第四十四話:迷子のインコ、探してます
玉ねぎを微塵切りにして、油を引いたフライパンで熱する。
その間に、卵を溶いて、ご飯と混ぜ合わせる。
これが卵飯。
玉ねぎが柴犬色になってきたら、卵飯と細切りにしたネギをフライパンに投入。
「どう?美味しそうでしょ?」
今、俺がいるのはノノさんの肩の上。
具材が踊るフライパンに目を奪われているところだ。
「そしたら、最後はこの濃口醤油を…」
フライパンの縁に回しがける。
うんうん、いい匂い。
最後に塩を振って、晩御飯の出来上がりである。
「スパロー、ラッキーたち呼んできて」
ラジャ!と敬礼して、肩から飛び出す。
最近ノノさんがハマっているのは炒飯という料理である。
簡単に作れて、尚且つ美味。
各自部屋に入り込み、”ご飯ですよポーズ”をとる。
「了解」
「了解、そのポーズ気持ち悪いから変えよ〜よ」
「分かった!」
セトさん、ラッキー、マレンちゃんを食卓に連れ出したら、熱々の炒飯にありつく。
「「頂きま〜す!」」
感想は各々変わっている。
ただ、語尾に必ず「美味しい」を付けなければ誤解を生む可能性があるため、皆そこは重々承知している。
「醤油の味が良い……」
「ラッキー鋭い!この醤油は、トリニード領から取り寄せた高級濃口醤油なの!」
「トリニード領?」
ラッキーとマレンちゃんは同時に首を傾げる。
床で炒飯を刺すように食べる俺も、頭の中で、はてなマーク
を浮かべている。
「トリニード領っていうのは、この世界で唯一、貴族がいない領土だよ。決定権は住民にある、”共和国”とも言われている。全ての住民が皆、同じ地位にいる」
「ほえ〜」
「それは平和そうね」
「そりゃー、差別が少ない分、いざこざは少ないだろう」
貴族がいないのは、素晴らしいと言ったら素晴らしいが、仕切る者がいないのは問題なのでは?
住民同士で意見が割れたら、どうやって取り決めるつもりなのだろうか?
「トリニード領は新鮮な作物が多く収穫出来てね〜……」
セトさんの蘊蓄を遮るように、呼び鈴が鳴った。
リーン、リーン、リーン、リーン。
そんな何回も引かないでも、一回引けば聞こえるというのに。
ドタバタと玄関口に向かったセトさんが扉を開けると。
ドア前には、物凄い厚着をした男の子と女の子が立っていた。
どちらも子どもで、マレンちゃん以上、ラッキー以下。
「なんの御用件で?」
「あの……」
男の子の方が身長が高く、恐らく兄と妹、と言った関係だろう。
「……トリニード領から来ました、ラストと言います。こっちは妹のライトです」
紹介を貰い、恥ずかしそうに軽くお辞儀をするライト。
ちなみに今、リビングのドアの隙間から家族全員で玄関の様子を伺っている。
別にドアを開けて行けばよいのだが、何となくだ。
「ご丁寧にどうも」
「それで、えっと……この家に伝書鳩のスパローが仕えていると聞きまして……」
俺?三人が細い目でこちらを見てくる。
何もしてない、俺は無罪である。
「うん、いるけど何か御用?」
「実は、うちで買っていたインコが行方不明になってしまって、この辺り周辺で目撃情報があったと聞いて…」
「探すのを手伝って欲しい、ということだね?」
「はい」
ラストは手を震わせている。
セトさんが癖で圧をかけているのか、それともラストが臆病なのか。
「………断る。残念だけど、諦めた方がいい」
「でも…!」
「でも?」
鳥のペットが行方不明になるケース。俺以外の鳥は、低脳なので、帰巣本能が無い鳥は居なくなると自力で見つけ出すのは不可能に近い。
そう、俺以外の鳥は低脳!
何とも誇らしい気持ちである。
「む、むかしから飼ってて、ずっと仲良くしてきたんです…親にも止められたんですけど、諦め切れなくて…」
子どもの涙というのは、物凄い影響力を持っている。
いつもは現実主義であるセトさんでも、こんなに狼狽えているのは見ものである。
「スパロー、あんた探して来てあげなさいよ」
しゃがれた声に圧倒されたのか、ラッキーにドヤされる。
低脳共が!と息巻いていた数秒前の自分を殴りたい気分だ、おれも子どもの涙には弱い。
さっきまで諦めた方が良い、と思っていた思考回路は、助けてあげたい、という方向にねじ曲がっている。
「…話だけでも聞いてあげようか」
結局、二人はうちに招き入れられたのであった。
~~
「この炒飯、懐かしい味がします…」
「美味しい…」
ノノさんは先程よりも数倍テンションが上がり、スキップをしながらコップにお茶を注いでいる。
「それで、この辺りって言うと街の人から聞いたのか?」
「いえ、まじない師の方から大体の居場所を聞きつけて…」
「まじない師ねぇ…」
「まじない師って、本気にしちゃったわけ…?」
「キキ…」
鳥籠に居座る俺と、ローテーブルの上にドーナツを置いて、小声で話しかけてくるラッキー。
「だから、丸々一週間かけてこの辺りを散策していたんですが、その間、街の人に『スパローちゃんに頼んでみたら』と言われまして」
「なるほど」
セトさんは考え込んで、下を向く。
この場にいる全員が思っていることだろうが、見つけ出すことなんて99パーセント不可能である。
だがその1パーセントにかけて、はるばるこの家までやって来たのだ。
「明日の朝から、この辺りの森、街、駅周辺をスパローに探させる。それまでお前たちは、張り紙をしろ」
「張り紙…?」
スプーンを止めて、二人は一枚の紙を見つめる。
~迷子のインコ、探してます~
「こんな感じに人から見て貰えるようにでっかくタイトルを書いてだな〜」
二人から体の色、鳴き声、大きさを聞き出してザックリとしたイラストをセコセコと書く。
「おお…!」
「レモンちゃんだ!」
インコの名前はレモンちゃんと言い、張り紙一号はイラスト付き、鳴き声や大きさも記して。
「こんな感じで張り紙を量産しろ、後は俺とラッキーが何とかする」
「私も!?」
他人事のように眺めていたラッキーも、巻き込まれてしまった。トホホ…とドーナツを口に含み、俺に八つ当たりでデコピンしてきた。勘弁して欲しい。
「ラッキーは学校と駅に張り紙を、俺は仕事で向かうギルドに張り紙を、スパローはじっくり捜索、二人は張り紙を量産。分かった?」
「はい!」
「はいっ!」
「はーい…」
温度差はあれど、レモンちゃんを助けるために四人と一匹が動く。二人にとってはこれとない助力である。
———
「あれラッキー、何でそんな紙一杯持ってるわけ?」
「ちょっとした人助けよ」
駅のホーム、校内、街中。
あらゆる場所に貼っていく。
「インコねぇ…そんな都合良く見つかるかな?」
「ダメ元よ、私も見つかるとは思ってなーい」
背伸びをしてお弁当を開く。
~~
「セトさん、珍しいですなギルドに顔を出すなんて」
「ちょっと用事がありましてね」
駆除クエストの横にある、冒険者用雑用クエストの掲示板に貼り付ける。
「インコ…?どったで見たような…見なかったような…」
「どっちだよ!」
ギルドに集る無能テイマーたちは基本、脳みそまで筋肉になっている。となれば。
「トリニード領の元農家だった奴はいるか?」
「あいよ、どした?」
どこかに一人は、元農家の筋肉野郎が潜んでいるって言うわけだ。
「ちょっと話を聞かせてくれ」
セトさんの本当の目的は、張り紙では無かったのだ。
~~
そして俺、スパローによる成果は、残念ながら無し。
森を何周しても見当たらず、街に出向いても居らず、駅を超えた岩山付近にも姿は無かった。
ここに居たという話自体、本当かどうかは分からない。
なんの収穫も無しに、俺は家に戻ったのだった。
そして、鳥籠で一休みしようとした時。
二人が目を輝かせながら話しかけてきた。
「言葉が分かるってホント!?」
「私、ライト!私、ライト!」
お二人さんはまだまだ子どもなので、俺の好む反応をしてくれる。どっかの警戒心の強い女とは大違いである。
「お話しよ!レモンの話してあげる!」
「スパローちゃんと同じ、鳥のペットの話!」
何とも幸せそうに。
ラストは両手を掲げて。ライトは両手を握って。
これは、二人の日常に、ちょっとしたスパイスをくれた一匹のインコの話。
「ラスト、ライト、新しい家族よ」
家族として迎えられたのは、一匹のインコ。
二人はまだ言葉も上手く話せないほど子どもだった。
暇になったら、その場で泣き、親に構ってもらう。
新しい玩具を買ってもらうために、泣きながら催促する。
そんな我儘だったラストは、レモンが家族に加わったことで、彼なりに世話をするようになったのだ。
自分が育てている。レモンと遊んでいる時は、大人になれているような気がしていたのだ。
そして気付けば、一日のほとんどをレモンと共に過ごすようになった。
ライトはと言うと。
初めは怖かった。動物が嫌いだった。
レモンを初めて見た時には、ライトは目を閉じて、体を震わせていたそうだ。
そんなライトは、楽しそうにレモンと遊ぶ兄を見て、レモンに嫉妬したのだ。
兄含め家族が皆、レモンを気にかけるようになったのだ。
ライトはそれが許せなくて、深夜一人でリビングに向い、グラグラと鳥籠を揺らしたそうだ。
「私の、私の家族を返せえ!」
泣きながら、彼女も必死に手に力を込めて。
そのはずみで扉が空いてしまい、インコは家中を飛び回ってしまった。
「あえ……どうしよう……」
周りも暗く、家族は寝ている。
突然、一人でいることが怖くなった私は、足をガタガタと震わせて、階段に向かった。
怖い、怖い…。
「鳥さんなんて、どこかに行ってしまえばいい」なんて言いながら。
泣きそうになったその時、首元にふわふわした物が当たる感触がした。ゆっくりと首を捻ると、肩に乗ったインコが、頭をクリクリと擦り付けていた。
その姿がライトには、励ましているような、心配しているように見えて、焦らず一人で自室に戻ることが出来た。
朝起きると。
「あらあら、ライトったらこんなにレモンと仲良くなって」
私はレモンを抱き締めるように眠っていた。
それから、レモンとは少しずつ打ち解けてゆき、動物も怖くなくなった。
「あいつ、いっつもピーヨピーヨって鳴いてて、寂しくなって俺たちを呼んでるんだって!」
「凄い大きい声でね、お家もそのおかげで賑やかになったの!」
二人の話っぷりを見る限り、レモンという鳥は宝物みたいなものだったんだな、と感じ取ることができた。
———
夜、食卓を並ぶ人数が二人増え、セトさんもちょうど帰って来た。
しかし、セトさんは血相を変えて。
「ライト、ラスト。今すぐ出て行け」
二人は困惑したように、「何でよ!」と言い放つ。
「お前の事情なんて知らない、今すぐ家に戻れ!」
「何で…?」
「両親がお前たちの捜索願いを出していた。さっさと帰れ、さもないと俺たちが誘拐犯になっちまう」
「………!」
用意された食事を置いて、二人は荷物をまとめ始めた。
その様子を、俺たち家族は無言で眺めることしか出来なかった。
人には、入り込めない領域がある。
これ以上二人の事情に首を突っ込むのはダメだと、察知した。
一瞬セトさんを止めようとノノさんが口を開こうとしたが、何かに気づいた俺は口元を押さえ込んだ。
「何で…?」とモゴモゴ話すノノさん。
今だけは、大人しくしといて!と目力を込める。
この家に迷惑はかけられない、といった顔を浮かべる二人は、何とも悲しそうに張り紙をリュックに詰める。
「お世話になりました!ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございました!」
二人はバラバラに別れの言葉を言い残して、家を後にした。
「お父さん、聞いていいか分かんないんだけど…」
「教えてやる」
ラッキーはセトさんのいつもと違う雰囲気から何かを察したのか、本当は捜索願いなんて出ていないことに気付いていた。
もちろん俺もだ。
マレンちゃんはそんなことどこ吹く風で、味噌汁を啜っている。
「トリニード領というのは、作物の収穫が盛んだ。
その分、朝から晩まで畑の世話をしなければならない」
「この醤油も、かなりの労力をかけて作ったって聞いたわ」
「ああ、育てる作物が多い分、働く時間も多くなる。
トリニード領の住民にとっては睡眠時間は命だ。
それを妨げる存在がもし居たら?」
俺は、少し検討がついていた。
鳥の呼び鳴きというのはかなりの声量だし、真夜中でも構わず鳴き続ける。
「ってことはまさか…」
「逃げたんじゃなくて、逃がしたんだ」
ラストやライトにとっては”賑やか”だったのだろうが、早朝から働く親からしたらただの騒音だったのだ。
「二人にその事を伝えるのは、野暮だと思ってな」
「そういうことだったんですか、ありがとねスパロー」
先程までプンプンしていたノノさんは、すっかりいつもの笑顔に戻った。
ペットを飼うのも、大変なこと。
ラストとライトは、まだ知らなくて良いこと。
いつか分かってくれる日が来るよう、心から願うのだった。
「あ、この唐揚げ美味いね!」
「下味はトリニード領の濃口醤油を使ってるのよ」
「醤油、すごい、すごい!」
喜ぶマレンちゃんを見て、思わずほくそ笑むラッキー。
この醤油はこれから数ヶ月間、食卓に笑いを生むのだった。