第七話: 少女と羽根
「お父さん、白羽根募金ってこれ何で”羽根”がモチーフになってるの?」
ラッキーは不思議そうにお金の入った封筒を眺める。
時間的には遅刻しそうなのに、何故か彼女は余裕を見せている。
「羽根には、平和〜とか変化〜とか運気上昇とか?そんな感じの意味が込められてるからだよ〜」
セトさんは軽くあしらいながら、「さっさと学校行きなさい」とラッキーをリビングから追い出した。
一方その頃。
「キッキー!」
久方ぶりの遠出。学校でお世話になっていた人に挨拶に行き、ついでに子供たちにキャーキャーされて満足した俺は、そろそろ帰ろうかと家の方向へ飛び立っている。
そんな帰り道。
ある少女を見つけた。
みすぼらしい服装でボロボロの下駄を履いている。
挙句の果てに川の水を手で掬って飲んでいる。
その水に反射した少女の目は涙で滲んでいて、涙を拭き取るように川の水を顔にぶっかけている。
見ていられなくなった俺は、少しでも彼女を元気づけようと驚かすことにした。
「うわっ!」
少女は急降下する俺を水面から視認して尻もちをついた。元気を出して欲しいという思いを込めて羽をゆらゆら動かして仕方なく踊る。
「面白い鳥さんだね」
俺が思っているより少女の心は大人だった。
それでも、少し顔のこわばりが緩んでしばらく沈黙すると、笑顔を見せてくれた。
その顔を見て俺は安心したのか照れくさくなったのか、すぐさまその場を去ってしまった。
———
それから数日後。
街の人々は、ある事件に頭を悩ませていた。出店の商品が次々と盗まれていく。それは一週間、解決されず、犯人の目星すらついていなかった。
万引き被害が始まって八日目の夜。
今夜は百貨店の人参が盗まれたそうな。その百貨店のそばに、青緑色のキラキラした羽根が落ちていたのだとか。
「うちのスパローが犯人ですって?言いがかりはやめてください!」
ノノさんが珍しく怒っているなぁ…と思って話を聞いていると、俺が万引き犯だと疑われているでは無いか。
「あんた、やって無いわよね?」
窓に耳をくっつけて盗み聞きしていると後方から、殺意の交じった声が聞こえてきた。
疑いの目を向けてきたラッキーに向かって羽を器用に動かして顔の前にバッテンを作る。「違いますよ!」というサインである。
「ならいいんだけど、あの街を通ったりした?」
同じように俺はバッテンを作る。
ラッキーは大袈裟にため息をついて「とりあえず小屋に隠れときなさい」と忠告してくれた。
「でも証拠があるんですよ、それにそちらのペットさんはかなり頭が冴える、という話ですし…」
街を治めるお偉いさんも少し困っているようだ。
「スパローは昨日、一日中小屋でゴロゴロしてましたけど!?」
ノノさんは怒りの混ざった声で反論している。
俺に怒っているのか、疑ってるお偉いさんに怒っているのかどちらなのか分からない。どちらにせよ、ゴロゴロしてしまってすいません、と心の中で懺悔する。
「そうだな、それに鳥が持って行ける大きさだったのか?盗まれた商品とやらは」
セトさんはノノさんとは正反対で、冷静沈着である。
しっかりと核心を突いた論を述べて相手を困らせる。
それとは逆で、ノノさんは殺気と音圧で相手を困らせる。
夫婦ってこんなものなのかな。
「でしたら、一度”スパロー”さんとやらを見せてもらっても良いですかな?」
そう聞こえたので素早く小屋から飛び出して窓をツンツンツン、と小突いた。
「これはこれは、私の予想以上に小さかった」
どういう意味だ!と言いたいところだが、今回はこの小ささに助けられたので、良しとしよう。
それから間もなく、お偉いさんは帰宅した。
———
「それにしても誰が盗みなんて行っているのでしょうかね」
家族に平和が訪れて、晩御飯の時間が始まった。
「スパローにぬれぎぬ着せるなんて、ゆるせない!」
マレンちゃんが俺のために怒ってくれることも感動したが、それ以上に”濡れ衣を着せる”という表現を覚えていることにも感動した。
「あの街は比較的穏やかな街で、盗賊とか捨て子とかあんまり居ないんだけどね」
スープを啜りながらラッキーは首を傾げている。
「でも青緑の綺麗な羽根は間違いなくカワセミの羽根だ。水辺にしか生息してないカワセミの羽根が落ちてるなんて不自然極まりないよね〜」
セトさんの何気ないその一言により、俺の頭に水辺が連想される。
水辺…水辺…あの女の子…ん?
一瞬頭にあの少女の顔が連想されたが、「いくら何でもありえないか」と”少女による計画的犯行”という説は俺の頭から消え去った。
次の日。
その事件について少しでも何か情報を得るために、街に出向くことになった。
……なんと家族全員で。
「マレン、こんなに長い道を一人で進めたなんて、成長したわね〜」
「でしょ!」
いや、あれは俺のサポートがかなり手厚かったからであってだな…お前が誇れることでは…まあマレンちゃんは可愛いから許そう。
それからまた少し歩いた。
「おっ!セトさんお久しぶりです!」
この前顔面に名刺をぶつけてやった門番がお出迎えだ。
「おう、ちょっと野暮用でな」
俺が思っているよりもセトさんは凄い人なのかもしれない、衛兵に慕われているし、元々王子候補だった人なのにテイマーになることを許された…つまりかなりの腕前って事!?
急に尊敬の眼差しを俺から受けたセトさんは苦笑いしながら恥ずかしそうにしながら頭をポリポリと掻いた。
「スパロー、とりあえず被害にあった百貨店に向かってみようか」
そうして俺は、セトさんの肩へと飛び移った。
「じゃあ、こっちは別の場所に聞き込み行ってくる」
結果、セトさんと俺、その他三人で別れて行動する運びとなった。
百貨店前。
周りを通り過ぎる人たちがコソコソとこちらを向いて何かを話している。
カワセミというか鳥全般に言えることだが、聴力はあまり優れていない、それどころか人の方が耳は良いのだ。
なので悪口を言われているのか、考えすぎなのかも分からないのだが、セトさんの顔の曇り具合を見れば大体察しがついた。
「ちょっと、ほんとにその子が犯人じゃないって言いたいわけ?証拠が落ちてたのよ、証拠が!」
百貨店のおばちゃんも生活がかかっているから問い詰めたくなる気持ちは分かるが、俺のセトさんをあまり怒らせない方が…。
「チッ!」
あの優しい顔からは想像も出来ない殺気を放ちながら舌打ちをかまし、おばちゃんだけでなく周りの人も萎縮してしまった。
「この店から盗まれたのは人参二つ。鳥が運ぶにしては現実的ではありません。その上、この嘴では二つ同時に運ぶことは出来ない。すなわち二回に分けて運ぶ必要がある。そして…………」
長文詠唱である。世界有数の魔法使いもこんなに長い詠唱はした事が無いだろう。
「……分かった、確かに私の間違いだった、悪かったよ」
百貨店のおばちゃんは完全に気力を奪われて骨抜きにされてしまっていた。
「なら、他に被害を受けた店を教えていただけますか?」
セトさんはいつもの優しい顔に戻り、華やかな雰囲気を漂わせ始めた。ホント何なんだこの人は…。
「えっとね、この店の裏にある飲料売り場でも何本か盗まれたらしくてね、そこに話を聞いてみるといいよ」
「ご協力、感謝します」
礼儀正しくお礼をする姿に、王族としての風格を感じた。
それからは俺たちは色々な話を聞いた。
しかし、何も情報は得れなかった。
「相当腕の良い盗っ人みたいだね」
俺たちは一通り聞き込みを済ませてブラブラと街を散歩していた。
ふと、人混みの中から見覚えのある匂いがしてきた。
視線を匂いのがする方に向けると。
あの少女がいた。
服装も履物も前会った時と同じ。
「キキッ!」と思わず鳴いてしまったせいで、俺の存在に気付かれた。
少女は俺の姿を見た瞬間、180度向きを変えて人混みの中へ走り去っていく。
「どうした、何か居たか?」
セトさんは俺の異変に気付いてくれたが、時すでに遅し。
人混みに紛れて、完全に見失ってしまった。
しかし、セトさんは見逃さなかった。
目をかっぴらいて、人々を呪い殺すかのごとく睨みつける。
「…いた」
そうボソッと呟いたセトさんは、くるっとこちらに向き返して、形相を戻した。
「もしかして、あの汚れた服をきた女の子か?」
察しが良いセトさんに感激しながら、首を縦に振る。
「よし、話を聞かせてもらおう」
顔は笑っているが目は笑っていない。この時のセトさんが一番怖い。
しかし、目の前に立ちはだかるは、人の壁。
一度逃がしてしまえば、見つけることは出来ないだろう。
「とりあえず母さんたちのところに向かおっか、話はそれから」
~~~
そして一旦家族全員で合流した。
「ピンク色の汚い服と、汚れた下駄を履いた女の子…ね」
ラッキーは聞いた途端、目の色を変えて、捜索を開始した。
一方マレンちゃんとノノさんは暗くなる前に先に家に帰るそうだ。
捜索なら得意分野である。
一時期は人探しの仕事を生業として働いていたのだ、こういうのは任せて欲しい。
探し始めて数分後。
彼女はやけにあっさり見つかった。
下を向きながら必死に走っていく姿が俺の視界に写った。
ヒュ———ンと華麗に高度を下げて下げて…。
「わっ!」
彼女の目の前まで急降下した。
彼女視点、突然目の前にカワセミが現れて、大変驚いているだろう。
そして極めつけは…。
「キッキーーーー!!」
出来るだけ大きな鳴き声を振り絞った。
少女は怯えながらその場を立ち去ろうとするが、時すでに遅し。
後ろには二匹の鬼が立ち塞がっている。
さて、観念しろ!
「うっ…うぇぇぇん」
少女は俺たちを見て少しした後、豪快に泣き喚いてしまった。今までの不満をすべて吐き出すかのように、力いっぱい。
「スパロー、なんか意地悪した?」
二人から軽蔑の視線を受けた俺は身体を震わせながら咄嗟に羽でクロスを組む。
「本当に、違いますよ!」のサインである。
しばらく泣き続けてからその少女は色々と話をしてくれた。
「おかあさん、居なくて、おとうさんお酒飲んでて、家
にいても何も楽しいこと無くて、それで家出して、こ
の街に来て、たすけ求めたけど誰も相手にしてくれな
くて、それでね、その後…」
父親は飲んだくれ、母親は夜逃げ。
取り残された子どもは、こうして孤児として街に住み着き盗みを行う。生きるために。
そんな彼女にとって、俺のあの奇怪な踊りが、唯一の心の支えとなったのだとか。
セトさんは目から大粒の涙が零れそうなのをそっと拭きとってあげて、その子の頭を撫でながら「全部話していいんだよ」とニッコリ笑ってみせた。
その後、少女は家族の事、万引きをした事、すべて洗いざらい吐いてくれた。
「落ち込んでいたところ、この鳥さんが元気づけてく
れたの、それが嬉しくって、この鳥さんの羽根を大切
に持ち歩いてたんだけど、逃げてる間に落としちゃっ
て…お願い、嫌わないで…」
俺を見ながらそう訴えかけてくる。
俺はその瞬間、垂直に高く飛び立った。
少女の手のひらに、青緑の綺麗な羽根をひらりと落とした。
「もう無くさない事ね」
俺が言いたかったセリフは、ラッキーに取られてしまった。
いや、俺は言えないから、代弁してくれた。
「でも、これからまた同じ生活が続くなんて…」
「それはおじさんに任せて」
食い気味にセトさんはそう告げると、その少女を背に解散する事になった。
余談だが、それからあの少女は百貨店で働く運びとなった。まじで何なんだ、あのおじさんは。
少女が救われた事への安心よりも、セトさんへの恐怖心が上回った。