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第十八話:少年と少女

 ・・・忌々しい不死者め!

 男はちっ!と舌打ちをすると、気配を消して城内へ駆け戻った。

 魔力の希薄なあのゾンビが、あんな魔法力を持っていたなどと、計算外だった。

 しかも、精霊の加護のせいか、気配を読むのに長けている。

 尻尾を捕まれる前に場を離れてよかった、と思わずにいられない。


 ・・・ああ、忌々しい。


 我が、敬愛する魔王閣下のお側に居りながら、あの小娘を排除しようともしない輩達が。


 魔王閣下の側近という大役を受けながら、その恩に報いようとしない輩達が。


 心底、憎かった。


 敬愛し、尊敬するに値する、偉大なる魔王閣下。

 玲瓏な美貌。怜悧な頭脳。撃ち振るう力は最大にして最高の魔力。

 最強にして最高の・・・魔王閣下。

 彼の元で魔軍の一員に名を連ねる事が最高の名誉だと思っていた。

 彼の名の下に集えて幸せだった。

 彼の君は、孤高。

 居並ぶ魔族の誰よりも、気高く美しい最高の御方。

 なのに。

 彼の君が求めたは、貧相で貧弱な小娘。

 あのような貧相な輩が、彼の君の隣におわすなど、許せるはずが無い。

 ・・・城内に戻り、男は共犯者の下へ急ぐ。

 男がこの計画を思いついたのはこの女に出会ってからだ。

 ある日、女は男の前に現れて、男の耳にそっと囁いたのだ。

 「我等が敬愛する魔王閣下を支えてまいりましょう。我等こそが真に魔王閣下を支えていくのです」

 その言葉に、男は、歓喜した。

 分かってくれる者がいたのだ。男の忸怩たる思いを。

 あんな小娘如きが魔王閣下の側にいていいはずが無いのだから!

 「全ては魔王閣下の御為に」

 女は、そっと男の耳に囁いた。

 「われらの行いこそが、まこと、魔王閣下の御為に叶うのだから・・・!」

 ・・・女は、今は滅んだ夜の眷属の一員だという。

 夢魔。淫魔。夜の闇に巣食う魔物たち。

 中でも女の異能は、夜の眷属達ですら、忌避するものだった。

 畏れられ、敬遠されるその力。産まれ持ったその力を恐れた夜の眷属たちは、女の力を封じる事にした。

 産まれ持った力ゆえに畏れられ、それゆえ同属からもはじかれた女。

 はじかれていたが為に、夜の眷属の滅亡に巻き込まれずにいた女。

 そして、眷属が滅びた為に課せられていた封印が解かれた女。

 彼らは信念の名の下に、行動を興し、信念の名の下に、破滅を呼ぶ。


 ******************************


 レミレアは、夜の眷属が嫌いではなかった。

 同属に親しみは感じるが、それだけだ。

 じいちゃん・・・長のように、夜の眷属の出自を殊更誇る気はなかったし、夜の眷属が素晴らしく、飛びぬけて優秀だなんて思ってもいなかった。

 優秀な奴はそれこそどこにでもいる。

 獣族の長は強くて憧れたし、竜族の長の桁違いの強さを聞けば肌があわ立った。

 そして、魔界最強を誇る、魔軍指令官の名前は畏怖を持って心に刻み込んだし、彼らの元で命に従うのが当たり前だと思っていた。彼らの元に馳せ参じ、魔軍の構成員の一員に数えられれば、少年は幸せだったのだ。

 現実を見ようとしない、じいちゃんのように、何時か、魔界を夜の眷属が征するなんて思っていなかったのだ。

 それがだ。

 「・・・夢とか、希望に、目を奪われすぎてたなぁ、おれ・・・」

 レミレアは大きな溜息と共に呟いた。

 夢と希望に目を輝かせていた少年は、夢が虚構であったことを知る。それは、なりたかった魔軍の一員に組み込まれたからであったが。

 目の前には、獣族の長である、アマレッティが、ぐでんと椅子によっかかっている。

 手にはエイミール特製のサンドウィッチ。幸せそうにもぐもぐしている彼は、日向ぼっこ中の豹のようだ。

 その隣では、なにやら、布地を弄繰り回している竜族の長、リアナージャが。

 どうじゃ!と広げた布地に目をやり、純情少年レミレアは鼻血を噴きそうになった。

 「り・・・リア様!それもうドレスじゃないから!ってか、そんなのねえさまに着せるつもりか!」

 そう叫べば、ナニを今更!とばかりの目で見られ。

 「あたりまえじゃあ!」

 ときっぱり言い切られて、レミレアは憤死しそうになった。

 こいつら馬鹿だ!馬鹿ばっかりだ!

 イタイ頭を振りながら、それでも、と希望を目にすれば。

 最後の希望である、孤高の魔王閣下アルファーレンは今日も窓枠を握りしめ、嫉妬で溶かしにかかっていた。

 「・・・おのれ・・・。エミーの時間を独り占めにしおって・・・」

 レイに向ける物騒な眼差しは、最初こそ皆を慌てさせたが、最近じゃアマレッティも止めに入らない。日常になりつつあった。

 嫉妬に燃える魔王閣下を見やって。レミレアはまたため息をついた。

 「・・・こんな・・・こんなシスコン達が、魔軍最高幹部なんて、詐欺だ・・・」

 レミレアは、一人呟く。だが、彼も列記としたシスコンの一員であるという事実に気付いているのか、いないのか?・・・恐らく、気付いていないのだろう。

 「・・・そろそろ、始業の時間だな。ねえさん、遅いな・・・」

 そう思ったとき、金色の少女が慌てたように、執務室に駆け込んできた。

 その姿を目にして、レミレアは、小さな違和感を覚えた。

 金の髪、白皙の肌、赤い唇。・・・の目。

 小さな手足、華奢な肢体。・・・危うい仕草。

 「ねえさん?」

 声をかけた。ほんの少しの違和感がレミレアにそうさせた。

 レミレアの声にぱっと顔を上げた少女は、一瞬目を見張り・・・そして顔を伏せた。

 「? ねえさん? レイは?」

 「・・・、ミ・・ァ・で・・・」

 少女が俯いて何かを呟く。その呪詛に満ちた小さな声。

 その声に、リアナージャ、アマレッティが、立ち上がる。

 「エミー?どうしたのじゃ?」

 「エミー?どうしたんだ?」

 「エイミール?」

 アルファーレンの呼び声に、我に返った少女が魔王を見た。魔王と、ふたりの兄を。弟を。

 魔王を・・・の瞳に写した。獣族の長を。竜族の長を。今は無き夜の眷属の公子を。

 の瞳に写した。

 魔王の顔色がさっと変わる。アマレッティの目が尖る。リアナージャの目が細く険しくなる。

 そして、レミレアは確信した。

 

 「「「「だれだ、きさま!!!」」」」


 エイミールだった少女は、一瞬身体を震わせると。

 その身を黒く溶かした。

 空間に黒い靄が現れて、魔王と側近達をつつみこんだ。

 レミレアはこれに、覚えがあった。

 背中がざっとあわ立つ。

 「吸うな!この靄を吸うな!」

 レミレアの叫びに場が騒然と成った。マクギーが倒れる。ガーランドが苦しみだした。

 レミレアは翼を出して靄を追い出そうとした、が・・・間に合わない!

 「魔王!アマレッティ様!リアナージャ様!吸うな!これは・・・夢魔の霧だ!」


 ****************************

 

 

 ・・・物心付いた時、じいちゃんの屋敷には一人の少女が呪符の檻に入れられたままで、悲しそうだったのを覚えている。

 自分とさほど変わらぬ年頃の少女で、多分、ねえさまと同い年だと思う。

 一人ぼっちで檻の中は可哀想だと何度じいちゃんに言った事か。

 出してやってと何人の大人に頼んだか。

 けれどもそうして頼むのは、かえって少女にとって辛い事だと気が付いた。

 頼めば頼むほど、少女の身体に傷が増えるのだ。

 ある日こっそり檻を見張っていたら、じいちゃんが、眷属の男にその少女を痛め付けさせている所を見てしまった。

 「ワシの大事なレミレアに色目を使うとは!このおぞましい記憶喰らいの娘が!レミレアを誑かしてこの檻から出してもらおうとでも考えたのか!」

 「坊ちゃんを使うなんて、なんて計算高い奴だ!」

 男達は口々に罵りながら、少女を蹴りつけ、殴り倒し、やがてそれに飽きたのか、そこから離れていった。

 檻の中に残された少女は、ぼろぼろで、生きているのか心配になった。

 じいちゃんたちが消えてから、そっと側により、檻の間から手を伸ばした。

 そっと撫でてやったら、少女が目を覚ました。黒い黒い瞳だった。

 「・・・ごめんな。俺が余計な事を言ったから、痛め付けられたんだろ?」

 そう言って謝ると、少女は目を見張って、首を振った。

 「・・・ごめんな。今薬持ってきてやるから・・・」

 そう言って立ち上がると、少女が慌てたように首を振った。

 「・・・だめなのか?・・・あぁ、また殴られる?」

 その問いに少女は頷いた。ああ、そうか。と思った。余計な事はしないほうが良いと分かっても・・・何か、してやりたかった。

 「・・・こっそり、持ってくるよ。そうすれば・・・」

 レミレアの言葉に、少女は始めて微笑んで、それから、言ったのだ。

 「・・・大丈夫です。公子様。記憶を喰ってしまえば、痛いのもすぐに忘れられますから・・・」

 「記憶?」

 「ええ。公子様。私は記憶喰らいのキリエ。自分の記憶でさえ、跡形も無く喰ってしまえるのです。だから、いやな思い出も、痛い思い出も・・・私には何もありません」

 「・・・う、ん。でも、痛いのは嫌だろう、ぬり薬くらいはいいだろう?」

 そう言って走り出したから。

 レミレアは知らない。

 走っていくレミレアを、キリエがびっくりしたように見ていたことを。

 それから、嬉しくて泣いた事を。

 キリエが、この暖かな記憶だけは、喰ってしまわないように、それから後もずっとずっと、気をつけて生活していた事を。

 ・・・レミレアは、知らない。

 

 

 

これより、シリアスに突入します。

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