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第二十九話:奴隷の彼女

明くる朝。山岳地帯を抜けて。

目の前には朝日に照らされた雲海が広がっている。

俺たちの進路を導くように、長く長く。

幻想的な風景に目を奪われてしまっている。


「スパロー、ちょっと飛んできたらどうだ?」


見かねたセトさんが優しく肩を揺らしてくれる。

お言葉に甘えて、俺は雲海の中を泳ぐように、緩やかに滑空した。この、心が落ち着く感覚。あの人と一緒に暮らした部屋、ラッキーの腕の中に何となく似ている。


さて、俺たちが次に向かうのは大都市”ナルーン”。

大都市ナルーンは世界一の人口を誇る。

夜中にも人通りは絶えず、気を抜けば肩をぶつけてしまうほどの人集り。セトさん曰く、ブルーシティなんて比じゃないとのこと。何とも信じ難い話だが、あの人からこんな話を聞いたことがある。


~~


「有名なコンサートホールがあってね、体が良くなったら二人で見に行こう。この曲、君も好きだろう?」


ゆっくりと回る円盤を見ながら、もの凄い速さで過ぎていく時間をあの人はゆっくりと味わっていた。


曲名は分からない。誰が演奏しているのかも分からない。

この曲のどこが凄い?と言われても答えることは出来ない。


それでも、横に座っている人が「いい曲だね」と笑顔で言っている。この空間を作ってくれた演奏者に感謝したい。



~~



「そろそろ着くね、ナルーンは魔物、危険生物と認定された動物は連れて行けないんだ、ペラゴルニスとはここでお別れだ」


そうして、俺たちは大都市ナルーンでの捜索を始めた。


俺は上から人混みの中から。

セトさんは建物の中や路地裏などを手当り次第。


「頼んだよスパロー」

手荷物検査を受けると、俺たちは早速、街中を駆け回ることになった。



———




今まで訪れたどの国、どの町、どの村よりも人が多い。

上空から見ると、軍隊アリのように見える。髪色を頼りに銀色と黒色だけを見分けてその都度高度を下げて確認。


変態研究者がどこに潜んでいるか分からない、警戒を解いて低空飛行するなんて危険な真似はできない。


黒、黒、黒…。


銀髪は少ないんだけどなぁ。黒髪は多いなぁ…。


「あら、カラフルな小鳥さんだわ」

「飼い鳥が逃げてきたのか?」


妙にザワザワしていると思えば、少し高度を下げすぎたようだ。この通りは黒髪が多くて厄介なのだ。ブツブツと文句を垂れながら黒髪の人の顔を確認していく。

そうそう、ラッキーもこんなに髪色を…。




…?


この髪色の子ども、どこかで…?




俺は首を傾げながらも「まあいいや」と隣の通りを探しに行った。


-

「あの鳥が来てるっつーことは俺の愛する部下も来てるってことかな?」

ニヤリと口元を緩ませてツカツカと総帥は歩き続ける。


「そうかもしれませんが…」

「杖を使ってくださいよ、買ってあげたじゃないですか!」

従者の肩を借りながら。

-




「ここも手がかりは無しだな…」

セトさんは少し負い目を感じていた。

スパローなら何万人の顔を見て、命を削って探してくれているというのに、俺はなんて非効率なやり方を。


本当にこの体は厄介だ。この瞬間だけでも、鳥になりたい。

むしゃくしゃして次の路地を探しに行こうとすると。


「おい、このガキいくらで売れる?」

「ざっと100ロードだ。見た目も貧相だし男じゃあなぁ」


人攫いに奴隷商会の連中だろう。


考えたくも無い事だが…マレンやラッキーが攫われて売りに出せてでもしたら…。考えるだけで失神しそうだった。



「そういえば、街にも居ましたね子ども片足無かったけど」


…片足が無い?


「保護者がいるようだったぞ…?かなりべっぴんさんだったが、ここじゃ見ねえ服装だった」


…変わった服装?


もしかして…?



「おい、お前らその子どもをどこで見た?今どこにいる?」


急に話しかけられて動揺したのか、二人は少し後ずさりながら「い、言わねえよ」と引き下がってくる。


「答えろ」

「う…ここから四つ先の通りにいたよ」


二人は逃げるように建物の中に入っていった。




———




「おい、どうした」

「外でやべえ目つきした狩人みたいなやつに脅されたんだよ!」


「…よく分かんねえが、一応ボスに報告しとくか」


人攫いの組織は基本下働き。貧相な生まれがほとんどで、たまに落ちぶれた貴族もいる。


「それはそうと」

場を仕切る人攫い指揮官はコホン、と息を整える。


「だいぶ前に捕まえた子ども、王族だったらしいぞ」

「マジっすか!?」

「大物釣れたぜぇー!」








「…あれっ?」


目を覚ました時には真っ暗な部屋に手錠をかけられている。


牢屋に閉じ込められた銀髪の少女。


その少女は大規模な津波災害に巻き込まれ、転移魔法で飛ばされてしまった。


「…ん?おとーさん、おかーさん…?」


気付けば少女は建物の屋上にいた。


「ラッキー姉、スパロー…?」


不安そうに辺りを見回す。

視界一面に広がる都会の景色。熱を感じるほどの人通りに目を奪われて、好奇心のまま街中に出た。


それから人混みを歩くこと数分。


突然視界が真っ暗になり、声も出せなかった。

口を抑えられている…?そう気付いた頃には意識は途絶えていた。



そして今だ。



「おとうさん…おかーさん…」


もう何ヶ月、このままなのだろう。

口から出てくるのは、家族の名前。


「こわい」「ここどこ」「だれかたすけて」


心に閉まっておくことの出来ない、負の感情。

誰かも分からない人から乾いたパンを無理やり口に持っていかれ、飲み込む。


「ゆめ…だよね…」


長い。いつもならすぐ覚めるのに。


ラッキー姉、いつもみたいに起こしにきて…。


光一つも差し込まない暗闇に放り込まれた一人の少女。


「だれか…」


振り絞る声は、誰にも届かない。






———





一通り見回った頃に、セトさんと合流。

「スパロー、見つかったか?」

俺はゆっくりと首を振る。


「そうか…仕方ない、ここもダメだったか…」

セトさんはその場にしゃがみこみ、大きなため息を一回。

街を行く子ども連れの家族を見ながら、もう一回大きなため息。



「おにーさん、何してるの?」


セトさんを慰めよう、と頭を撫でようとしたその瞬間。


先程まで無かった”影”が俺の体を包んだ。


人の気配。突然だ。


「可愛い小鳥さんだー!」



思い出した。

この子どもは…。



和傘を持って森を歩いていた…黒髪の子ども。



「何の用です?からかいにでも?」

「おにーさん、何言ってるの?」

「何とぼけてるんですか…」



二人は知り合いなのか?



「まあバレるのも時間の問題か。普通に話すよ」

「そうしてください」



話し方、雰囲気が変わった。

体が弛緩するような重々しい声の子どもだ。

見た目に似合わずかっこいい言葉遣いだ。

どこかの王子様だったりするのかな?



「奴隷商会が最近、調子に乗っててね。潰そうと思って」

「…人攫いと組んでいます、できるだけ情報を聞き出すようにしてください」

「分かってるって」



潰そう…?いや、部下にやらせるとか?



「人攫いか、右足の借りを返そうかな」

「エースさん、大した金にならないって言われてましたよ」

「ほほ〜…どこのどいつだ?その見る目の無い輩は…」



エース?エースっていう名前の子どもなのか。

…お、親っぽい人が来た。



「セト先輩、お久しぶりです」

「おう、相変わらず忙しそうで」

「人使いが荒くて〜」

「なんか言ったか?」

「いえ…」



何だか状況がよく分からない。


この人は親ではなく侍女…的な?


セトさんのことを先輩って言ってるってことは


フォークタルト家の誰か…とか?


先輩っていうのもおかしな話になるけど…




「セトさん、小耳に挟んだのですが王族の子どもが奴隷商会に捕まってるとか」


「…!!」



王族の子ども…?もしかして…



瀬戸さんの嫌な予感は的中してしまった。




———





「人攫いは俺が全員潰す。奴隷商会はお前たちに任せる」


「…了解。スパロー、俺は後輩と奴隷商会のアジトを探すからお前は王族の子どもを探せ!もしかしたらマレンかも知れない!」


「キキッ!」

目に力が入る。

マレンちゃんを奴隷に…?と体中の血管が切れるような感覚が広がる。同じように、セトさんは息を荒らげて頭に血が



値札が付いた杖に手を添えて、のそりと歩き出した黒髪王子は俺にこう助言した。

「…奴隷っていうのは基本、地下に閉じ込められる。水道から向かえ、そうすれば見つかるだろう」


この子ども、王族なのに何でそんなことを知ってる…?


「何で知ってる…みたいな顔してるな」


心を読まれた。図星で顔を逸らすが、黒髪王子は笑っている。


「昔、俺もそうだったからな」


ボソッと言った一言から、強烈な殺気を感じた。

この心臓を握られるような緊迫感。まるで怒った時のセトさんのようだった。






———






地下に入った。

汚水が流れる音が鳴り響くこの狭くて暗い空間からは常に誰かに見られてるような不安感が湧いてくる。


まるでラッキーと行った幽霊トンネルのようである。

先が暗くて見えなくて、水滴の落ちる音。

強がってたラッキーが入って三分でギブアップしたのは愉快な思い出である。


…!足跡が聞こえる。


「なあ、王族だったら何がいいんだ?」

「そりゃ、取り引きにも使えるし身ぐるみ剥がせば高ぇ服も貰えるし最高だろ」

「そりゃあいいな、たまには人攫いの連中も役に立つなんてな」


自然と殺意が湧く。今何も出来ないとは言え、手榴弾が今あれば真っ先に爆破してやる、と憤怒する。


「それにあの銀色の髪の毛!いい顔立ちだし貴族とかに買って貰えればもっと金になるぞ」


銀髪。いい顔立ち。

確実にマレンちゃんだ。


とりあえず下衆どもをこっそり追っているが、どこに向かっているのかは不明である。マレンちゃんのいる場所まで行ってくれると助かるが…。


「ここだここだ」


男がポケットから鍵を出した。

水道を歩く、奴隷商会の関係者。間違いなくこの扉の先が奴隷となった子どもの居場所。



思いっきり羽を動かして風音を立てる。


「…誰だ!」


男は握った鍵から目を逸らした。狙いはこの鍵。


嘴で上手く掴んで、そのまま飛び去っていく。


「待て!このクソコウモリめ!」


それからムキになって後を追っかけて来た男どもを地下水道に迷わせる。地下水道はこの街全体に張り巡らされている。

全てを把握している者なんていない。


「ここ…どこだ?」


馬鹿な男共は当然道に迷う。

俺は曲がる度に羽根を落として目印をつけておいた。

その羽根を辿り、扉の前まで戻る。我ながら完璧である。


扉を全力で押し開ける。




「…スパ…ロー?」



鉄格子の中、倒れ込む一人の少女。

マレンちゃんの姿が見えた。俺の記憶に染み付いたクリっとした可愛い目は消え去っていて、どす黒く染まっている。


「…スパロー!会いたかったよぉ…」


マレンちゃんは大粒の涙を流している。と同時に俺の視界もぼやける。目が熱くなっているのを感じる。今まで見てきたあの無邪気で可愛いマレンちゃんの姿が目に映ったのだ。


「スパローー!」

鍵を使って牢屋のドアを開ける。


抱きつかれた俺はマレンちゃんの腕の中に埋もれながら、俺は幸せを感じる。出来れば後一時間はこのまま…。



「おい、ドアが開いてるぞ!」



…まずい。感慨にふけている場合では無い。

俺はスポッと腕から抜け出してすぐさま道を案内する。

マレンちゃんはビクビク体を震わせながら俺の後を追って走る。


「あっちだ!」

行く先々に敵がいる。いつ追いつかれてもおかしくない状況だから出口を探している暇なんてない。少しでも時間を稼いで、何とか撒かないと…。


敵の配置を見つつ、マレンちゃんを連れて飛び続ける。

そんな俺は、誘い込まれていることに気が付かなかった。


階段。地下水道の階段は全て地上に繋がる。

このまま上に上がれば…。



「よく来たね、王族の嬢ちゃん」



階段の先には、バーのように酒を飾っている薄暗い部屋が広がっていた。そしてカウンター席にサングラスをかけて、顔に刺青を入れた、いかにも「悪」なお兄さんが座っていた。



「どれだけ逃げたって無駄だよ?俺の手にかかればどんな子どもだって大人しくなる。試してみようか?」



ゆっくりと席から立ち上がると、マレンちゃんに触れようと腕を伸ばした。「あ…あ…」と震える彼女を見ると、血管がプツンと切れたように思えば、頭は真っ白になり体が勝手に動いていた。



それから何をしたかは覚えていない。



狂ったように鳴き叫んだのか、男の腕を嘴で刺したのか、それとも男の口の中に入り込んで食道でも破り切ったのか、目を潰したのか、それともその全てか。



何をしたかは覚えていない。



気付けば目の前の男は血を流していた。



「貴様…何を…」

男は倒れ込みながらこちらを覗いている。

目に手を当てながら。



「遅くなりました」

澄んだ声と共に、白髪のお姉さんが奥のドアから入ってきた。と同時に、上からセトさんが降ってきた。天井を破壊して、ワイルドな登場である。



「よく頑張ったマレン」

「…おとーさん…私、頑張ったよ、まいにちまいにちみんなのこと思い浮かべて、それでね…」




それからマレンちゃんは辛い経験をした、と全てを吐き出すように話してくれた。泊まった部屋の中はマレンちゃんの声で埋め尽くされた。その声はしゃがれた声だったが、その声が聞けただけで俺は満足だった。


…恐らく、セトさんもそうだっただろう。


































































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