第六話:プレゼントのマフラー
「…帰ってたら言いなさいよ」
鳥小屋の前にしゃがみこみながら俺を睨みつけてくる。三日ぶりに感じる殺気。姿を視認せずとも誰だか分かる。
「あら!やっと帰ってきたのね!」
ラッキーにつられてノノさんも玄関から走って向かってくる。
「おかえりー!おつかいありがと!」
二階から身を乗り出しているセトさん。どれだけ濃い三日間だったか、理解してるの!?と問い詰めたいところだけど、父親特有の心が落ち着くような優しい顔を見ているとそんな気持ちも消滅してしまった。
「で?なんでこんな遅くなったのよ…」
セトさんの優しい顔とは雲泥の差。こちらは鬼のような形相で顔を近づけてくる。
身体を震わせながら出来るだけ鳥小屋の奥へと身を潜める。
「あらあら、一番心配してたのはラッキーだったのだから、あんまり怖がらないであげて」
「ちょっとそれは言わないでよ!」
意外だった。てっきりラッキーには下僕程度に思われているかと思ったけど…。
それだけじゃなくて、ちょっと安心した。
不安だったのだ、邪魔だと思われていないか。
今まで奴隷のように働かされていた俺だ、大切に扱われないことにはもう慣れてしまっていた。
「そういえばラッキー、今日学校休みだったわよね」
「友達と遊びに行くからおつかいは無理よ」
食い気味にノノさんの要求を予知して断り、ラッキーはそっぽ向いて部屋に戻って行った。
どこに行くのだろう?
少しでもあの人の手がかりを探したい…というのは建前で、暇つぶしがしたいのである。
街に言ったところであの人の足取りが掴めるはずが無いのだ。
こっそりついて行くのも良いけど…。
悩んだ結果。
「じゃ、行ってきま〜す」
ラッキーが勢い良くドアを開けた。
「…何?」
その勢いは2、3歩で止まった。
彼女の目の前に立ちはだかり、「同行したい!」という気持ちを念じて目を見つめる。
「急いでるから、マレンと遊んどいて」
ラッキーが進む方向を変えても、俺は変わらず彼女の目の前に立ち塞がる。
「この鳥野郎〜〜!」
目を尖らせて威嚇してくるが、いつもと違い恐怖心が湧かない。
さっさと飛び越えずに構ってくれるところから察すると、やっぱり根は優しい人なんだと実感したからなのだろうか。でも相変わらず言いたいことは伝わらない。
「もしかしたら、一緒に行きたいんじゃないのか」
仕事に出かけるセトさんが横目を向けてそう呟いた。
「でも…」
「連れて行ってあげなさい、お前もスパローには世話になってるだろ〜」
「……」
俺に視線を戻して頭を悩ませている。
そんなに嫌なら行かないけど…。
ていうか、セトさんよく分かったな〜。ベテランテイマーなら他の生き物の気持ちなんて手に取るようにわかるのかな…。
「肩、乗りなさい。早く行くわよ」
少し赤面しながらも俺の同行を許してくれた。
「キキー!」と声を出して感謝と喜びの意を表明する。
やっぱりこそこそついて行くより、こっちの方が楽しそうである。
俺を肩に乗せたラッキーは森を颯爽と抜けて街まで走った。
———
はぁはぁ…と息継ぎをしながら足に手を置いて「死ぬぅ〜」とボヤいている。ラッキーは恐らく頭脳派なのであまり体力は無いのだろう。理論学校に通っているヤツなんてみんな俺みたいなヤツだ、とあの人は言っていた。”俺みたいなヤツ”って言うのは体力的な面で言ったのかな?それとも他の意味も…。
「ラッキーーー!お待たせーーー!」
「遅いよ、コンロ」
いやいや、こういう時は「ううん、今来たとこ」って言うんじゃないの?ていうか実際、俺達も今来たとこだし。
「もしかしてこの子が話してたスパロー?」
「そーよ、しつこいから連れてきちゃった」
「えーーっ!こんな可愛いペット飼ってるなんてずるい!」
短髪の純粋そうなこの女の子はコンロ、という名前らしい。同じ理論学校のクラスメイト。それ以上の情報は話を聞いていても分からない。
「それで、この子がラッキーの家で暮らしてるって事ね」
「それにしても本物のスパローに会えるなんて」
『伝書鳩のスパロー』という名は相当広まっているらしい。変態研究者たちに居場所を悟られないように、これからはもっと目立たないように立ち回ろう。
「じゃあさ、私の頭の上に乗ってみて!」
無邪気にはしゃぎながらコンロは自分の頭をポンポン叩いている。難なくひょいっと乗ってみせるとケタケタ笑いながら「すごいすごい!」と感激している。
人通りが多いこの街では、たくさんの出店が立ち並んでいる。
百貨店、焼き物、書物、服屋…その種類は数え切れないほどである。
「今日はマフラーを買いに来たんだっけ?」
「そうそう、出来るだけ良いやつ買いたいな」
「色は何が良いの?」
「緑色かな〜薄い緑!」
様々な人が通り過ぎるこの商店街で、耳が痛くなるほどの足音に包まれながら、二人は楽しそうに話をしている。
ふと横を見てみると、何やらいい匂いが鼻にまとわりついて来た。なんだか懐かしいような、そんな匂いだ。
あれは…ベビーカステラというやつか!
あの人はベビーカステラが大好物だった。
研究所のアルコール臭い匂いも、薬品の匂いも、一撃で無くなる程ベビーカステラは甘い匂いを周りに振りかざして、他の研究員も虜にしてしまうようなドラッグである。あの人はいつも幸せそうにそのドラッグを頬張っていた。一度食べてみたい、とあの人の腹をツンツンすると、「味わって食べなさい」と先をちぎって俺の嘴に挟んでくれた。あの味は今でも忘れられない。
「何っ、何何!?」
俺は欲望のまま、服を嘴で引っ張りながらベビーカステラの匂いがする方へ誘導する。今まで大人しかった俺が急に暴れだしたことに酷く驚いていた。
「あっちに何があるのかも、ちょっと寄り道して行こっか」
ラッキーはすぐに心を落ち着かせて俺の誘導に従ってくれた。コンロは頭にはてなを浮かべながら俺をジロジロ見てくる。
「ベビーカステラかい…」
ラッキーは拍子抜けだったのか、ガクッと腰から崩れ落ちたが、コンロはジャンプしながら「買おう買おう!」とハイテンションになっていた。
「買ってくかい!?今なら5個入りで60ロードで売るよ!」
「安い!買います!」
コンロの財布の紐はかなり緩そうである。
ラッキーが正気を取り戻した時には既に紙袋を胸に握りしめたコンロの姿が見える。
ついにあの時の味が…堪能出来る!
数分後。
「鳥なんかにあげるお菓子は無いわよ」
…二人は怒涛の勢いですべて平らげてしまった。
誘導した時とは違って、恨みを込めて服を引っ張る。
「何よ、食べちゃったんだからしょーがないでしょ」と火に油を注ぐ発言をしては俺を引き離そうとする。
何とも罪深い行為ではあるが、ここは我慢しよう。
俺は殺気を振りかざしながら再び肩に飛び乗った。
「マフラーが売ってるのは、確かここだったはずだよ!」
店に入っていく二人を置いて俺は店の看板の先に足を付ける。
「二人で楽しんできて!」という事である。その意図を珍しく汲み取ったのか、ラッキーはニコッと笑いながら一瞬こちらに視線を向けて店内に入っていった。
数時間が経過した。彼女らは未だ店を出てこない。
長すぎる。何がどうなってもこの店に数時間も時間潰せないよね!?嫌がらせのつもり!?
堪忍袋の緒が切れかけていた時に、ちょうど二人は店から出てきた。可愛らしいマフラーを着て。
「待たせてごめんね〜実は君にもプレゼントがあるんだ」
プレゼント?俺に?
「ん」
目を逸らしながらラッキーが渡してくれたのは、マフラーだった。人が着るものよりも遥かに小さな、鳥用のマフラー。こんなものは普通に売っているはずが無い。もしかしてこれを作るためにこんな時間がかかったんじゃ…。
「もう素直じゃないんだから、ラッキーは」
「うるさい、早く帰るよ」
俺は器用に羽を使って首にマフラーを装着した。
暖かい。マフラーからはラッキーが悩んでくれたであろうサラサラな布の温もりが感じられる。
今はそれだけで十分だ。
———
「あらあら、二人ともお揃いで良いわね〜」
「違う!ちょっとだけ色も素材も違う!」
家に帰ると、ノノさんはからかうように俺のマフラーとラッキーの着ているマフラーに触れた。
そんなに俺とお揃いは嫌かい?ていうかやっぱり細部まで考えてくれてたんだな。それが分かっただけで十分満足だった。