第四話:三日間の短期バイト
さて、俺は今”ペット”という仕事を遂行している。
飼われた主に可愛い姿を見せて、養ってあげたいという気持ちを育む。正直配達業の方がイージーである。
しかし精神的には少し疲れるが…肉体的には疲労は無い。鳥小屋でゴロゴロしているだけでペットとしての役割は果たしているだろう。
そんな風にダラダラと過ごしていたある日。このフォークタルト家である問題が起こったのだ。
快晴。良い一日が始まりそうだ、といつも通り朝ごはんを食べる様子を覗いている時だった。
「親戚の集まり…ですって!」
ノノさんが少し取り乱している。とても珍しい。
「すっかり忘れてた!今から手紙を書いて送ろうにも親戚の家まで何日かかるか…」
セトさんもこんなに慌てて、珍しいな…。
そんなに親戚との関係が大事なのか?とか思ったが、俺の見解ではこの家はかなり裕福、すなわち地位が高い血筋なのだろうか?
っていうか今、”手紙を送る”って言わなかったか?
「あの人たち、後々うるさいんだから早めに何とかしないとね」
ラッキーも珍しく悩んでいる。
マレンちゃんは気に留めずトーストにかぶりついている。
「早めに街に出て、配達に出そう」
セトさんがそう言って食器を片付け始めた。
配達なら、力になれるかも!という気持ちが半分。
もう半分は、ペットとして生きるのに飽きたので遠出したい!という気持ちだ。
俺は薄白のガラス窓をつんつんと突いて俺に注意を向けさせた。
「スパロー、まだご飯の時間じゃ無いよ〜」
ノノさんは優しくそう言ってくれたが、そういう事じゃ無い!
「スパローも、所詮は鳥なんだね、状況理解までは出来ない…か」
ラッキーは俺を見下すような目つきでそう呟いた。
そう、喧嘩を売っているのだ。買ってやりたいが、今はそれどころでは無い。
状況理解したから、手を貸そうって言っているんだよー!言えないけど!配達してやろうと思っているだよ!
という気持ちを込めて「キキー!」と心の底から叫んだが、やはり伝わらない。
どうしたのかしら、と顔を傾けるノノさん。
こんなに暴れるなんて珍しいなー、と不思議がるセトさん。
もう無理そうだな、と諦めて小屋に戻ろうとしたその時だった。
「ねぇねぇ、スパローって前はどこに住んでいたの?」
マレンちゃんの鶴の一声。
「学校で伝書鳩として働いて…」
本人にとっては純粋な質問だったのだが他の家族はその質問のおかげで全てを察した。
「あーーーーー!!!」
三人の声はシンクロした。
視線も声も俺の方を向いている。お手柄だ、マレン!
———
「この場所に親戚の家がある。この手紙を家の者に渡してくれ、スパロー」
ガッテン承知の助!と羽を頭に上げて敬礼のポーズを作る。
「頑張ってね、スパロー!」
マレンちゃんに応援されたからには責任を持って届けなければ。俺は勢いよく空の果まで飛び立った。
久々の長距離移動。体はなまっているから、前よりも多く休憩を取り、距離を縮めよう。
そういえば、今回も”帰りたくなる拠点”で良かった。
下で手を振ってくれている皆を見ると、そんな感情が湧いてきた。
———
高度を少し上げて…降下。
この瞬間はとても爽快である。俺は腐ってもカワセミなんだな、と気付かせてくれる瞬間でもある。
セトさんに伝えられた場所までもうすぐで着くんだが…それらしい家が見当たらない。
マレンちゃんがおつかいをした街のさらに向こう側の街だ。その間には湖があるため、人が向かうにはかなりの時間がかかる。その点、俺なら数時間も飛んでいれば辿り着ける。伝書鳩もまだ捨てたものでは無いな!
と張り切って地図に記された所まで来たのだが…。
住宅街である。
真ん中に王宮のようなデカい建物があり、それを囲むように円状に庶民の家が立ち並んでいる。
地図に書き込まれている赤のマーカーで記された円はこの街全体を囲んでいる。コレだと、どの家に渡せばいいか分かんないじゃないか…。
「わぁ!かっこいい鳥が飛んでる!」
不機嫌だった俺は一気に不満が吹き飛び、その少年目掛けて急降下を披露した。
「すごいすごい、すごーい!」
俺は少年の肩に上手く着地して見せた。少年も満足してくれたし、ファンサービスはこのくらいで良いか。
引き続きフォークタルト家の親戚を探そうと少年の肩から降りようと羽を広げると。
「坊ちゃん!早く家に帰りましょう!」
あら、可愛らしいメイドさん。するってーとこの子はかなり地位の高い子供って事?もしかしたらフォークタルト家について何か知ってるかも知れないって事!
俺は小さな頭をフル回転させて結論を出した。
この子についていこう。
広げていた羽を閉じて少年の首に頭を擦り付ける。
「くすぐったいよ〜」
笑いながら頭をサラサラ撫でてくれる。
「かなり懐かれていますね〜、その鳥も連れて帰りましょう」
メイドさんもこの子もチョロい。
———
「この手紙は…セトの物か!」
まさかの親戚の家だった。
驚くところはそこだけでは無い。この子が帰ったのは…街の中心、王宮である。
たまたま見つけた子供が王子だった…という点でも驚きだが、セトさんも王族だったという点でも驚く。
「あのバカ息子、まだテイマーを続けておるのか…まあいい」
俺の前で話をしているのは国王である。
緊張で羽が震える。
「帰って良いぞ、ご苦労だった」
「待って!」
お、さっきの偶然見つけた王子だ。
「その子、僕に懐いてるんだよ!だから僕にちょうだい!」
ムリムリムリムリ!と言わんばかりに羽を交差させて震える俺。
ムリムリムリムリ!と言わんばかりに腕を交差させて震えているメイドさん。
しかし王子の目は本気の目である。
「う〜ん、ヘルンが言うなら…」
俺たちの気持ちは届かない。
国王は生粋の親バカであった。
普通なら「ダメだ」と一喝する場面なのにも関わらず、腕を組んで悩んでいる。
「よし、じゃあ三日間だけだぞ!」
国王の命令だ。
メイドさんでも、俺でも、止めることは出来ない。
やったぁー、と飛びついてくるヘルン王子を華麗に避けてメイドさんに泣きつく。
俺は無事に帰れるのだろうか、と心配を募らせながら。
———
一日目。
王宮に仕えるなんて、久しぶりだ。
何年か前にどこぞの皇后に「かわいい」という理由だけで雇われた時があった。思い出しただけで吐き気がする。結局、すぐに飽きられて別の場所に売り飛ばされたのだが。
「スパロー、遊ぼ!」
王子としての地位を持っているヘルンには、自由な時間が存在しない。
いつもメイドさんが見張っていて、王宮の外に出してくれる機会が滅多にないらしい。
俺は気持ちを切り替えた。
少しでもこの子を楽しませてあげよう。そう心に決めた。
ヘルン王子の”遊び”というのは鬼ごっこである。
上手い具合に手加減をして、捕まりそうな距離を保ちつつ低空飛行を続ける。王子が飛びつかないように飛びついても届かないと分かる距離を保つ。
これがまた難しい。気を抜けば王子は「とぅ!」とか言いながら地面に顔を埋める。木陰で監視していたメイドさんがその度、青い顔をしている。なんともやりにくい。
王子と遊ぶ時間は…およそ30分程度である。
俺にとっては他愛もない時間だが、王子にとっては生きがいとなるほど楽しい時間なのだとメイドさんが言っていた。
その時間以外は、王宮探索をしている。
メイドさんの肩に乗って王宮を見回す。
ふと扉が開きかけている部屋を覗くと、熱心に勉強をしているヘルン王子が視認できた。王子の前にはメガネを掛けた家庭教師のような人が色々と知識を述べている。王子って言うのは大変なものだな。セトさんも昔はこんなことをしていたのだろう。
「行きましょうか」
メイドさんは大袈裟にため息をつきながら扉をゆっくりと閉めた。まるで、王子を心配するような目をしていた。
———
二日後。事件は起こった。
「もうヤダ!」という罵声と共にヘルン王子が部屋から飛び出していた。
噴水の水を浴びていた俺は、その声を聞いて身体中の水を振り飛ばしてその現場を二度見した。
「お待ちください、坊ちゃん!」と言いながら追いかける家庭教師。勉強に嫌気がさしたのかな?でも無理は無い。自由な時間が一時もなく、遊べる時間でさえも監視が入り、その上遊ぶ時間は30分。
王子という立場でなければもう少し楽しい人生を歩めたかもしれないというのに。
メイドさんが案じていたのはこの事だったのかな?
それから数時間後。
「スパローさん、力を貸して頂けませんか?」
メイドさんが神妙な面持ちでそう切り出してきた。
「ヘルン王子が家を出て行ってしまって…行方が分からないんです」
それはまずいな。今まで相当のストレスが溜まっていたのだろう。探すのも気が引ける位同情はするものの、王子が街を一人でうろつくのは流石に危険だ。
早めに見つけないとな、と気合を入れて羽を動かし、大空に飛び立った。