第三十一話:熱狂の島 1
「じゃー、二人とも、絶対ラッキー姉を見つけてきてね!」
フォークタルト家の部下がマレンちゃんを迎えに来た。これから各地を転々と回るのにマレンちゃんがいるのは悪く言えば足手纏いだ。良く言えば心配だから先に家に返す…ということだ。
「ぜっったいだよ!」
「約束する」
こういう時のセトさんは本当に頼りになる。「何とかしてくれそう」という安心感があるからだろう。
マレンちゃんは強そうな兵士三人にくっついて家へと帰って行った。ここで何日もダラダラと過ごしているわけにはいかない。もしかしたら今もなお、閉じ込められていたマレンちゃんのように助けを待っているのかもしれないのだから。
マレンちゃんを見送ってから、早速俺たちは次の目的地を決めるために地図を開いた。
俺たちは地図で言う南側からずーっと北上しながらしらみ潰しに人が集まる場所を訪れている。
今回は…。
現在地から左上に島、真上は王都。
右上には人が入れないほど危険生物が現存している森林。
「王都はおそらく俺の部下が見回っているはずだし、次はこの島に向かうか」
セトさんは地図をよくよく見て歩くべき方向を指差した。それに合わせて、俺は海兵のように「あいあいさー」と敬礼する。
セトさんが歩いている間に、この島について話を詳しく聞いた。
この島は散財の島と呼ばれるほど”賭け事”が盛んな島で、一攫千金の賭けレースやトランプを使ったポーカーという遊戯でお金をかけてスリルを味わう、そのスリルを好むちょっと変わった人が集う、そんな島だ。
島には普通、舟を漕いで波に揺られながら向かう。
舟は貸し出ししておらず、島に行きたい人は自分で作るか買うか、何にしろ自力で来いという一つの試練のつもりなのだろう。
“本気で勝ちに来ないものは来なくて良い”
これが島のモットーである。
「とにかく大切なのは熱だ。娘を見つけたいという強い意志を見せつけることによってようやく話を聞いてくれるだろう」
セトさんはかなり詳しく、この島について知っている。さては…?
行ったことがある…とか?
「いや、行ったことなんか無いけど…噂でね、噂〜」
この慌てようと汗の量からしてハマったことがあるのだろう。王族のくせにこんな薄汚い場所で賭け事なんてどういうつもりなのだか。
「じゃあ、舟を作ろうか…」
セトさんがそう言って木を探しだした時、水面から見覚えのある生き物がプクプク…と浮かんできた。
これは…
「あの時のアーケロンか!」
そう、ちょうどセントラル-中央都市に向かう時にテイムしたアーケロンが出迎えてくれた。
セトさんにとってこのアーケロンの鳴き声はただの低い音だと思うだろうが、俺はアーケロンと同じで動物。何を言っているかまでは理解できないが、どんな感情なのかくらいは分かる。
アーケロンは喜んでいる。
さしずめ…「また出会えて良かった!」とか言ってそうな顔をしている。結局内容は顔で判断するのだ。
「じゃあ、連れて行ってくれるのか」
背負っていた丸太を下ろしてセトさんはアーケロンの甲羅に足を跨ぐ。
いざ、目的地へ。
俺たちは追い風を直で受けながら目を回す。
そんなことはどこ吹く風のアーケロンは速度を上げていくのだった。
———
俺たちが気を失って一時間。ふと目を覚ますと俺はセトさんの服の中に蹲っていた。
「起きたか、あれが目的地の島だ」
のそのそと体を起こして、スポッと服から顔だけ抜き出すと目の前には建物が何棟も建ち並ぶ豪華な島が現れた。
「…見ない顔だね、スティ島に何のようで?」
「人探しに来ました、長い黒髪の女の子を知りませんか?」
「…知らないねぇ、この島に入る時にゃ、そんな理由を言うんじゃねえよ旦那」
話しかけてくれたベテラン建設士のようなおっちゃんは大きな布袋にお金を包んで陽気に島を離れて行った。
そのおっちゃん曰く、この島はスティ島と呼ばれていて、島に入って門を潜る時に「この島に来た理由は?」と聞かれて「お金」とか「人生逆転」とかいう理由以外を言ったものは通れなくなるらしい。
こんな島にラッキーがいる訳無い…しかし手がかりを少しでも掴める可能性があるなら嘘をついてでも無理矢理街中に入ろう、そう決めて海岸まで向かった。
「入口という入口は…見当たらないな」
セトさんは上陸してから少し迷っていた。
おっちゃんが言っていた門が見当たらないのだ。
「スパロー、ちょっと飛んで見に行ってくれるか?」
ラジャ!と意気込んで俺は森を超えて街の方まで向かった。
~~
スティ島の街中にて。
「ランダ様、明日のイベントにつきまして…」
「うーん、いっそ取りやめにした方が良いかもね〜」
ランダは頭を悩ませていた。
噴水前のベンチに座り、険しい顔をして考え込む美人。周りの人は「失恋した後かも…?」とか騒いで、あらぬ期待を膨らませている。
「でしたら…」
ふと、ランダの目を暗ます影が落ちてきた。
上を見上げると…日光に反射して見える緑色の体。
「おや…?何をしているんだい?あの鳥は」
小声でそうぼやくと、彼女は口元を緩ませた。
「ランダ様どうなさいました?」
「いや何でも無い、何でも無いよ」
「機嫌が良くなったようで何よりです」
周りの人々は「明るい顔も可愛いなぁ…」と見惚れてしまっている。
~~
どうやらセトさんが上陸した場所は門から真反対の海岸だったようだ。アーケロンはとっくに姿を消していて、セトさん含め俺たちは歩く羽目になった。
「何でこう…運が無いんだ…」
「キキィ…」
ノロノロと汗を垂らしながら歩くこと二十分。
長くもなく、短くもない道のり。絶妙に疲れる。
門の前まで行くと、話通りの質問を投げられた。
「この島に来た理由は?」
「金だ!金がねぇと死んじまうんだよ!」
「よし、通れ」
迫真の演技である。いつもの優しい口調からは想像もできない。まるで権力を振りかざす悪役の王子みたいだ。エース君?あの子はもっと闇が深そうだ。
門を通ると目の前には立派な建物がたくさん並んでいる。道端には…
「ちくしょおおおおお!!」
「何でだぁぁぁーー…」
地面を何度も叩きながら暴れ回る人たちの姿が見える。実に胃が痛くなる光景だ。
もちろん、話を伺うのはこんな廃人ではなく、勝って気分が良さそうな人に向かって行う。
「黒髪ロングの二十歳くらいの女性とかって…」
「知らないぜ!あんたも一回やってみるか!?」
「いえ…遠慮させていただきます」
「もしかしてお前、穴場でも見つけたな!?」
「いえ…」
一応話を伺うことはできるが…正直会話をすること自体が嫌だ。変な思想を持ちかけられてセトさんも困惑してしまっているではないか。
「黒髪で長髪のこれくらいの女の子見ませんでした…?」
「いないね、それよりあんたはどこが良いと思う?」
何個ものリングを腕に付けたおばちゃんは「あれかしら…それともあれかしら…」と店を何店も指さしては、一人で笑っている。めちゃくちゃ怖い。
その後も、機嫌が良さそうな人に何人か話を伺ったが何の成果も得られなかった。
————
そして時が過ぎて夕方。
セトさんは何を思ったのか今、トランプを引いている。卓上にあるのは二枚のカード。
クローバーの6とハートの8
「若い頃の血が騒ぐ…よっ!」
———ハートの9
「バースト…」
セトさんは誰に聞いてもろくな返事が返って来なくてイライラしたのか、ただやりたくなったからなのか分からないがかれこれ三十分は”ブラックジャック”という遊戯を楽しんでいる。
「もう一回だ!」
「ではシャッフル致します」
何度服を引っ張っても耳元で鳴いてみてもまるで反応が無い。別人にでもなってしまったかのようだ。
俺は諦めて店を出た。見捨てた訳ではない、セトさんにも羽を伸ばす時間がいるのだろう。
俺は実際に羽を伸ばしながら「なんちゃって」と笑いながら店を後にした。
辺りは暗くなり、皆宿に泊まったのか街から追い出されたのか分からないが人通りが急に少なくなった。
そんな道にポツンと一人、こちらを見つめている女性がいる。薄暗くて誰だか分からないが…俺は目を凝らす。
「やあ、奇遇だね」
緋色の髪に目の上に浮かぶホクロ。
そしてこの全身を震わせる声音は…。
「何でこんな所に居るのかな?」
…商人ランダだ。
「私のパートナーになる話、受けてくれるってことかい?それで私を追いかけて…?」
ゆっくりと舌なめずりする彼女に、前とは違い恐怖しか感じなかった。食べられてしまう?とか最悪の状況を考えながら顔をしかめる。
「って訳でもなさそうだね。ここに金目的以外でくるのは御法度だよかわいいかわいい鳥くん?」
段々と距離を縮められる。手を前に出して俺を鷲掴みしようとしている。
逃げ出そうにも上手く羽が動かせない。
…まずい、捕まる…
「うちのペットに何の用ですか?」
ランダさんの腕は止まり、気付けば目の前にはブラックジャックにどハマりしていたセトさんが立っていた。
「あら、保護者がいたのね。あなたは何を?」
「…人探しを、決してこんなギャンブルをしに来た訳ではない」
さっきまで必死にトランプをめくっていたくせに何を言っているんだか、と呆れて睨みつけるとセトさんの顔から汗がだらだらと流れ出した。…反省はしているんだな。
「どんな人を?」
「黒髪でロングの女の子だ、二十歳くらいの」
「黒髪ロング…ね」
ランダさんは顎に手を当てて何かを考えている。
「何か知っているのか?」
少し荒ぶるセトさんの心につけ込むように彼女はこう言い放った。
「教えて欲しければ私の願いを一つ聞いてもらえるかしら?」
ギャロついた目で俺を見てくる商人ランダは、その一瞬悪魔のように思えた。
「願いって何だ?」
「取引の際、そんな言葉遣いをする人は基本相手にされません。それにそんな物騒な物を…」
…正論である。何か言い返そうとしたセトさんだがぐうの音も出なかったようだ。
「申し訳ありません、教えていただけませんか?」
腰にしまっていた合口をそっと地面に置いて両手を上げた。
「お願いは、その鳥を私に貸すこと。別にもらおうっていう訳じゃないわ、用が済んだら返してあげる」
「断る。俺は今家族を探している。家族を探すのに家族を犠牲にするのはおかしいだろう?」
家族…セトさんがいつもよりカッコよく見える…。
「じゃあ一日だけで良いわ?一日だけ私に力を貸してくれるなら私の知っている情報を一つ教えてあげる」
「本当に知っているのか?もし嘘だったら…」
その発言を耳にした瞬間、ランダさんは急に雰囲気が変わった。
「それだけは無いわ、商人を舐めないで」
見開いた目に、額に少し浮き上がる血管。
感じたことのない殺気にセトさんですら少し後ずさった。「すまない、怒らせるつもりはなかった」と反射的に言っていた。
「それで…一日は貸すが何をするのだ?」
俺もセトさんと同時に首を傾ける。
俺としても、俺をどう扱うのか気になるのだ。
「明後日イベントがあってね、その主役になってもらうわ」
どうやら俺は客寄せパンダのような役割を担ってしまったのだ。