第三十五話:知らぬが仏
最北端の地に向かうには。
「歩いて少し南下するか、最短距離を歩くか、二つに一つだ」
一見どちらでも良いんじゃ…?と思うような二択だが、実は相当重要な選択である。
最短距離を通るならば、砂漠地帯を通る事になる。
砂漠と言っても俺が想像していた砂漠とは違っていた。
「岩石砂漠には獣が多いんだよなぁ…」
セトさんでも安堵する程の危険地帯。
砂漠は岩石砂漠、礫砂漠、砂砂漠がある。
砂砂漠はこの世界にはほとんど存在せず、岩石砂漠や礫砂漠がほとんどなのである。
「岩場が多いせいで獣の住処となる場所が多くてねぇ…毒ヘビやら人食いオリックスやら住み着いてて…」
この砂漠では無いが、セトさんは一度砂漠にテイムに行ったそうなのだが結果は惨敗。
どの魔物も動物もかなり獰猛で手懐けることは出来なかったそうな。
「出来れば鉄道を使いたいんだけど…」
手持ちのロードは乏しい。何日も色々な宿泊施設に泊まった上、ブラックジャックで溶かしてしまったそうだ。
「鉄道を使うには金を貯めないといけないし、砂漠を通るなら防具や水分を用意しないとだめだね」
川のほとりで座って考え込む。
これぞ究極の二択。
早く着く、貯めるお金も少なくて済むが、危険な道。
到着は遅れるし、かなりの金額が必要だが、安全で確実な道。
「スパローならどっちを選ぶ?」
…選べるはずが無い。セトさんが苦闘する姿は想像出来ないが砂漠に行きたいとは思えない。でも最北端の地まで鉄道を使うにはかなりの金額がかかる。そう易々と払える金額では無い。
「兵士に会った時に何ロードか貰っておけば良かったな…」
そう、実際フォークタルト家の兵士に出会ったのだ。
恐らくラッキーの元に伝達は行っているだろうが、「ここまで来たら自分たちで迎えに行くから待っててもらって」と調子をこいてしまったのだ。この親バカ親父が。
「そういえば南下した場所に小町があったような…そこで一稼ぎするか」
「キキー!」
俺たちは悩んだ末、安全策をとることにした。
~~
小町と書いて小さい町。
古臭い街並みだが人々の顔は笑顔で満ちている。
「思ったよりも良い場所だな」
さり気ない一言に、俺も同調して首を縦に振る。
田舎でもこんなに活気溢れる町は憧れる。
目の前に堂々と設置されている噴水は周りに子どもを構えながら楽しそうに水を吹き出している。
「あれ?おじさん、見ない顔だね!」
「おじさん…か…」
十分おじさんだろう。ショックを受けることでもない。
「ここに何しに来たの〜!」
「ちょいと金稼ぎをね」
「金稼ぎかぁ…ここじゃ厳しいかもね〜」
他の場所に行った方が良いんじゃない?と笑いながらその子どもは友達の輪の中へと入って行った。
「こういう小町ほど経済は上手く回っているもんだ。一人一人の住民が上手く役目を果たして町中の金を回している。だから外部の者が金を稼ぐには難しいんだよね」
それから色々な人に話を伺ったのだが、どれも不発に終わった。皆、「別の町に行きな」と突き放す。
ただある一人のおばさんだけ違う返答をくれた。
「ここを真っ直ぐ進んだら立派な家がある。そこなら雇ってくれるかも知れないよ」
「…ありがとうございます」
セトさんと同時に俺もお辞儀をしてすぐさま言われた家まで向かった。
リーン、リーンと呼び鈴を鳴らす。
「はい、どちら様ですか?」
「仕事を探していまして…出来れば効率良く早く稼げる職が良いのですが…」
「なるほど、そういう話ですか。どうぞお入りください」
出迎えてくれたのはメイドさん。礼儀正しく、他のメイドさんもこの人を慕っている様子だ。
「…ご主人様、職探しの者がお見えです」
ドアを開けると雇い主であろう人物が座っていた。
高級そうな椅子に木目が美しいテーブル。
髪はツヤツヤで茶髪。圧倒的貴族感。
「そこにかけてください」
「ありがとうございます」
こんなにすんなり部屋に入らせてもらって、しかもこんなに高貴な扱いを…?流石に怪しい。
「私はトレントと申します、お名前を伺っても?」
「…セト•フォークタルトです。肩に乗っているのはペットのスパローと言います」
セトさんも警戒しているのかトレントという男から目を離さない。
「今回はどんな職をお探しで?」
「効率良く稼げる仕事なら何でも」
「何でも…ねぇ…」
トレントはそっと一枚の紙を差し出してきた。
紙にはある女性の似顔絵が描かれている。
茶髪でメイドの服装をした女性。
「名前はヒナと言う。幼なじみなんだが…ある日突然この町から居なくなってしまってな、今まで色んな人を雇って探させているんだ…ヒナを見つけたら何万ロードでも何十万ロードでも払ってやるさ」
この女性…どこかで…?
セトさんはゆっくりと席を立ち「結構です。お時間頂きありがとうございます」と部屋を出て行った。
「何か知ってる素振りだな?止まれ」
トレントは立ち上がり、こちらに銃を向けた。
『銃を作る、運ぶ、使用することを禁ずる』
世界のルール。知らないはずがない。
「ご主人様!知られては…」
「うるさいぞ!ようやく手がかりが掴めそうなんだ!」
セトさんは止めた足をくるっと返してトレントを睨みつけた。
「知られたのが俺で無かったら生きて帰れただろうに」
セトさんは怒った顔でも呆れた顔でも無く、憐れむ顔を作って見せた。
「何が言いたい!ヒナについて話せ!」
「あんたは誰が銃を規制したのか知ってるのか?」
「そりゃ…色んな国の国王が…」
「違うね、規制したのは一人の人間だ」
付け加えるようにもう一言。
「元奴隷の子どもだ」
セトさんはズカズカと距離を詰める。
銃がカタカタと揺れている。よくよく見れば手が震えているのが見て取れる。
「ヒナって言ったね…何年前の話だ?もう野垂れ死んだんじゃないか?」
刺激しない方が良いんじゃ…と思ったその瞬間にトレントの人差し指が動く。撃たれ…。
「撃てないよね?」
人を殺す覚悟なんて、出来てる人の方が珍しい。
何でこんな臆病な人が拳銃なんて持ってるんだか。
俺は目を細めながら彼を見つめて、呆れる。
そっと銃を取ったセトさんは優しい声で話しかけた。
「あなたは優しい人だ。話を聞かせてもらえますか?」
周りには数人のメイドさんが震えながらこの状況を盗み見していた。落ちこぼれ貴族の成れの果て。こんなに人望があるということは根は良い人だったのだろう。
———
「それで…それで…」
その男は泣きながら事情を話してくれた。
昔好きだったヒナという少女が何者かによって誘拐されてしまった。
ヒナの居場所を知るために様々な人を雇って辺りを探させたが見つからなかった。
町周辺の国を捜索したが一向に見つからない。
それから十何年も探し回ったが何処にも見つからない。
町の人々は皆「奴隷にされたんじゃ?」とか「さっさと忘れて次の相手を見つけたらどうだい?」とか言って来るが、諦めきれなかった。
そこで自分も人攫いの一員となり、足取りを掴もうとしたが、手に入れたのは人攫いというレッテルとこの拳銃のみ。ヒナに関する情報は見つから無かった。
「それで今に至る、と」
「はい…」
セトさんは息を着いて俺に耳打ちしてくる。
「お前、モンフォン直属の部下を見たか?」
モルフォン…あの性悪魔法使いか…
あ!
あの顔、どこかで見たかと思ったらあのじじいに紅茶を出していた人だ!
「そう、思い出したか」
俺はコクコクと首を動かす。
「何をコソコソと…」
「そのヒナっていう人は恐らく生きている。でも会えない。絶対に会えない。俺はその人を見た事があるが幸せそうに暮らしていたぞ」
「どこで!どこにいる!?」
「俺はこう見えても王族だ。話せないことだって山ほどある」
「教えてくれよ…」
「無理な話だ。俺の命まで危うくなるからな」
こういう時、セトさんは嘘をつくのが上手い。
こんなにも深刻な顔で嘘を並べられるのは尊敬に値する。
「だが、幸せそうに暮らしていた」
「そんな話を聞きたいんじゃ…」
「銃は俺が片付けておくから、絶対に白髪の女や片足の欠けた男の子が家に訪問してきても何も話すなよ」
念を押すようにもう一度、彼の目を睨みつけて。
「絶対にだ」
セトさんは強くそう伝えると踵を返して部屋から出て行こうとした。
「待ってくれ!…これを持って行け」
トレントは布袋にパンパンに詰まった金を投げてくれた。鉄道を使うには足りそうな金額だ。
「幸せに暮らしてくれているなら…俺も嬉しいよ。情報提供感謝する」
泣きながらも、最後は笑顔を見せてくれた。
~~
必要無いことは伝えない。
そう、モルフォンの屋敷は部下もろとも塵の山と化した…つまりはヒナという女性はもう…。
「スパロー、俺は間違ったことをしたか?」
駅に向かう道中。珍しくセトさんが落ち込んでいた。
何だかばつの悪そうな顔をしていたため、首元をかじってやった。
「何すんだよ」と言いつつ、セトさんは笑顔に戻った。これからラッキーと会えるというのにしみったれた顔をして欲しくは無い。
それに、俺は間違った選択だとは思わない。
知らぬが仏。彼が前向きに人生を歩むか、このまま堕落して行くか。俺なら前向きに新しい人生を進んで欲しい。そう願っている。
———
「お一人様ですね、お通り下さい」
鉄道に乗る頃にはすっかり日は落ちてしまっていた。
「スパロー、鉄道で一番の楽しみとは何だと思う?」
突然、そんな質問をされた。
景色を楽しんだり…揺られながら寝落ちたり…とか?
「答えは駅弁だ!」
違った。一番の楽しみなんて人によるだろ、とツッコミたくなったが、この輝かしい駅弁を目にした後ではぐうの音も出なかった。
セトさんが足に乗せた弁当には…。
シャキシャキとした食感で口に入れれば自然と笑顔になるしょっぱいキュウリの和え物。
ご飯の上には醤油の効いた海苔が一枚、覆い被さるように乗っておりご飯をかっ食らう手が止まらない。
そしてメインは脂の乗った牛肉。噛めば噛むほど旨みの詰まった肉汁が湧いてきて頬がとろけ落ちる。
「スパローも一口どうだ?」
あーんされるならおじさんでは無く、ラッキーとかマレンちゃんとかキリスとかが良かったけど。
これはこれで悪くない。
牛肉を食べたのは初めてだが、今まで食べてきたどの餌よりも美味しい。
駅弁とやらを一瞬にして平らげたセトさんは眠ってしまっていた。俺はセトさんの頭の上に座り込んで欠伸をしている。
家族は無事見つかったし、色々な人とも出会えた。
オリバードさんたちに拾われてから色々なことがあったがこんな破天荒な旅も閉幕するとなると少し寂しい。
だがそれ以上に、今までの日常が帰ってくるとなると胸が踊る。
思い出を振り返っていると、俺も気付けば寝てしまっていた。