第三話:はじめてのおつかい
「じゃあ、行ってきま〜す!」
元気の良い声が辺りに響き渡る。
マレンちゃんがおつかいを頼まれたのだ。
二階の窓から心配そうに見つめるセトさんとは裏腹に、「頑張ってね〜」と笑顔でエールを送るノノさん。
夫婦っていうのに性格がまるで正反対である。それが良いのかもしれないのだが。
「あんた、ボーッとしてないでさっさと行ってきなさい」
鳥小屋でゴロゴロしていた俺に喝を入れるかのようにラッキーは俺に指示を送る。
ラッキーはこんな感じではあるが、家族の事を一番考えて行動している。思えば、最初に俺を警戒していたのもラッキーだけだった。人の言葉を理解する鳥…俺がラッキーの立場だったとしても同じように警戒しただろう。
そしてもう一つ。ラッキーはマレンちゃんを過剰に気にかけている。妹が可愛いのは分かるし、俺もマレンちゃんの事は心配だ。それでも流石に溺愛し過ぎだ、と思う。
“マレンちゃんが初めてのおつかいをする”
という話を聞いて俺に協力を持ちかけてきたのはノノさんでもセトさんでも無く、ラッキーである。
普段あんなにツンツンしているのに、こういう時は優しいのな。
俺はマレンちゃんに気付かれないよう彼女の尾行を開始した。
まずはこの森を上手く抜ける事。最初の関門である。
道は三択。右か左か、真っ直ぐか。
「道が別れていても、真っ直ぐ行きなさい」とノノさんが何度も叩き込んでいたが…果たして…。
お、三つに別れた道を眺めて立ち止まった。
思い出せ、マレン•フォークタルト!
俺は二つの羽をくっつけて、祈るポーズを取る。
「…困ったら左に行く!」
なんで!あんなに言いつけられていたのに!
てゆーか子供なのになんでその法則知ってるの!?
俺は急いで策を考えた。
木の実を集める。そしてその集めた木の実を、真っ直ぐ続く道にポトポトと落とせば…。
「あっ!木の実だーーー」
気まぐれなマレンちゃんは左の道を逸れて真っ直ぐ続く道に足を運んだ。
よし、後でラッキーに褒めてもらおう、そうしよう。
俺はゲンナリしながらも彼女の後を追った。
さて、二つ目の関門だ。森を抜けた後は街の門を通らなければならない。「この名刺を見せて、”私はおつかいを頼まれたセト•フォークタルトの娘です”と言ってね」と念入りに叩き込まれていた。
今度こそ頼んだぞ…。
「ああ嬢ちゃん、この門を通るなら証明書が無いと…」
門番を無視して通り抜けようとしたマレンちゃんを止めてそう呼びかけた。
「あっ!」
マレンちゃんは何かに気付いたようにポケットを漁り始めた。
気付いたか!さあ、名刺を出すんだ!
「コレで通して!」
ポケットから出したのは俺が落とした木の実だ。
通行料を求められてるとか思ったのか?
「コレだと通れないかも…」
門番は困ったように頭を掻きながら周囲を見渡してオドオドしている。使えない門番だな。事情くらい聞いてあげろよ。
「ちゃんとマレンを監視しとくのよ!」と怒鳴るラッキーの顔が頭に浮かぶ。…俺の出番か、と颯爽と飛び立った。
俺は隠し持っていた名刺をマレンちゃんの頭目掛けて落とした。
風が吹いたせいで軌道が乱れたがそれがまた功を奏した。
名刺が門番の顔に直撃したのだ。
「ぶっ!なんだこれ…ん?」
顔に張り付いた名刺を二度見した。
しかめっ面をしていた門番の顔はみるみる明るい顔に変わっていった。
「あ〜!セトさんところの!通っていいよ!」
「ありがと!お兄さん!」
マレンちゃんは何故かやり切ったかのように満面の笑みを浮かべている。
今のところ、俺が全部やってるんだけど…。
俺の苦労など知らず、マレンちゃんはずんずんと街に入っていった。
そして最後の関門だ。注文だ。野菜を売っている屋台のオバチャンに欲しい野菜を何個か上手く伝えるのだ。「ほうれん草を1箱分、それと長ネギ2本。出来れば安い方をお願い」と道の方向、門の通り方より念入りに何度も何度も言い聞かせていた。
正直、今まで全て失敗しているのだから期待はしていない。今からでも何か伝える策を…。
「ほうれんそ…うを1箱、長いネギを…2本…」
「分かったわ!よく言えたわね、偉い!」
「でしょ!マレンはやれば出来る子なの!」
なんで三択の道を間違えて、名刺を出すことも忘れていたのに注文はしっかり言えるのだか。
脳のリソースを注文だけに絞っていたのか?とか思っちゃう。
帰りも一応見張っていたが、何事も無く”はじめてのおつかい”は終了した。
———
「でね、道に木の実が落ちてきて〜!それでね…」
家族団欒。それを外から眺めるのも悪くない。
はしゃぐマレンに静かに笑うラッキー。
二人を優しい目で見つめるノノさんにマレンの頭を優しく撫でるセトさん。
こんな光景が見れるのなら、俺も頑張った甲斐があったというものだ。
晩御飯が終わると、俺の食事の時間だ。
「今日はありがとね、木の実、あなたの仕業でしょ」
ラッキーはネギが沢山入ったシチューを持ってきてくれた。置かれた瞬間に埋もれるようにシチューにありついた。
ラッキーはふふっ、と笑いながら俺の頭を撫でてくれた。「これからもよろしく、スパロー」という言葉も添えて。