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第十話:不死者と義妹・2

 とろけるような微笑を見せる魔王閣下。

 その視線の先には当然といっちゃ、当然な事に、エイミール嬢の姿が。

 小さいからだで精一杯背伸びして、魔王閣下の胸元を整えようとしている。

 その姿が真剣であれば在るほど、何と言うか・・・微笑ましい。

 かわいい。

 そう思っているのはきっとここにいる全ての者。


 「・・・魔王閣下って、笑えたんだ・・・」

 「失礼な事を」

 ぎゅむーっとゾンビに耳を引っ張られて悲鳴を上げた。

 その声に、顔を上げた魔王閣下は、もう鉄壁の無表情だった。

 「レイ・テッド。それはなんだ」

 「は。魔王閣下。これは、夜の眷族の一員にして、エイミール嬢様の弟君で、名をレミレア・パルナスと申します」

 レイの言葉にアルファーレンの優美な眉がぴくりと動いた。

 アルファーレンの傍らでは、エイミールが心細い顔をしている。

 その心もとない表情に、打ち震えるゾンビが一人。

 ・・・ああ、嬢様!そんないたいけなお顔もそそります!

 このレイ・テッド、嬢様の幸せのためならば死ぬ気で事にかかりますとも!・・・あ、すでに死んでますな。やれやれ、ゾンビとは因果な商売(?)ですなあ・・・。

 「・・・エイミール、ご苦労だった。次の仕事まで部屋で休んでおいで」

 「はい。にいさま」

 そう言って下がるも、後ろ髪が引かれたのだろう。レミレアのほうを心配そうに見ていた。

 部屋からエイミールの気配がなくなると、同時にアルファーレンの機嫌も低下する。

 眼差しは冷気を伴なう青銀だった。

 「・・・で。先ほどの精霊魔法の説明が成されるのであろうな?」

 「御意。この者、夜の眷属の意向を持ち、嬢様に近付くも、嬢様を思って企みを崩そうとしました。同属の血で個体を縛る術式でございます。夜の眷属は余程切羽詰っていた模様で、幼いこの者を利用して、嬢様を連れ去ろうとしていた由」

 「・・・ほう。それで?」

 ゆらりと、アルファーレンの魔力が揺らいだ。紅蓮の炎がちらちらと、瞳に灯る。

 「この者の申告により、潰えましてございます。先ほど追跡魔法の術式を展開いたしました。狙いを付けた者どもを風の精霊が追跡し、殲滅しております」

 「それは、確かか?」

 「御意に」

 そうか。そう言って軽く頷いた魔王閣下。

 改めてゾンビとレミレアを見つめた。

 「・・・だが、エイミールに関する事は全て私に報告せよ。この怒り、どこに打ち付ければよいのだ?レイ、貴様相手をするか?」

 「は。差し出がましい事と思ったのですが、なにぶん、嬢様の大事ゆえに、自制できず・・・なれど、魔王閣下」

 レイが顔を上げ包帯の影から濁った瞳でアルファーレンを見て言った。

 「張本人はまだ仕留めてはおりません」

 その応えに瞠目し、一層残酷な微笑を浮かべたアルファーレンだった。


 

 男は走っていた。

 背中の羽は風が邪魔して使えなくなっていた。風を捉えて大空に羽ばたく事が出来ない!

 惨めに地べたを這いずり回るなど、自尊心の高い男には屈辱以外の何物でもなかったが、ただ、今は、命が惜しかった。

 つい先ほどまでは、輝かしい未来を思い描いていたのに。

 「出来損ない」の、不吉な娘が、良い駒になってくれるなんて!と、眷属どもと笑いあっていたのに。

 なぜ!

 ああ、やはりあの娘は不吉なのだ。

 産まれた時にくびり殺しておけば良かったものを!

 苦々しくそう思ったとき。


 目の前に災厄が文字通り、化身となって舞い降りた。


 「ごきげんよう。長老。散歩かな?」

 「あ。ま・・・魔王閣下・・・!」

 男の顔が一層白くなった。

 魔王閣下から滲み出る威圧感に足が縫い付けられたように動かない!

 しかも、しかも・・・。魔王閣下の眼が、紅い!!

 「・・・君の言動は腹心から聞いた。君達は、私のエミーを「出来損ない」呼ばわりしていたらしいね?私の可愛いエイミールを・・・。ただ、髪と眼の色が違うからと言って・・・」

 しかも、レイの奴が勝手に夜の眷属を殲滅したと言うじゃないか。

 では、私のこの怒りは誰が受け止めてくれるのだ?

 「せ・・・殲滅・・・?」

 長老と呼ばれた男の身ががくがくと震え始めた。

 「今代の魔王軍幹部たちは、個々それぞれ知恵と実力に溢れているからね・・・。時折勝手に暴走して困るのだ」

 まあ、それも、魔王である私と、エイミールのためを思っての事なのだろうがね。

 事エイミールのことに関しては「行きすぎ」はよくないと言ったら・・・流石私の腹心じゃないか。

 ちゃんと憂さを晴らす相手を見繕って取っておいてくれたのだ。優秀だろう?

 「さあ。夜の眷属の頂点に立つという貴殿。何回殺せば、魂まで消滅せしめる事ができるかな・・・?」


 アルファーレンの瞳に、残酷な紅蓮の炎が宿った。


 *****************************


 「エイミール嬢様。風の精霊は嬢様のことが大好きだと申しております」


 レイの包帯に包まれた掌の上で、花が、木の葉がくるくると回っている。

 それがひときわ高く舞い上がると、ふわりひらりと、舞い降りて、エイミールの髪を飾りつけた。

 「わあ!レイはすごいですね。精霊魔法を使えるなんて」

 花々を見つめながら、いつもの定位置に座る二人。

 眼を合わせ、ふわり弧を描く翠の眼差し。

 それに言い知れぬほどの幸福感がこみ上げてくる。

 幸せとは、こんな簡単なことだったのだ。

 同じものを違う眼差しで見てやって、時折ふたり、瞳をあわせ、微笑みあう・・・。それだけなのに。

 この時間を、誰にも邪魔されないのならば。

 ゾンビぶらぼー!

 ・・・レイはそう思う。



 エイミール嬢様は気付かないかもしれないが、魔王執務室の窓枠は今日も嫉妬に溶けそうだ。

 溢れる魔力が紅蓮の炎となって眼に見える。傍らには必死で魔王を宥める苦労人アマレッティ

 そして、人身御供に差し出された使いっぱしりのレミレアが、魔王の紅蓮の眼差しに焼かれているのだろう。

 くすり、とレイは不敵に笑う。・・・包帯の陰に隠れて見えないが。

 この身がゾンビであるためか、魔王閣下は寛大な風を装って、私と嬢様の逢瀬でえとを見てみぬ振りをしてくれる。

 それが嬉しくもあり、口惜しくもある。

 この身に隠した真実を、いつ、嬢様の前に晒そうか?

 嬢様のおかげで、精霊の加護を取りもどし、溢れんばかりの愛情で、精霊が知る過去の自分の姿までをも取り戻せたのに。

 きっともとの姿を取り戻した自分を見ても、嬢様は微笑むだけだ。

 わあ、良かったですねえ、と微笑んでくれるが、それだけだ。

 逆に、要らぬ者どもを引き寄せてしまいそうな、この容姿。

 ゾンビの時は眉をひそめ、鼻を覆い、あっちへ行けと罵った奴等に付きまとわれる・・・?

 そんなのは、ごめんだ。何よりも嬢様との時間が減ってしまう危険性がある。

 それどころか、どこか控えめな嬢様は、身を引きそうだ。いや、引く。

 ならば、今はまだこのままで。

 ゾンビのままなら、嬢様のお側近くにいても、誰も気にも止めないだろう。・・・魔王閣下以外は。

 彼の御仁の溢れる愛情を一身に受けてすくすくと成長される嬢様。

 ・・・嬢様に気付いて欲しい。

 ・・・嬢様に気付いて欲しくない。

 嬢様には、過去、絶賛された私の容姿にのみ心奪われて欲しくは無いのだ。

 幸い、あのアルファーレン閣下がお側にいるのだし、嬢様自身、絶世の美貌の持ち主だ。

 美に鈍感なのかと思うほど、鈍いところもあるし。(アルファーレン閣下の溢れんばかりの愛情表現もどこ吹く風?なのだ)

 まあ、そこが可愛らしいところなのだが!

 嬢様には、私の内面に触れていただき、その上で、ゾンビでもかまわないと言わせて見せる!

 対決だってして見せましょう。

 アルファーレン閣下との戦いは、凄惨なものになりそうですが。

 日々技を磨き、その時に備えましょう。

 なに、時間はたっぷりあります。

 エイミール嬢様が、匂い立つ美貌の姫に成長し、嬢様が私を選んでくれた暁には・・・このレイ・テッド。

 魔王閣下と雌雄を決する所存でございます。

 

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