第二話:新しい仕事は「ペット」
「あっ!あれ”伝書鳩のスパロー”じゃない!?」
無邪気な男の子が俺を指差す。
「ほんとだ〜!」
それにつられて他の子供たちも俺の方に視線を向ける。
人通りが多い街を飛んでいればよくある光景だ。
だが正直、”伝書鳩”と言われる事に少し違和感がある。
………だってハトじゃないし。
まあでも、チヤホヤされるのは嬉しい事だ。
たまにファンサービスとして得意な急降下を見せてあげる事もある。「かっこいい」という言葉を聞ければより嬉しい。
「今までありがとうね、さようなら」
この学校で世話をしてくれていた教師。
やはり俺の特異性には興味を示していたらしく、俺を四六時中監視しては何かをメモする動きもあった。
俺は感謝を伝えるためにどんぐりをその教師の手に置いて、その場を去った。次の就職先の場所が記された地図を咥えて。
——————
街を抜けた。
俺を引き戻そうとする向かい風を受けながら。
この街から出ていくのが寂しいのだろうか。俺にはよく分からない。
でも自信を持って言える。この街の学校は今までの職場で一番楽しかった。
勿論、王城や教会などが楽しくなかった訳では無い。
ただ、カワセミとは言っても人のような感情を俺は持っている、という事だ。
王城では朝から晩まで腹の探り合いをする王族を見ながら過ごしていた。
教会では異端者を呼び出して拷問をする、という見ていられない光景が毎日のように広がっていた。
この時は正直、拠点に戻りたくなかった。
配達依頼先が遠ければ遠いほど俺は嬉しかった。
あのギスギスした空間から一秒でも長く離れていたかった。
でも学校にいた時は違った。ただそれだけだ。
今回も「帰りたい」と思えるような職場がいいな。
そのような期待を胸に、俺は大空を駆ける。
———
赤い屋根。それに庭付きの二階建ての家。
裕福な家庭を連想させるような外観。
そして………ド田舎。
人っ子一人見当たらない。
家の周りは花か楽しそうに踊っている草原が続いている。建物はこの家以外一つも見当たらない。
居るのは一心不乱に草を頬張っているヤギや馬のみ。
家の前には男の人と女の人が一人づつ。横には母親の手を繋ぐ小さな子供もいた。玄関のドア前には長髪の女性がもう一人。メイドかな?
俺は羽の動きを緩めて、高度を下げる。
すると草を食べていたヤギたちが視線をこちらに向ける。
食われないよな!?
…いや草食だし、流石にだいじょ、、、
恐る恐る低空飛行を続けると奴らは口に含んでいた草を放り捨てて、こちらに向かって走ってきた。目の色を変えて。
「キーキー!」
情けない鳴き声を上げながら羽をバタバタさせる。
「コラッ!意地悪しないの!!」
一人の女性がヤギたちに怒号を浴びせた。
母親の手を繋いでいた少女はその怒号に驚き、父親の背中に隠れた。
「ごめんね〜マレン。怖がらせちゃって」
怒った顔をすぐに下げて、一瞬にして笑顔を作ってみせた。
「おかーさん、だいじょうぶだよ」
マレンちゃんは父親に背中を押されて母親の胸元に飛びついていく。
そんな微笑ましいやり取りを見ながら、俺はスピードを緩めて地面に着地する。
「あら可愛い、この子がうちのペットね!」
…ペット?
「こんなに可愛いのに言葉も理解できるらしいぞ!」
「わ〜〜い、ペット、ペット!」
状況が理解出来ない。俺は『伝書鳩のスパロー』だぞ?あの有名な学校で仕えていた知能のある鳥だぞ?
それなのに…と不満を募らせる。
「言葉が伝わるなんて嘘に決まってるでしょ、噂を真に受けちゃダメだってよく言ってるでしょ」
ドアからずんずんと向かって来た長髪の女性は歩きながら、呆れたように家族全員を睨んだ。
メイドさんだと思っていた長髪の女性は、話し方的にお姉ちゃんなのかな?
長髪の彼女は、そのままの勢いで俺にこう吐き捨てた。
「おい鳥!私の頭の上に止まりなさい」
「ちょっとラッキー、そんな言い方無いでしょ。しかもその子は”スパロー”っていう名前があるんですよ」
気に触る発言も、散々言われ慣れている俺にとって、フォローしてくれる母親がより一層輝いて見えた。舐められた時はいつだって、相手の想像を超えるように行動する。今回も同様。
平然を装って、ラッキーの頭上に飛び乗った。
「おぉ…!」
「スゴイ、スゴーイ!」
「ほ…んとに分かってるんだ…」
顔色を悪くしながらラッキーは声を搾るようにボヤいた。他の家族は、笑顔で俺を賞賛してくれた。
鳥小屋が置かれている庭で。
マレンちゃんによる家族紹介が始まった。
「マレンの、本名は、マレン•フォークタルトだよ!
それに、あの長髪が私のおねーちゃん!それで、
おかーさんがノノっていう名前!可愛いでしょ!」
しばらく待ってみるが、マレンちゃんはお父さんの名前は言わず、にっこりと俺の目を覗き込んでくる。
ふと横を見ると、泣きそうな顔をしたお父さんがこちらを見ていた。そういう時もあるよ、旦那!と目を細める。
マレンはそんな事を気に留めず、話を続ける。
「お父さんたちは動物を飼うのが好きで、とっても
レアな動物を集めていつか動物園を開こうとしてるん
だって!」
動物園って…もしかして俺、一生檻の中生活ってこと…?
体をぶるっと震わせる。体から気力が抜けてゆき、分かりやすく顔が青ざめる。
絶望して顔を下げた俺を気遣って「スパロー、元気出して?」と頭を撫でてくれた。温かく、柔らかい手だ。
「本当に言葉が分かるのね、スパローちゃん」
ノノさんはうふふ、と笑いながらこちらに向かって歩いてきた。上品さと優しさを掛け持った、まさに理想の女性である。
「魔法でもかけられているみたいね、本当に」
魔法か…。あの人曰く、魔法を扱えるものは両手で数える程しか居ないのだとか。俺を拾ってくれた研究者の人から魔法使いが俺に感情を与えたのでは無いか、と話してくれたことがあったが、俺にそんな記憶は一つも無い。
しかもそれを認めてしまったら、俺の才能ではなく、その魔法使いの才能が評価されてしまうではないか、それは避けたい。
「それとお父さんの名前はセトよ、忘れないであげてねマレン」
ノノさんは優しい目をしている。
マレンを撫でる時も俺を見る時も、ラッキーを叱った時も。目の奥に底知れない包容力を感じる。
「これからよろしくな、スパロー!」
セトさんの一言、そしてそれに呼応して他の二人もよろしく、と声をかけてくれた。
もう一人は…俺の事を気に入っていないらしい。
目くじらを立てようと必死だ。
———
それから数日経過した。
分かった事が沢山ある。
まず一つ。お父さんは有名なテイマーらしく、よく猛獣を従わせて、高値で売りつけるという商売をしているらしい。
昨日の事だ。
会えば即死、と知られているサーベルタイガーに首輪をつけて持って帰ってきていた。
ルンルンルン、と鼻歌を歌い、スキップしていた。
その光景に家族は皆、何事も無かったかのように出迎えていた。俺は怖すぎて鳥小屋から動けなかったというのに。
そして二つ目。
ラッキーは理論学校に通っているらしい。
この世界には、「理論学校」と「生活学校」と呼ばれる二通りの学校が存在する。
どちらも16歳から20歳までその学校に通う。もちろん通っていない人だって居るが、裕福な家庭の者は皆、学校に通っている。
理論学校は化学や物理学を利用してこの世の構造を知っていこうとする道を。
生活学校は人の心や現在の社会情勢などを知って、上手く生き延びていく方法を模索する道を。
海を超えれば、睨み合いを続けている冷戦状態の地域もあれば、毎日のように戦争が起きている地域もあるらしい。そう聞けば、ほとんどの人は生活学校に通うだろうが…ラッキーは恐らく捻くれ者だろうから理論学校がお似合いだろう。
そして三つ目。
俺は本当にペット扱いだった。
やっている仕事と言えばマレンちゃんの暇つぶしに付き合う程度のことである。
今まで仕事一筋の人生を歩んでいた俺は始めて”暇”という問題を目の当たりにしている。
いっそ仲間のカワセミでも見つけてきて、小さな村でも作ろうか…なんて考えたが、この辺りに水辺は無い。俺以外のカワセミなんているはずが無いのだ。
毎日毎日、小屋に籠って眠っているだけ。なんと暇な事か、もうちょっと俺を使ってくれノノさん、セトさん。
そんなある日。
「スパロー、助けて!」
マレンちゃんが血相を変えて小屋に顔を近づけて来た。
「キキー?」
俺的にはどうしたの?と聞き返したつもりが、マレンちゃんには伝わっていない。
「実は、お父さんたちの大切なネックレスを森に落としてきちゃって…探すの手伝って!」
こーゆーのを待ってました!と俺は目を輝かせて小屋から勢いよく体を出してマレンちゃんが示した方向に向かって飛び立った。
初仕事、それだけでテンションが上がってくる。
俺はこのだだっ広い森から小さなネックレスを探すという大変さなど忘れて、心を躍らせながら森に入り込んだ。
…。
まだ見つからない。でも、まだ楽しい。仕事をしているというだけでなんだか楽しい。
………うぅん…。
少し心配してきた。勢いよく飛び出したは良いものの、見つけてきた時のマレンちゃんの喜ぶ顔を想像すると俄然やる気が出てきた。
時間が経つにつれて、不安感がだんだんとのしかかってくる。
そして、辺りは暗くなって来た。
……はぁ…。
枝に掴まって休憩しながら、こんな仕事もろくにこなせない自分に腹が立ってきた。
そんな時だった。
俺が止まっていた木の下に見覚えのある髪が見えた。
こちらを不思議そうに覗くのは、ラッキーだった。
「こんなところにいたのね、皆待ってるから早く帰るわよ」
思っていた展開と違った。
もっと咎められたり、突き返されたり、とにかく酷い言葉を浴びせられるのかと思って身構えていたのだが。
ラッキーは手を差し伸べてくれたので、手のひらに華麗に着地してみせた。
「やるわね」
「キー!」
ちょっと嬉しかったので、反射的に鳴いてしまった。
恥ずかしい。『伝書鳩のスパロー』ともなろう俺が、ちょっと褒められただけで鳴き声を…と赤面する。
「こういうところは鳥っぽいわね」
ニコッと笑いながら彼女はゆっくりと家の方向に歩き始めた。その瞬間、俺はラッキーが悪い人でないという事に気付いた。
「…あなた思ったより優しいのね」
歩き始めた直後、彼女はそうボヤいたが、俺の耳には届かなかった。そのまま何も話すことなく、家まで静かに歩いて帰った。
家に着いた。
「ごめんねスパローーー!!ポケットに入ってたぁぁあーーー」
泣きながら謝っている姿を見て気が収まったが、一瞬「殺してやろうか…」というレベルの苛立ちが生まれた。
ラッキーの手の上に座っていた俺は勢いよくその場を離れて小屋に戻った。
久しぶりに仕事をしたとはいえ、こんなに疲れるなんて。なんとも情けない。
そう思いながらスパローはそのまま眠りに落ちたのだった。