 あの少女の面影を持つ女に、レミレアは詰め寄った。

 「何を・・喰った」

 その言葉にキリエは・・・笑った。

 笑うしかなかった。

 まさか、彼が生きていたなんて!

 そして彼もまた、あの娘の虜になっていたなんて!

 なんて、現実。

 なんて、不運。どこまでもどこまでも、付いて回る忌々しい小娘!

 「キリエ!貴様・・・!」

 壊れたように笑い続けるキリエに業を煮やしたレミレアが声を上げたとき。

 「うるさいな」

 アマレッティの声が遮った。

 慌てて魔王たちを見やれば。そこは。

 険呑な眼差しで見つめる先には、なぜかアルファーレン。

 またアルファーレンも、アマレッティとリアナージャを冷めた眼差しで見つめている。

 そして、リアナージャは尊大な態度で、研ぎ澄ました魔力を漲らせ、彼らを見ていた。

 まさに、一触即発。

 その構図にレミレアが、はっとキリエを見た。

 キリエが笑う。それを見て笑っていた!

 「・・・まっ・・・待って!これは、キリエが記憶を喰ったからだ!どんな記憶を喰ったのか分からないけど、だから、落ち着いてくれ!」

 レミレアの取り成しに、答えるものは誰もいない。


 一触即発のその場を動かすのは、誰にでも出来る事ではなかった。

 だから、澄んだ声が聞こえた時、実はレミレアはほっとしたのだ。

 「アルファーレンにいさま?アマレッティにいさま?リアナージャねえさま?どうしたんですか?」

 エイミールが、レイと共に執務室に入ってきた。

 一見して異常に気付くと。レイは床に倒れこんだ側近幹部達に手を貸し、介抱しようとエイミールから離れた。

 エイミールは顔色を変えてアルファーレンに駆け寄り、怪我の有無は無いか調べようと手を伸ばした。

 ほっとした表情でレミレアがエイミールを見、それから、これでとりあえずは収まるだろうと、思ったその時。

 ぱしん。と。

 アルファーレンがエイミールの手を弾いた。

 それにレミレアとレイの動きが止まる。

 エイミールは、きょとん、とアルファーレンを見た。

 「にいさま?・・・お怪我は?」

 小首を傾げて、アルファーレンを見上げ、そして、もう一度手を伸ばした。

 その手を捻り上げられるなど、考えてもいなかったのだ。

 「・・・!!に、いさま?」

 「・・・だれだ」

 「何者?」

 「だれじゃ、」

 三人の兄の眼差しは。

 エイミールを見てはいなかった。

 それは取るに足りない虫けらを見下ろす眼差しで、エイミールは余りの冷たさに、身体を震わせた。

 「・・・な・・・キリエ!お前、ねえさまの記憶を喰ったのか!?」

 「レミレア殿!魔王様方は、いったいどうなさったのですか!?」

 レイが険しい顔でレミレアにせまる。

 その間も、エイミールは自分を拘束する青銀の眼差しを見つめていた。いつもの瞳、なのに、いつもと違う眼差し。

 エイミールは震える心、そのままに、アルファーレンを呼んだ。

 アマレッティを。

 リアナージャを。

 「にいさま?」

 アルファーレンの眉が眇められる。忌々しそうに少女を見つめると、掴んだままの腕を乱暴に振り上げて。

 投げ捨てた。

 その先は・・・。

 大きく崩れた窓。

 尖るガラス、粉々に砕け散った窓枠。その大きな瓦礫の中に。

 「!!!じょうさまっ!!!「ねえさんっ!!!」

 レイとレミレアの声が重なり、小さな悲鳴が上がった。

 信じられなかった。

 あのアルファーレンが、エイミールを故意に怪我させるなど。

 守るべき少女だといい、実際守りきってきた彼が、彼女に取った仕打ちが。

 だから、レイは動けなかった。

 だから、レミレアは動けなかった。


 アルファーレン・カルバーンが、エイミール・リルメルを、傷つけるなんて、誰も思っていなかった。


 「嬢様!嬢様!あ、あ、血が・・・!!!魔王閣下!なんてことを!」

 レイが慌ててエイミールに近付こうとした時。

 一足早くアルファーレンがエイミールを持ち上げた。抱き上げたのではない。

 ・・・まるで小動物の喉元を絞めるように、片手で、持ち上げたのだ。

 目線の高さまで上げられて翠の瞳が涙に滲む。首元を絞められて、息ができなかった。

 それでも、エイミールは、アルファーレンに手を伸ばした。

 それを横目で見やったアルファーレンは。

 「私の名を呼ぶ権利を与えた覚えは無い。・・・何者だ?」

 そう、問うたのだ。

 エイミールは、アルファーレンの言葉を聞いていた。

 ただ、聞いても頭に入ってはこなかった。

 だから。

 「あるふぁーれん、にい、さ、ま」

 名を、呼ぶことしかできなかった。

 エイミールにはそうすることしか出来なかったのだ。

 ・・・たとえそれが、彼の怒りに油を注ぐ事になろうとも。


 

 アルファーレン・カルバーンは言いようの無い怒りに苛まされていた。

 頭が燃えるように痛い。熱い。

 何か、大事なものを失ったようで、失うものなどないと思い返す。

 大切な何かを忘れているようで、忘れるものなどないと、思い返す。

 その繰り返し。

 そんな苛立ちの中に現れた、小娘は、誰にも許さなかった名前を簡単に口に乗せていて、それも怒りに拍車をかけた。

 苛立っていた。何もかもに。

 顔を合わせたくもない男が目の前にいる。アマレッティ・ゼランドと、リアナージャ・ナーガ。

 魔王として魔族を治める立場においては仕方のないことかもしれんが。

 彼らを警戒する余り、小娘を容易に側に寄せてしまって腕に触れられた。

 その衝撃は言葉に出来ない。

 なぜこんな小娘を容易く近付かせたのだ、私は!

 触れた娘を手で払いのけ、放り投げれば、魔力の欠片も持たない娘が容易に血を流した。

 それを見て、胸のどこかが、血を流す。

 その事実に更に苛立ちを募らせる。

 なぜ、こんな小娘一人、血を流したくらいで、私の胸は痛むのだ!?

 苛立たしかった。なにもかも。だから。

 不死者よりも、羽持つ子供よりも先にその小娘の元に行き、その小娘を締め上げた。

 何者だと問う声に、娘は翠の瞳を丸くして、苦しそうに呟いた。

 「アルファーレンにいさま」と。

 一気に膨れ上がった感情は。

 名を呼ばれて、身のうちを震わせたこの気持ちは。怒りだと思った。

 なぜなら、この娘に見覚えがない。

 一度も面識がないと言い切れる。

 だから、身を震わせる声を持つ、この娘を。



 ・・・生かしてはおけなかった。



 膨れ上がった魔力が、研ぎ澄まされた剣を作り上げた。

 それを片手に掲げ持ち、アルファーレンは尚もエイミールに詰め寄った。

 「何者だ。きさま」

 「に・・・さま」

 エイミールには最早抗う力はなかった。ただ、ひたすらに、兄を呼んだ。

 それしか出来なかった。

 アルファーレンは、苛立ちをつのらせた。この娘のつむぎ出す声が、身を震わせて止まないのだ。

 ・・・そんな哀れを誘う声で、私を呼ぶな!!

 エイミールの翠の瞳が。

 アルファーレンを捕えて、涙を零した。

 剣が、エイミールの喉元に突き当てられた時。

 レイとレミレアが動いた。

 翼に風をはらませて、レミレアがアルファーレンに体ごとぶつかって行った。

 レイが魔法を展開し風の塊をアルファーレンにぶち当てた。

 風がエイミールを捕え、それを見たふたりが目配せする。

 大きく床を蹴って、エイミールを抱え、そのまま外へ、逃げ出した。

 後は、レイの魔法とレミレアの翼の限り、魔王城より遠ざかるだけ。



 

 この腕の中で震えながら見上げてきた小娘。

 翠の瞳に涙を浮かべ、真っ直ぐに。

 その一途な眼差し。

 アルファーレンは開いた掌を見つめていた。

 まるで、掌に残された、ぬくもりを捜しているようだった。

 その掌を握り締めると、見たくもない顔に向き直った。

 「さて、なにやら、記憶操作をされたようだが、貴殿らは大丈夫か?」

 「問題ない」

 「わらわもじゃ。大体、喰われて困る記憶など、有りもしないだろう・・・」

 「・・・ふ。確かにそうだな」

 そうだ。

 喰われて困る記憶などない。

 アルファーレンと、アマレッティが目を合わせる。

 リアナージャが眼を細め、ふたりを見、そして三人は頷いた。

 魔界における、魔王軍の結束の固さに、些かの揺らぎもなかった。

 たとえ、彼らの心に、大きな穴が開いていたとしても。

 

 

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