君のことが知りたいから
二月十四日。バレンタインデー。街を歩けばどこもバレンタインムード。テレビもネットもバレンタイン特集ばかり。美味しいチョコレートが食べられるこの時期が好きだなんて思いながら通学路を歩いていると「なんだかご機嫌ね。結愛」と。隣を歩く友人が笑う。結愛というのはあたしの名前。結ぶ愛と書いてゆら。"ゆあ"ではなく"ゆら"。初対面の人から正しく読まれたことは一度もない。
友人の名前は美智子。キラキラネームのあたしとは対照的に、令和の女子高生にしては珍しい古風な名前だ。見た目も和服が似合いそうな黒髪ロングの大和撫子。異性からモテるが、浮いた話は聞いたことがない。曰く、異性に興味がないらしい。「じゃあ同性には?」と聞いたら誤魔化されたからもしかしたら同性愛者なのかもしれない。同性にしろ異性にしろ、彼女が選ぶ人はきっと素敵な人なのだろうと思う。一年の一学期から三学期の今までずっと学年一位をキープしているくらい頭が良くて、芯がしっかりしているカッコいい人だから。あたしは下から数えた方が早いくらいの落ちこぼれなのだけど、何故か彼女はあたしの勉強に付き合ってくれる。曰く「人に教えることも勉強になるから」とのこと。だったらあたしでなくともいい気がするが、何故彼女はあたしを選んだのだろう。「不出来な方が教え甲斐があるから」なんて冗談っぽく言われたが、あれはどこまでが本音なのだろう。夏休み前くらいから勉強に付き合ってもらって半年以上経つが、彼女のことはまだよく分からない。
「ところで結愛、今日は誰かにチョコを渡す予定はあるの?」
「無いよ。もらったらホワイトデー以降に返す。美智子は? あるの?」
会話の流れで問うと彼女は「ええ」と頷いた。へーそうなんだと流しかけて、思わず「あるの!? 恋愛に興味なさそうな上に友達も居なさそうな美智子が!?」と聞き返す。すると彼女はまた「ええ」と頷いて、カバンからラッピングされた箱を取り出し「はい」とあたしに渡した。
「……え? 何これ」
「何って、チョコ」
「チョコ……」
「ええ。チョコ」
「……えっ、な、なに? 何チョコ?」
「アーモンドチョコよ。好きでしょうあなた」
「いや、そうじゃなくて。その、友チョコとか義理チョコとか、色々あるじゃん」
そう問うと彼女はああと納得したように頷いて「本命よ」と涼しい顔で答えた。
「ほ——!?」
「ええ。本命」
ならもうちょっと照れたりとかするものでは無いだろうか。冗談? 冗談なのか? と戸惑っていると彼女はくすくすと笑い出した。やっぱり冗談だったのかと思ったが「あなたってほんと可愛いわね」と笑う声も、向ける眼差しも優しくて、それは本当に友人に向けるものなのか分からなくなる。
「えっ……と……冗談? じゃ、ない?」
「え。冗談だと思ったの?」
「いや、だって……いつも通りな感じで言われたから……こういうのって普通もっと照れたり、緊張したりしない?」
「緊張してるし照れてるけど」
「嘘だぁ! いつも通りじゃん!」
すると彼女は徐にあたしの手を掴んだ。そしてその手を自分の手首へと導く。「握ってみて」と言われて握ってみる。「脈、速いでしょう?」と言われるが正直よくわからない。すると彼女は「これなら分かるかしら」とあたしを抱き寄せた。ドッドッドッドッと、重く速い鼓動が伝わってくる。思わず彼女の顔を見上げる。「伝わった?」と首を傾げるその顔はいつも通りだった。
「……あの、本命ってことは、あたしと付き合いたいってこと?」
「ええ。そう。私はあなたが好きよ。恋愛的な意味で」
そう言うが、やはり表情は変わらない。やはり彼女はよくわからない。分からないけれど、もっと深く知りたいとは思う。恋愛感情はあるか分からないし、この先芽生えるかも分からない。そう正直に伝えると彼女は「構わないわ好きにさせるから」と自信ありげににやりと笑った。普段クールな彼女の珍しい表情に思わずドキッとしてしまう。そのドキッが恋なのか、それはまだ分からない。分からないけれど、まだあたしの知らない彼女の表情があるなら見てみたい。そう思いあたしは、差し出された彼女の手を取った。よろしくと答えたあたしに彼女は「こちらこそ」と笑う。よく分からないことだらけだけど、あたしに向けるその優しい表情から伝わってくる愛おしいという気持ちはきっと、嘘ではないのだろう。