第十五話:鎮魂と義妹
ビエナ国、王城の目前に広がる広大な広場。いや、『元』ビエナ国と言ったほうが良いのか?
そこに、ビエナの誇るビエナ軍の姿は無く、今在る者たちはかつて肩を並べていた二国軍。
・・・アリアナとリカンナドの軍だった。
フォルトランとディレスは、ダウニーへ向かうための人員に頭を悩ませていた。
彼らに同行を希望する者は少なかった。
さもあらん。
第一に、魔族への純粋な恐れがある。
そして、先の戦闘で招じた惨状を目の当たりにしなければならない事実があったのだ。
・・・誰が好き好んで遺体の散乱する戦場に赴きたいものか。
「少数精鋭にすらならんな」
「同感だ」
フォルトランの呟きにディレスが同意する。そしてやや困惑気な顔で、相手を見た。
「・・・まぁ、あのビエナ軍が全滅した地に、好き好んで行く馬鹿は居るまいよ」
「・・・では、私達はその馬鹿なのですね」
「・・・まぁ。そうだね」
ふたり、そう呟いて、ため息をつく。
・・・だが、見極めは必要だった。転生の女神にしろ。精霊魔法を使った魔族にしろ。
そして・・・。
皇子ふたりは広場を見渡した。
そこに集まっている人々は皆が疲れた表情を晒している。
ビエナ国の、『還らずの騎士』の家族達だった。
リカンナドとアリアナの管理は正常に働いており、然したる混乱は無かったが。
遺体は愚か、遺品すら持ち帰れなかったビエナ軍の惨状は目に余る物があった。
ダウニーへ同行する騎士を募っているとの広報に、手を上げたのは、実はビエナ軍騎士の遺族が多かった。
年端も行かない少年達が、自分の父、自分の兄を捜しに行きたいのだと、古い鎧に身を包んでやって来た。また、ある遺族は遺体は諦めるから、せめて花を、と必死な顔で縋ってきた。
・・・彼らに、家へ帰れと告げるのは、心痛い仕事となった。
皇子ふたりは重いため息をつく。
嘆きに満ちたこの場所で、彼らふたりは立ち尽くす。
・・・と。その時。
ディレスが訝しげな顔をして、広場の中央に眼をやった。
「ディレス?どうした?」
フォルトランが様子のおかしなディレスに眼を留めた。
ディレスは困惑の表情で、何かに耳を澄ましているようだった。
「・・・なんだ・・・?なぜ、こんなにも、風の精霊が集まってきた?」
ディレスの呟きに、フォルトランは眉を寄せる。
「・・・濃密な、精霊の気が・・・溢れんばかりの・・・誰だ?誰が、操って・・・」
ディレスが黒い瞳を煌かせて見下ろす広場の中央。
そこに、淡く輝く魔法陣が浮かび上がった。
フォルトランが眼を凝らす。
フォルトランの専門は、魔法陣の構成と術式の展開に対応した魔法陣の作成。
その彼にしても容易に理解しがたい複雑な術式だった。
だが、構築されていく魔法陣の端々に、移動の術式が組み込まれているのを見て取った。
フォルトランの優美な眉がきゅっとしなる。
「ディレス!転移法陣だ。それも・・・でかい!」
常に冷静を己に戒めているフォルトランが、焦り声を出したのを、ディレスは頭の隅で聞いていた。
ディレスはディレスで、精霊魔法を発動し、風の精霊を鎮めようとしていたのだ。
だが、だが・・・。
「・・・っく!だめだ!主導権を握れない!」
精霊の、手綱が取れない。そもそも、ディレスの言葉に耳を傾けてくれる精霊がいないのだ!
リカンナド一との呼び声も高い自分の、更に上を行く精霊魔法士の存在に、嫌が応無く背筋が凍った。これでは、まるで・・・。
「・・・大人と子供だ!」
ディレスは精霊を鎮める事を諦め、広場に向かい走り出した。
フォルトランもすでに伝令を捕まえて何事か叫んでいる。
途切れ途切れに、フォルトランの声。
「急げ!広場から離れるんだ!」
それに続けて、ディレスも叫んだ。広場にいた人々に向けて。
「はなれろ!何か転移してくる!早くここから離れるんだ!」
その声に、パニックに陥った人々が、走り出した。
その彼らの頭上から。
花が。
降ってきた。
色とりどりの花々。赤に、白に、黄色に、青。オレンジ、ピンク、紫に、朱色。
人々が花に見とれて、足を止める。
ひらひらと、花びら。
そして、声。
「慌てずに。広場の中央を空けてくれさえすればいいのです」
その声の求めに応じて人々が静かに場を空けるのを、フォルトランとディレスは見ていた。
・・・圧倒的な魔法力に、動けなかったのだ。
「・・・人間よ。今代の魔王閣下は人間の侵攻に憤りを感じていらっしゃいます。攻め入らなければ、我等が攻める事などないものを。・・・だが、死者に何を言っても仕方が無い」
その言葉の後に、広場の中央に次々に遺骸が現れ始めた。
淡く輝いた後、舞い散る花の絨毯に静かに横たわる彼ら。
物言わぬ彼らは、それでも、誰かの、父であり、息子であり、夫であり、兄弟だったのだ。
無残な遺体が多かったが、服の切れ端、ボタンのひとつでも、と遺品を求めていた遺族達の切ない喜びは大きかった。
花に横たわる彼らも、きっと。
息絶えるその瞬間まで、妻を、子を、家族を、思っていたに違いないのだから。
「・・・ああ、もちろん、全員ではありません。遺体自体残らなかった者が多かったのでね」
声がするほうを見あげれば、何も無かった空間に、男がひとり風を纏って浮かんでいた。
顔面を包帯で隠した・・・魔法士が。
「精霊魔法士!」
ディレスが叫んだ。それにチラリと眼をやって、包帯の男・・・レイ・テッドは続ける。
「・・・人間よ。魔界領域へは近付くな。侵攻すれば、またこれを殲滅する。・・・魔王閣下のお言葉です」
よろしいですか?確かに伝えましたぞ?
そういい残して。
包帯の男は消えたのだった。
後に残るは、切ない悲しみに満ちた遺族達と、立ち尽くす、フォルトラン・デルサとディレス・レイ。
どちらとも無く呟く。
「・・・包帯巻いた、精霊魔法士。ですね」
「・・・ああ」
ふたりは頷くしかなかった。
・・・完敗。だったのだ。ため息ついて呟いた。
「「勝てる気がしない・・・」」
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・・・ことの起こりは早朝のエイミールの一言。
みんなと囲む食卓。
正面、主の座にアルファーレン、隣の奥方(!)の席にエイミール。その隣にリアナージャ、さらにアマレッティ。
その食卓で、いやに沈んだ顔のエイミールにアルファーレンが気付いた。
優しく尋ねれば、揺れる瞳に涙が浮かんだ。途端に慌てるアルファーレン。
・・・エミー!ど、どうしたのだ!?涙など・・・!
「どうしたのだ、エイミール・・・?」
「・・・にいさま・・・。エイミールは昨日、魔獣がダウニーで亡くなった方達を食べている、と城の者に聞きました・・・。それで、なんだか悲しくなって・・・」
・・・おのれ人間め!死んだ後までエミーを泣かせるとは!細切れにしてやればよかったのか!?
いや、いっそ、消滅させれば・・・などと物騒な考えを浮かべるアルファーレン閣下。
「・・・あの時、レイがいなかったら、エイミールも、同じく、し、死んでしまって・・・魔獣に食べられていたのかなぁと思ったら、あそこに居る死者の方々が、かわいそうになってしまって・・・」
・・・死なせるはずがあるかっ!!!エイミールは全身全霊で持って私が守るのだからっ!・・・などと更に物騒になるアルファーレン閣下。
「にいさま、エイミールお願いがあります。死者の方々を家族の元へ返してあげて欲しいの。きっと、死者の方々も帰りたいと思っているに違いありません。・・・だって、だって、エイミールだったら・・・たとえ、死んでもアルファーレンにいさまの元に帰りたいと想うもの!」
ずきゅんっ。
あ、打ち抜かれた。
・・・アマレッティはそう思った。(はー、やれやれ・・・)
・・・魔王閣下の脳内は、えらいことになっております・・・。
妄想が暴走状態です。